少女ノ一 一部の希望
お線香の匂いで目が覚めました。もうすぐ真弓さんがやってきます。
私はもそもそと布団から抜け出し、真っ暗な六畳間の扉の前で正座しました。錆びた金属質な音は鍵をはずす音です。扉が重々しく開かれると、赤く眩しい蝋燭の灯りが私を照らし、香の匂いがいっそう鼻をつきました。憂鬱だけど、安心する匂い。
「お目覚めでしたか」着物姿の真弓さんが開口一番そう言います。
「今起きました」
何千回と繰り返されてきた朝のやり取り。
「こちらが本日の分です。お食事がお済みになりましたら、さっそくお願いします」
そう言うと真弓さんは、何人もの写真と簡単なプロフィールが書かれたメモを正座した私の膝元にどさりと差し出しました。私はそれらをざっと確認して、「分かりました」と返事を返します。
写真にはいかにも他人の視線を気にしていそうな頭頂部の薄いおじさまや、たいそうふくよかな体型のご婦人など、見た目にも悩みが見て取れる人ばかりが写っていました。
……くだりません。最近、やけにこういった単純でばかばかしい依頼が多いです。
「最近、多いですね」
単純に量だけを見てもそうでした。私が顔を上げると、真弓さんはすでに表情を崩していて、
「とりあえず朝ご飯にしよ。あたしが作ったんだから、おいしい以外の感想は禁止ね」
と、まだ敷いたままの私のお布団に、着物が乱れるのも気にせずころりと横になりました。お弁当箱を投げて寄こします。
「おかずが片寄るじゃないですか」私が困ったように言うと真弓さんは、「ごめんごめん」と手を振りました。
自由な時間。楽しい時間。
真弓さんは毎朝、その日、一日分の仕事とお薬と朝ご飯を持ってやってきます。真弓さんと一緒の朝の時間だけが、今の私には唯一の幸福でした。
学校の話。テレビで見たニュースの話。昨日見た夢の話。真弓さんは何でも教えてくれました。私は常に聞き役に徹して、外の世界の情報を得ます。私が自分の事を話そうとしてみたこともありましたが、私の世界は六畳しかなく、夢の話をしようと思っても、私の見る夢に聞いて楽しいようなものはありません。
「それじゃ、あたし学校行ってくるから」
数十分の楽しい時間はあっという間で、明日の朝まで真弓さんとは会えません……。私の一日は九割八分が憂鬱でした。残りの一分が真弓さんで、もう一分が――
私は敷布団の下から一冊の本を取り出しました。