112 残された者達
「よう。ジオーサぶりか。元気そうでなによりだぜ、ヒイロ殿。そして一月ぶりながら麗しに磨きがかかったなあ、レディ? どうだい、後でディナーでも」
「マーカス・ミリオか。そっちも無駄に元気みてえだな」
「ほんと気障ったらしさが変わり映えしないわね。お断りよ」
「やれやれ、ご挨拶だなぁ」
再会五秒でシュラをナンパとは、流石ワーグナーの看板俳優。懐かしいってほど昔じゃないのに、結構久しぶりに感じるのはマーカスの存在感の濃さかな。
「欧都で再会するとはな。こっちで暮らしてんのか?」
「なに言ってんだボーイ。元々ワーグナーの拠点はアスガルダムだぜ。当然こっちに住んでるさ」
「ワーグナー劇団は解体したんでしょう。なら、他の所に拾われでもした?」
「いいや。確かに他の劇団から誘いの声は沢山あったんだが、これでも思い入れはあるんでね。今は色々整理しながら、繁華街の隠れ酒場の給仕役さ」
俳優は一時休業中。そんな現状を爽やかに言う言うもんだから、流石は有名劇団の看板を背負ってた男だと思う。いや、ひょっとしたら気遣われてるのかも。
「文句の一つくらいなら聞いてやるぞ」
「ヘイ、見損なうなよ。ボーイは騎士として正しい事をしたさ。そりゃローズは仲間で、同じ片割れ看板として鎬を削るライバルでも魅力的な隣人でもあった。今でもまだショックだぜ。だがな、そこでボーイに当たる事はとんだ筋違いってもんさ」
「⋯⋯そうかよ。でけえ男だな、あんたは」
「ハハハ、嬉しいね。お隣のレディにもこの俺の良さが伝わる事を願うばかりだ」
「星にでも願いなさい」
仮にも看板の片割れを討った男相手に、これなんだ。マーカス・ミリオは思ってた以上に、器の大きい人なのかも知れない。その証拠に、取り付く島もないシュラの顔にも柔らかい笑みが浮かんでいた。
「ま、俺にはボーイを恨むよりも、残されちまった大きな謎に悩まされる日々だって事さ」
「⋯⋯ドルド劇団長の事ね」
「ああ。とんだミステリーだぜ。俺達がジオーサに向けて発ったその日に、宿で死体が見つかるなんてよ。じゃあ俺達と一緒に居た劇団長は一体誰だったんだって話だ」
「変身する白魔獣でも使ったか。それとも賢しい魔獣が人に化けていたか。結局、目的も行方も一切不明。気味が悪いわ」
「全くだ。あれだけの事をしでかして、糸引く者はとっくに闇の中。ゾッとしないぜ」
ドルド劇団長か。ローズを憎しみに囚わせ、魔獣やアイテムを渡し、復讐劇の監督とばかりに黒幕に潜んでいた怪人。
一月経った今でもアイツの正体も目的も、手段の出所も何一つ分かってない。けれどあの男が底知れない『悪意』を持っていた事は確かだった。
(とんでもない悪意を秘めた黒幕、か。でもそういう意味じゃ、俺がローズを魔女と最後まで見做せなかった原因の一つでもあるんだよな)
実は俺がローズが『全てを仕組んだ魔女』と思い切らなかったのは、あの時姿を現したドルド劇団長が理由の一つだったんだよな。
ローズの復讐にかける執念よりも、あの男から感じる悪意の深さの方が今でも印象が強い。はっきり言って、ローズとあの男じゃ『悪党』としての役者が違った。
もしアイツが舞台に上らなければ、俺はローズに違う落とし前を望んでいたのかも知れない。そう思えば少し複雑なものもあったけど。
「フン、心配いらねえぜ。例えどれだけ真っ暗闇に潜んでようと、必ずとっ捕まえてツケを払わせてやる」
「ほう。胸がすくような勇ましいさだなボーイ。英雄騎士って看板は伊達じゃないって思わせてくれよ」
「当然だ。俺はヒイロ、期待はいくらでもしてくれていい」
「いいね。ビッグマウスは男の勲章だ、どんどん胸に飾っていけ!」
「あんまり空気入れないで欲しいわ。この馬鹿、目を離すと直ぐにどっかに飛んじゃうんだから」
手綱を握るのも一苦労だってばかりに、シュラは俺の襟首をちょいと摘んだ。さてはライバルに飛躍されるのを恐れたかと思ったが、手のかかる子供扱いされてる気もする。
多分後者かも。なんか目線が生暖かいし。
なんだよ、たまにはこういうノリしたっていいじゃない。生真面目なクオリオ相手じゃこうはいかないんだからさ。
「さて、立ち話もこれくらいにしておくか。呼び止めて悪かったな、お二人さん」
サッと吹いた涼しい風に節目を感じたのか、マーカスは二歩分遠ざかった。切り上げの合図もスマートで、こういう男がモテるんだろうなと思わず感心した。
「⋯⋯いつか、またあんたが舞台に上がる日を期待しても良いんだな?」
「勿論だ。俺はマーカス・ミリオ。銀幕の貴公子だ。なら舞台の上こそ俺のホームだよ」
「そいつを聞けて良かったぜ。うちの隊には熱心なファンがいるんでな」
「ハハハ、ソイツはありがたい。ま、しばらくはこの街で考えを整理しながら⋯⋯そうだな。生き別れた弟でも探す事にするさ」
「弟がいるの?」
「ああ。つっても血は繋がっちゃいないし、ただの喧嘩別れだけどな。あのチビめ、今頃何してるんだか」
弟さんか。会えると良いな。フィルター越しに伝えればと、マーカスは少し苦笑をマーカスは肩を竦める。どうも単純な関係性じゃないっぽいけど、そこを踏み込むのは野暮だろう。
「デートの邪魔して悪かったな。それじゃ」
誤魔化す様なウインクも添えて、くるりと背を向け足を進める。サッと吹いて、サッと通り過ぎる。そんな去り際が、夏の涼風の様な印象を残していった。
「⋯⋯何がデートよ。言い逃げのつもり?」
「あァ? ジョークって奴だろ。いちいち真に受けてどうすんだよ」
「⋯⋯どうせ私は冗談が通じない女よ」
「なに拗ねてんだ」
「す、拗ねてないわよ」
なんで悔しそうに顔を背けるかね。でもああいうソツのない大人と話したばかりだからか、今のシュラは普段よりも若干可愛げを感じた。
なんとなしにそう思いながら、片手で顔に影を作る。昼下がりに差し掛かって、陽射しもまた強さを増していた。
「にしても、アチィな」
「もう折り返しは過ぎてるけどね」
「テメェは暑くねえのか?」
「平気。寒いよりは全然」
「そうかよ」
他愛もない言葉を皮切りにまた歩き出す。
シュラは平気かも知れないけど、俺としちゃそろそろ一息入れたい気分だ。デートって訳じゃないけども、用事に付き合わせたぶん昼飯ぐらい奢るとしますかね。
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