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113 揺れる尻尾と本の虫


 本が知識の泉とすれば、その集まりである図書館は海とも言えるかも知れない。だからこそ此処、欧都最大の図書館に「エーギル・ライブラリ」と海の神を由来する名が付いたのだ。

 そう講釈を語ったビブリオマニア(読書狂)ことクオリオの口は、今は寡黙に引き結ばれている。その傍らにドンと積み重なる読了書は、海どころか山の如しであった。

 

「どうクオっち。あれからなんか分かった?」

「⋯⋯いいや、微妙だな。一応文献を漁ってみてはいるけど、しっくり来るものはまだ見つかってない」

「うーん。『神の毒』の作り方かぁ⋯⋯どうせなら『黒ぶどうの毒』とか『エグドクダケのエキス』とか、わっかりやすい名前にしてくれればこんな手探りしなくて済んだのにねえ」

「キミの頭が実に単純な構造だってのは良く分かったよ」

「うわひっど。これだからウザリオくんは⋯⋯」


 本の山間からひょいと顔を覗かせたのは、シャムであった。構って貰いたがりの猫みたいなちょっかいも、ページを捲る手を止められない。

 あのジオーサの事件以降、クオリオは時間を作ってはエーギル・ライブラリに通い『神の毒』について調べていた。

 学術的興味からでは無いとも言えないが、それ以上にあんな代物を手にしていた黒幕を危険視していたのだ。

 ドルド扮する謎の男はその秘めたる悪意もそうだが、神の毒も非常に脅威である。だがあの男が残した手掛かりとも言えるのだ。調べていけば正体不明の尻尾に繋がるのでは、という期待も籠めて。


「はぁ。せっかくのお休みなのに、ずーっと図書館に籠もり続けるのってもったいないなぁ」

「遊んでる訳じゃないんだけど?」

「にしてもさぁ、こんな可愛い女の子が目の前に居るのに本に齧りつきっぱなし? ちょっと青少年として問題じゃなーい? うん、やっぱし大問題!」

「至って健全だ馬鹿。というか君の方こそ図書館に来といて本の一冊も読まないとは何事だよ」

「だって暇だったんだもん。リャムはラーズグリーズに用事あるみたいだし、シュラ姉も居なかったし。此処に来ればクオっちは居るからさぁ、会いに来たのにさー」

「邪魔しに来たの間違いだろ。それにシュラならヒイロと一緒に配達屋だって教えたじゃないか」

「そこに混ざるのは本当にお邪魔になるかもじゃん。だからクオっちと一緒を選んだってのにこのメガネくんはぁ」

「君の中での僕の扱いの雑さはよくわかったよ」


 区切りとばかりにバタンと本を閉じる。そこでやっと視線が向ければ、シャムがにんまりと笑った。

 一体何がそんなに愉しいのやら。目頭を抑えながらクオリオは思う。少なくとも一緒に居て楽しめるような性分じゃない自覚はあったし、現に退屈を紛らわせる手伝いなんかしていない。

 シャムは自分の扱いを心得てそうでも、こちらはどうにも持て余してばかりだ。そういえばシュラも時折、シャムに振り回されては困っていたかと。他人との付き合い方が得意ではないクオリオとしては、その心境は理解出来た。


「おっ。遂にシャムちゃんを構う気になったかなークオっちぃ。んふふ、是非とも善きに計らってくれたまへ」

「はぁ、まったく。少しは遠慮って言葉を覚えたらどうだ。つくづくシュラと君に付き合いがあるのが不思議でしょうがないよ」

「⋯⋯ま、そう思ってもしゃーなしだよ。最初はシュラ姉だってウチのこと邪険にしてたもん。話しかけたってろくに相手してくれなかったし」

「そうなのか」


 簡単にはいかなかったと、姉貴分との馴れ初めを語るシャム。一応ポーズとしては意外そうにしてみたが、邪険にあしらうシュラの姿は容易に想像が出来た。


「それで良く今の関係にまで至れたなぁ」

「そりゃあシャムちゃん怒濤のアタックラッシュで見事に勝利を収めた訳ですぜ旦那」

「誰が旦那だ。はぁ。少しシュラに同情するよ」


 しつこく纏わりつかれて、きっと彼女も根負けしたんだろう。まるでどこかで聞いた話だと、クオリオは意地になって朝まで眠れなかった遠き日を思い出す。


「それにほら、シュラ姉もウチもリャムも戦災孤児だったし。親が居ない同士で気が合うかなーって。にゃはは」

「⋯⋯親が居ない同士? そんなことで?」

「うん。一匹狼ぶりたいクオっちに教えておくと、友達作りの基本は共感ポイントを見つけることなんだよん」

「⋯⋯共感ポイントねえ」


 別に好んで孤独を選んでる訳じゃない。しかしお世辞にも友好的な性分じゃないクオリオとしては、人懐っこいシャムの教えを金言と受け取るべきなのか。

 正直ヒイロと共感を覚えた数など全然無いが、指摘するのは野暮に思えた。それ以上に、指摘しておくべきと心が動いた事があったからともいえるが。


「だったら僕も、君にヒイロが言いそうな事でも言ってみようかな」

「へえ、ヒイロンが言いそうなこと?なになに?」

「そうだな⋯⋯僕は人の過去にあれこれと口を挟むたちでもないけど、それでも『親がいない事』を、笑いながら言うもんじゃないと思う」

「⋯⋯へ?どうして?このご時世、よくある話じゃん」

「よくある話だから何も感じない訳じゃないだろう」


 シャムがお茶らけがちな性格なのは分かってる。指摘した内容にだって、さっと流される程度の軽はずみのつもりだったのだろう。

 しかしクオリオは譲らなかった。流して良いことだと思えず、無遠慮の代名詞の名を借りてまで指摘した。


「でもさぁ、悲しい顔で話されたって嫌でしょ?気ぃ遣っちゃうっしょ?」

「悲しむべき事を悲しんで何が悪いんだ。当たり前の事に嫌気が差すほど僕も世界も狭量じゃない」

「そ、そっかな?」

「ああ。余計な世話だって言うのなら謝るけどね。そんな所で遠慮するぐらいなら、もっと別の部分で遠慮するべきだと僕は思うけどね」

 

 柄じゃない自覚はある。けど、自分の何倍も人当たりの良いシャムが、休日の暇潰しにわざわざ偏屈な自分を選ぶくらいだ。小隊外に深い交友があるようには何故か思えない。

 その違和感の種を見つけた気がしたからこそ、クオリオはらしくない真似をしてみせた。


「へー⋯⋯クオっちって結構熱いとこあるんだね。ウチ、ちょっとびっくりだよ」

「⋯⋯あくまで、アイツが言いそうな事を代弁しただけだ。僕がどうって訳じゃないだろ」

「んんー? ひょっとしてクオっち照れてる? 照れてるね!

にゃはは」

「違うっ。僕は至って冷静だ」


 ヒイロの意見をトレースしたまでというスタンスのクオリオに、シャムは微笑むだけだった。冷静という割に耳が赤いが、シャムは指摘しない。


(⋯⋯かっこいいとこもあるじゃん)


 気付かない本人を眺めて楽しみ、慈しむ。毛玉を手遊ぶ猫の様にシャムは目を細める。お喋りが口を(つぐ)んだから、図書館の一室は少し静けさを取り戻す。

 さっきより本のページをめくる音が照れを隠すように大きくなっていた事に、やはりシャムだけが気付いたままだった。


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