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IF.001 もしもヒイロがルズレーと袂を分かたなかったら


「ひいぃぃぃ!!来るなくるなくるなぁぁぁ!!!」


 森中に悲鳴が木霊した。


「おおおお、おのれぃ木っ端魔獣共が! ここ、この私をパウエル・オードブルと知っての狼藉か! 無礼を止め、即刻貴族の威光にひれ伏すがよ────あ、ちょっ、ま、待て待て待て誰かぁぁ!!」



 悲鳴は既に泣き言と化し、恥も見聞もそろそろ捨てそうな具合であった。喉が裂けんばかりの声量であり、木々に止まっていた鳥達はとっくに空の彼方へ逃げている。

 それほどの叫びならば、当然同じ森にて戦闘中の者達にも届いているのは必然であり⋯⋯出来れば耳を塞ぎたい心持ちだと、後のヒイロは語った。



「おいウスノロ。またウチの隊長様がピンチになってやがんぜ。てめえが助けて来いや」

「あァ? あのパエリア野郎、どうせまた悪目立ちでもしたんだろ。まあその内助けてやるつもりだが、テメェの指図ってのは気に入らねえな尖り鼻」

「お前達⋯⋯仮にもパウエル卿は貴族だぞ。それをなんて言い草だ。特にヒイロ。お前はもう少し貴族に対して敬いの心を持てとあれほど⋯⋯」

「そうは言うがよルズレー。いっつも最後方に控えてるはずのパエリア野郎がああやって魔獣に狙われんの、もう何度目だ?」

「⋯⋯」

「その度にあのなっさけねえ悲鳴撒き散らしてんだぞ。どこをどう敬意持てっつうんだよ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ぼ、僕に口答えするなっ」

「ききき貴様らぁぁ!!!はやく助けぬかぁぁぁぁーーーー!!!」


 低級魔獣達を打ち倒すだけの実に簡単な任務なのに、毎度どうしてこうも珍道中になるのか。ブリュンヒルデが新隊『スケッゴルド』の隊員達は、どこか疲れた顔で隊長の救出に向かった。

 ちなみにスケッゴルドは『斧の時代』を意味する戦乙女の名である。斧って、つまり蛮族では?と腐れ縁で固まった面子を見渡しながらヒイロが思ったのも、既に昔の事であった。





「⋯⋯いつまで経っても新兵にしか割り振られないような任務ばかりだな。全く、お前達が役立たずなせいで僕まで低く見積もられてる気がしてならないぞ、ええ?」

「テメェだってフロントの癖に毎度魔獣相手に引け腰になってんだろうが。俺が白魔術かけねえとちっとも攻勢に移りやがらねえし」

「ば、万全を期すまで守りに徹して何がいけないんだ! 僕はお前みたいな脳味噌筋肉馬鹿とは違う、理知的な戦いを選んでいるだけだっ」

「だったらゴブリンみてえな雑魚相手ぐらいはサポート無しで片付けろ、このビビリが。毎度毎度戦闘入る度に白魔術三種使わされる俺の身にもなれや!」

「だ、誰がビビリだ! 貴族の僕が魔獣如きに怯える訳ないだろ!」

「⋯⋯また始まっちまった。頼むから街のど真ん中で喧嘩しねえでくれって⋯⋯流石に周りの目が痛えんだよぉ⋯⋯」

「「なんか言ったかショーク!」」

「な、な、なんでもねえっすよぉ!!」


 もう何度目だよこの流れ。

 そんな悲哀マシマシなショークの呟きも、ヒートアップする口論を前では紙屑の様に霧散する。ショークは生温い仲良しこよしなんて、好ましいと思う性分ではない。

 しかしヒイロとルズレーによる数え切れない衝突に毎度挟まれば、平和を願う信心にも目覚めようというものだ。


(マジで勘弁してくれよぉ⋯⋯はぁ、畜生。これならいっそ、あん時に何がなんでもルズレーを焚き付けて、ヒイロの奴にとどめ刺しときゃ良かったぜ)


 苦虫を噛み潰す様な面構えでショークが思い浮かべるのは、ルズレーがシュラに破れた選抜試験の事だった。

 ルズレーはシュラに報復を企み、一計をヒイロとショークに持ちかけた。となれば当然ヒイロは反発し、ルズレーを烈火の勢いでなじったのだ。

 これにルズレーは激昂し、今までにない大喧嘩まで発展した。ルズレーとショークは二人がかりでヒイロを攻め立てるが、ヒイロは選抜試験時に見せたタフさを発揮にした。

 数的優位にも怯まず、ユーズアイテムを見舞って痛めつけても立ち上がる。どれだけ殴っても蹴っても、ヒイロは反撃の意志を絶やさない。

 いつの間にか昇っていた太陽が水平に沈んでも、ヒイロは決して折れなかった。這いずりながらも二人に掴みかかり、報復しないと口にするまで諦めなかった。


 結果、ルズレーとショークは根負けしたのだ。

 もうどうでもいいとばかりに、報復をしないと吐き捨て去った。だがショークには理解しがたい事に、その際のルズレーはどこか清々しい顔をしていた。


 そして、選抜試験を二勝一敗で飾ったルズレーとショークは、ブリュンヒルデ入りを果たし──ヒイロと再会した。パウエル・オードブルを隊長とした小隊『スケッゴルド』として、肩を並べるに至ったのである。



「くそっ。僕がこうして歯痒い想いをしている間にも、あのエシュラリーゼはどんどん功績を重ねていってるというのにっ」

「⋯⋯歯痒いのはテメェだけじゃねえっての」



 ルズレーの謀略が絡まずとも、シュラとコルギ村の長ハウチは出会う定めだったのだろう。

 コルギ村であった事をヒイロは知らない。だがそれ以降、ライバルと見初めたシュラは破竹の勢いで魔獣狩りの任務をこなしていた。躍進ぶりはブリュンヒルデ内でも評判が飛び交うほどであり、その度にもどかしい思いに唇を噛んだ。

 しかし、すんなりと嫉妬の火を燃え上がらせるには、不穏の種が覆う陰りもまた大きかった。


(⋯⋯クオリオの話じゃ、あんまり良い精神状態ではないっぽいんだよな)


 入団試験の際に不正を働いたルズレーを、ヒイロは憤然やる方なくとも拒絶まではしなかった。だがそれでもその後の寮の割り振りまで変わる訳ではない。

 同室の者となったクオリオに働いた過去の狼藉。これに対する償いをヒイロはルズレー達に求めたが、二人はクオリオに頭を下げる気は毛頭にない。結局ヒイロは一人で星冠獣目録を探し出し、それをもってクオリオに謝罪を重ねた。

 クオリオは観念した様に謝罪を受け入れたが、彼の中のルズレーとショークに対する溝が埋まった訳ではない。ヒイロとは友人とは呼べないまでも、顔を合わせば互いの状況を報告し合う様な関係性にまで至っていた。


 そのクオリオいわく、シュラは酷く平静を欠いて見えるらしい。

 魔獣を見るや獣の如く殺し尽くし、同小隊の者とも距離を取っているのだとか。特に白魔獣を持つリャムには一度斬り掛かっており、なんとかその場を収めたものの生まれた溝は未だ埋まっていない。

 コルギ村で何かあったのかと彼女を慕うシャムが尋ねるも、シュラは何も答えなかったそうだ。


(⋯⋯シュラ)


 明らかにまずい状態だとヒイロは思った。

 魔獣への憎しみに囚われ、他者との交流を避け、心を癒せぬまま孤立していく。

 何より一週間程前、ヒイロがシュラと偶然鉢合わせた時だ。彼女はヒイロを見るや、怯えた様に青褪めながら彼の前から逃げ出した。静止の声も到底届かず、まるで今の自分を見られたくないと言わんばかりだった。


(このままじゃ、あいつ⋯⋯)


 アッシュ・ヴァルキュリアと謳われし女の背中が、どんどん細く尖り、そして遠ざかっている。

 そんな予感に駆られているのもあって、ヒイロの抱える歯痒さは一層増していく。


「⋯⋯フン」


 そして、ヒイロから滲む苦悩を、ルズレーが気付かないはずはなかった。





◆ ◆ ◆





 ジオーサの街が滅んだ。詳細は箝口令(かんこうれい)が敷かれている為に分からない。だが炎が街を呑み、その地に派遣された騎士小隊を除いて全てを燃やし尽くしたという。

 そんな真偽も不確かな噂を耳にした時、ヒイロの心は決まった。


「⋯⋯行くのか?」

「なんだ、バレちまってたのか」



 夜空に帳が降りている。

 砂利で汚れた剣を片手に約束の場所へと向かうヒイロを、ルズレーは手短に呼び止めた。

 余計な確認など交えない。これからこの馬鹿が何をするつもりなのか、ルズレーはとっくに把握していた。そして、心底馬鹿馬鹿しそうに鼻息を吐きながらも、ルズレーはヒイロより前を歩みだした。



「馬鹿で暑苦しいお前の考えそうなことだ。分かってしまった自分が腹立だしいよ」

「ルズレー様、ほんとに行くんすかぁ? くだらねえ世話焼きなんてそこのアホに任せときゃいいじゃないっすか」

「お前だけ留守番させるのも癪なんだよ。それに、僕はあの女に色々と恥をかかされた。そのお返しはきっちりしておかないとな」

「小せえ野郎だぜ」

「そういった下僕の物言いを許している僕のどこが小さいと? 覚えておけヒイロ。貴族は受けた屈辱を忘れないんだよ」

「恰好付けて言う事かよ。言っとくが、これは俺の喧嘩だ。余計な真似したらぶん殴るからな」

「貴様こそ、あまりに無礼が過ぎれば僕にも考えがあるって事を忘れるな」

「⋯⋯はぁ。こりゃ聞かなかった事にするべきだったぜ畜生」


 ヒイロが行くならルズレーが追い、ルズレーが追うのならショークも嫌々ながらに連れて行かれる。

 そんな脆い約束事に従う様に、三人は肩を並べて歩を進める。


 向かう先はヴァルキリー学園の旧校舎。

 欠けのない月が見下ろす舞台で、目的の人物は既に彼らの到来を待っていた。



「よお、シュラ。久しぶりじゃねえか」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯やっぱり、アンタだったのね」

「まるで分かってた様な言い草だなオイ」

「匿名の手紙だったけど、字は汚いし、内容も英雄騎士としてどうとか根性叩き直すとか。そんな知性の欠片もないとくれば、差出人はアンタぐらいでしょ」

「ルズレーもショークもパッと見、知性ねえだろ。なんでピンポイントなんだよ」

「なにさらっと僕を侮辱している。選ばれし貴族の僕はむしろ傍から見ても知性の塊だろうが」

「つうか名前書けよ。不審に思って来なかったら俺ら無駄骨じゃねえかこのデクが」

「こういうのは匿名で出すからかっけえんだ、素人は黙ってろ」

「⋯⋯ジャガイモ貴族ととんがり鼻まで居るなんてね。来るんじゃなかったわ」


 浅い溜め息一つ零したシュラだったが、ルズレーもショークもその無礼な物言いに噛み付こうとは思わなかった。

 怖気づいたと言ってもいい。

 目元にうっすら出来た隈に、光が負けつつある瞳。

 かつては見惚れた容姿は陰りが付き纏い、とても劣情など沸きそうにもない。

 今のシュラは剣だった。

 触れれば全て斬ってしまうような、剥き出しの剣とさえ思えた。



「ハッ、いつからンな野良犬みてえな目ぇしやがるようになったよ」

「うるさいわね。アンタなんかに関係ないでしょ」

「冷てえな。知らねえ間柄でも無いだろ」

「⋯⋯馴れ馴れしいのよ。殺されたいの?」

「クカカッ、いいねえ。楽しい喧嘩になりそうだ」


 だが震えはしなかった。

 当然だ。下僕たるヒイロが微塵も気圧されてないのに、主たる自分が腰を抜かす訳にはいかない。

 アッシュ・ヴァルキュリアが何だというのか。

 そう、これは躾だ。新進気鋭などと持ち上げられた挙げ句、心を病んだ身の程知らずを正しく教育してやる為の躾の場なのだと。


 奇しくも、ヒイロとルズレーの心は重なった。

 合図もなく、それぞれが剣を抜く。遅れてショークもナイフとアイテム各種を取り出した。


「じゃじゃ馬を躾けるのも貴族の務めだ。平民女め、男のエスコートの応え方というものを教育してやる」

「可愛げねえどころか恐ろしいぜ。ああくそっくそっ、やりゃ良いんだろくそったれ!」

「来いよシュラ。すっきりさせてやる」

「⋯⋯死んだって、後悔するんじゃないわよ」



 もはや言葉はいらない。衝突まであと僅か。

 だが不思議なことに、ルズレーもショークも。

 この時ばかりは例えかのアッシュ・ヴァルキュリアが相手でも、微塵も負ける気はしなかった。



 そしてこの日、エシュラリーゼは知ることになる。

 蹲って殻の内側に閉じ籠もっても、差し伸べられる手はあることを。

 そしてその手は上からではなく、底の下から無遠慮に。

 伸びて来ることもあるのだと。










──Act『Bad Boys Union』 Fin.

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