第一章 2
遅くなってすみません!これの続きはpixivにて投稿してます。興味のある方、続きが気になる人は見に来てください!
引き上げられた手を離さないよう、力加減に気をつけながら必死になってついていく。向かった先は、ステージの裏の方。そこには、人間だろうが獣だろうが関係なく死体が横倒れていた。
その中で、男は近くにあった布を持ってこちらに来る。
「わっ!」
色々な人の血の匂いが染みついているその布は、僕の鋭すぎ嗅覚では結構きつく、何とかその布をはぎ取ろうとするが、男の手に邪魔される。
「被ってろ。それがあれば、多少は逃げれる可能性が高くなる。・・・・・・裏にいた奴等は全員殺られていた。俺は、お前について行っていたから運よく免れたみてぇだけどな。今の所、ざっと見てたら表から逃げているお偉いさん方は生きちゃいねえ。・・・・・・予想以上にあのラクっていう奴は殺しにたけている。このご世代、珍しい奴だが、あいつは裏社会では有名な男だ。いいか。あいつに会ったら何があっても逃げろ。後ろを一切振り向かずに、前だけ見てな。でないと、――死ぬぞ」
僕を見る目は、真剣な目のそのもので。この現状がどれだけ大変で危険なものか、僕はようやく実感したのだった。
「で、では、僕たちはどうやって逃げるん、ですか・・・・・・?」
「前も後ろもダメなら、残るは上か下だ。けど、ここにいたバカたちは分かりやすく下の抜け道を相手に教えた。なら、残りは上しかねえ。・・・・・・安心しろ。お前だけは、何があっても逃がしてやる。お前は人間と違って獣、しかも狼なんだから逃げれる可能性は高いだろ」
「・・・・・・・・・」
「ん?どうした?」
僕は今、どんな顔をしているだろうか。助けられて情けなくも感じているし、この男を怪しんでもいて、でも、どこかで信じたいとも思っている。
(いや、そもそもの話、この男がおかしいんだよ。よくよく考えれば、なんで獣である僕を助ける?人間が獣を助けるなんて、聞いた事のない話だ。そんなの、天地がひっくり返ってもあり得ない話だと思っていたから・・・・・・)
──助かりたい
そう望んだのは自分のはずなのに、やっぱり『人間』という肩書事態で怪しんでしまう。
「・・・・・・なんでもありません」
男は、僕の疑惑に気付いているのだろうか。多分、気付いていない振りをしているんだと思う。そうじゃなきゃ、あからさまに肉食獣に背中を見せないだろうし、上から脱出するのに抱き上げる意味もないはずだから。
男の言う、上から逃げるというのは屋根裏から逃げるという意味だった。少し埃っぽかったが、人の出入りはあったらしい。一部分だけ、まったく埃が積もっていないところがあったところから見て、この人は何回か抜けていたのだろう。
「ここは、俺がいざという時のために用意しておいた脱出経路だ。だから、責任者すらも知らない。ラクという奴も、ここまで予想していないはずだから、時間は稼げるはずだ。見つかる前に、さっさと進むぞ」
「は、はい」
嫌な匂いがする布を頭に被り直し、男の後ろをついていく。歩いている間も、この良すぎる耳は下から肉を切り裂く音が聞こえてくる。こういう時、自分の耳が嫌になった。
(捕まった時も、獣の泣き叫ぶ声がよく響いていた・・・・・・)
「もうすぐ外に出られる。それでも、安全とは言えないから油断すんなよ。何があるのか分からないからな」
「は、はい」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
(・・・・・・き、気まずい)
人間と獣。いくら脱出するという目的が一致しているからと言って、過去の関係は変わらない。人間は獣を物として扱い、僕たち獣はそれを深く憎んでいる。
「・・・・・・おかしいだろ」
「え?」
少ししてから、男はそう言って僕に話しかけた。急な事で何を言っているのか分からなかったが、きっと僕の疑問の事だろうと推測した。
「疑問に思わないはずがないだろ。俺は人間、お前は獣。所詮、主従関係のようなもんだ。それなのに、リスクを冒してまでお前を助けようとしている。・・・・・・けどな、俺だって人の良心ってもんがあるんだよ。ずっと前から、こんなのはおかしいと思っていた。お前ら獣は、たた動物の耳としっぽがついているだけで、中身は人間と一緒なんだって。こんな仕事をしていくうちに気付いたよ。・・・・・・皮肉なもんだよな。最初は物としか思っていなかったのに、獣たちが泣いて、俺を見て助けてって叫ぶのを見ていると途方もない罪悪感に押しつぶされる。だからなんだろうな。生気のこもっていなかったお前を見ていて、助けたくなった。でもさ、こんなことをしても今まで見捨ててきた奴らは浮かばれない。だって、自分が可愛くてあいつらを見捨てたんだ。そんな自分を俺は──」
「あれ~?こんな所にも獲物がいたんだ。気付かなったよ」
「⁉」
後ろから、ラクの声がした。いつの間に近づいていたのだろうか。全く気付かなかった。足音も聞こえなかったし、匂いも嗅ぎ取れなかった。
「もう来やがったのか!」
「え~。そんなこと言わないでよ。だってさ、あいつら人間くそ弱くてさ~。もうちょっと粘ってほしかったけど、あっさり殺られるからつまんなかったよ。で、お前たちが最後だけど、──どうやって俺を楽しませてくれるの?」
「ッ!」
怖い。
そう。これは恐怖だ。僕は、あの男に恐怖を抱いている。全身が震えているのは、そのせいなのだ。そう、思っているはずなのに・・・・・・
(これは、歓喜?)
僕の、いや、獣の本能が彼の存在を喜んでいる。
彼が、僕のボスなのだと、そう認めているのだ。
「ちっ!」
“パァン!”
(!)
鋭い音が、頭を貫いた気がした。でも、そのおかげで思考が現実の方へと戻っていく。
「走れ!」
「え?で、でも・・・・・・」
「いいから、走れ!このまままっすぐ行けば、外へと繋がる道がある。後ろを振り向かずに、何があってもそこまで走っていけ。いいか!お前は、お前だけでも、俺の分まで何があっても生き続けろ‼」
──生きろ
そんな言葉を言われるなんて思っても見なかった。
獣には、人としての生き方ができない。それが、社会の在り方だからだ。なのに。なのに、この男の人は生きろと言う。
気付けば、僕は駆け出していた。
「あれ?逃げるのか~。めんどくさいな~、っと」
「お前の相手は俺だ」
「ふーん。ま、別にいいか。・・・・・・俺を楽しませろよ」
苦しい。辛い。肺が痛い。それでも、僕の足は止まる事を知らなくて。必死になって走っている。
(もし、外に出られれば助けを呼べるはず・・・・・・!あの人が助かるためにも、急が、ない、と・・・・・・?)
助ける
誰が?
僕は獣だ。そんな社会から見たら物でしかない人種が、誰かに助けを求めたって行動してくれるはずがない。逆に、また別の誰かに捕まえられるのがオチだ。
(そうだよ。あの日、訳も分からず捕まえられて、今までの自分の生き方も分からない混乱のまま、それを利用して洗脳みたいに毎日毎日人間の好き勝手にされて。それなのに、助ける?・・・・・・バカみたいじゃないか)
目が覚めてこのかた、よかった事なんて一度もない。同じ人として生きようとしても、人が、社会が、世界がそれを許してくれなかったから。初めて『生きろ』と言われたって、この汚れ切った世界で、どうやって生き延びろというんだ。
――自由。それは、人間にあって獣にないもの。その言葉以外何も知らない僕に、一体どうやって・・・・・・
「みーつけた!」
「!」
後ろから、ラクの声が聞こえてきた。とっさに振り向いてしまう。
(・・・・・・あっ)
見なきゃよかった。
ラクは、左手にナイフ。右手に、あの男の人の首を持って立っていた。
「?あれ?逃げないの?せーっかく鬼ごっごでもできると思ったんだけどなー。ま、いいか。この男のおかげで、結構楽しめたしね。今は気分がいいから、楽に殺してあげ・・・・・・ん?お前、なんか変な匂いだね。その変な布のせいで分からなかったけど、お前もしかして──」
段々こちらに近づいてくるのを感じる。だけど、僕の目にはラクが持っている男の人しか映っていない。
(生きろと、あの人は言った。何があっても生き続けろ、と。でも、この腐り切った世界でどうやって生きればいいの?獣人が、獣人らしく生きる事なんて不可能なのに。あの人は、それを教えてくれないで、いなくなった)
不意に、視界が広くなる。布がとられたのだとすぐに分かったが、どうでもよかった。僕の中にあるのは、今から死ぬのだと他人事のように感じるだけ。
「・・・・・・泣いてんの?」
「え?」
呆れたように、ラクが話しかけてくる。
違う。そう言いたかったが、自分の目元が今更ながら濡れているのが分かった。その水が滴り落ち、自分の手元を光らせる。
(泣いてる?誰が?僕が?何で?だって、死んだのは人間だぞ。今まで、僕たちを蔑ろにしてきた人間たちの一人が死んだだけなのに……なんで、泣かなくちゃいけないの?)
心に穴が開いたかのような喪失感が、なぜか懐かしいと感じてしまった。それに耐えきれなくて、涙が溢れる。なんとなくだけど、人間が死んだから泣いているわけではないと思う。でも、それが分からないから、更に虚しさを感じる。
「ハア・・・・・・。泣くなよ。お前も狼ならさ」
(・・・・・・お前?)
それは。その言い方は、まるで、あなたも──
「おお、かみ・・・・・・?」
その瞬間、強い風が吹いてきた。その拍子にラクのフードが取れて姿が晒される。いくら空が暗かろうと、少しでも月の光があれば狼である僕の・・・・・・いや、僕の目には相手の姿がはっきりと映る。
ラクという男は、非常に整った容姿だった。獣の特徴である物がなければ、それはそれは人間によくモテた事だろう。
でも、なによりも、僕が目を引いたのはその目だ、それは、まるで人の血をそのまま映し出しているようで。――まさに、獣。その言葉が、しっくりくるほどラクという男は本能のまま動いているのを感じだ。
だって、ほら。今だって。
「なあ。お前、俺のところ来る?」
彼は、自分の本能のままに僕に語り掛けてくれたのだから。
気付けば、僕はあの男には目もくれていなかった。まるで靄がかかったみたいに、どんどん認識が消えていく。今の僕の頭の中には、ラクしかいなかった。
「・・・・・・僕があなたについていくのはメリットがありすぎます。でも、あなたにはデメリットしかない。僕があなたに何かを恩返しするのも少ないかもしれない。それでも、そんな事を言うのですか?」
(嘘つき)
心の中で、自分を罵倒する。
これは、いわゆる確認のようなものだ。僕がラクをボスだと認めているように、ラクもまた、僕を[[rb:己の一部 > 群れの仲間]]にしたいのだと言ってほしいから。
(僕は、自分も、相手の気持ちも読み取るのが苦手だ。だから、教えてほしい)
この答えが間違っていないのか。
これが、本能というやつなのか。
そして、この黒い感情の正体を、この狼から聞きたかった。
「言わないと分からないのか?」
そう言った彼の顔は、先ほどの呆れからなのも変わっていない。だけど、それだけで分かるのだ。そして、僕はその問いに答えを見つけられていた。
(これが、この感覚が、『本能』)
人間には決して分からない、獣としての性が、僕の心を覆う。その時、僕の何かが変わった。諦めていた閉ざされた道に、一粒の光が差し込んだのだ。きっと、この光は正真正銘獣の道だろう。決して戻れない道へ行くのだ。でも、僕は、それでも生きたいと思った。この腐り切った世界に、今までの全てをぶつけてやりたかったし、なによりもラクが望んでいる世界を隣で見たい。そう願ったのだ。
(ああ。やっと、分かった)
ラクに出会って。この人の本能を知って。やっと、自分の思いに気が付いたのだ。僕は、この世界を、人間を──憎んでいたのだ。それこそ、殺してやりたかったぐらいに。
「いい目するじゃん」
「ありがとうございます」
僕たちは獣だ。獣の世界では、弱い奴が死んでいく。所詮、この世界は弱肉強食。たまたま統括するのが人間だっただけで、本来なら僕たちの方が何もかも強者なのに。権力だけにあぐらをかいて、本当の強さを知らないやつらは、いっそ殺してやればいいのだ。ラクが快楽のために殺すというのなら、僕は罰を与えるために殺してあげよう。
痛がるように。
苦しむように。
悔いを改めるように。
『生きろ』と、ある人間は言った。なら、生きてやろう。惨めに、終わりを待つばかりの諦観な人生じゃない。ラクという狼についていくオオカミらしく。
黒い狼が、灰色のオオカミを捕まえた。
捕まえられたオオカミは、生きることを望み、人を殺していく。
赤い月が、よく輝いていた日だった。