1章 出会いと日々
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初めて世界を見た時、世界は汚れて見えた。
・・・・・
目が覚めた。いつもと違う冷たい床にいるようなきもするが、周りは何も見えない。布が目にあたっている感覚がするから、それで目を塞がれているのだろう。
そんな中、最初に反応したのが聴覚だ。喧しいほどの声と音に耳を塞ぎたくなったが、残念ながら手と足が錠で繋がれているためできなかった。
よく分からない場所で目を塞がれ、手足の自由もない。正直、怖くないといえば嘘になるけど、なぜかその時の僕は冷静だった。
周りの声が煩いせいか、あまり良く聞き取れなかったけど何とかここがどういう場所なのかは分かった。どうやら、ここは店らしい。ただし、獣だけを売る人身売買の店らしいが。店自体をあまりよく知らない僕から見ても、ここが最低の場所なのがよく分かる。
それでも、何もできずにただボーっとしていると、いきなり首が前にいった。首につけられた錠を、誰かが引っ張っているようだ。
(痛い)
こちらの意志など関係ないみたいに、引っ張る人はどんどん前に進んでいく。まるで、獣は獣らしくいろ、とでも言わんばかりで気持ち悪かった。
(さすがは、人間様だね)
人には人の、獣には獣の特有の匂いがする。だからだろう、僕を引っ張っている人がどんな姿なのかはなんとなく予想ができる。
そうやって見えないのに考え事としながら歩いていたからだろう。何かにぶつかってしまった。そのまま、重力に逆らわず僕は転がる。
「ッ!」
手足が繋がれているせいか、まともな受け身が取れずに顔面から床にぶつかってしまった。転んだにも関わらず、人間はどんどん前に進んでいく。くい込んだ首輪が痛くてしょうがない。
うまく息ができないから、立ち上がろうにもうまく力が入らないのだからどうしようもなかった。
(・・・・・・どうせ、買われたらこれより酷いことされるんだし、別にいいや)
慣れるしかないのだ。
それが、この腐りきった世界で生きれる唯一の方法なのだから。
段々と、人の声が近くなる。この時の僕は、まるで他人事のように「ああ、売られるんだな」、としか思わなかった。
「立て」
前の方から、男の人の声が聞こえてきた。どうやら、それは今まで引っ張っていた人間の声らしい。まあ、それが何だという話だが。
僕は無言で立ち上がる。その際、やっぱりうまく力が入らなくてゆっくりになってしまった。そのせいで男の舌打ちが耳に響いたが、それすらもどうでもよかった。
「お前は、今から人間のために生きることになる。良かったな。底辺な耳付きが、高貴な人間様のお手つきになるんだから。死にたくなかったら、せいぜいご主人様に尻尾でも振って媚びでも売って生きろよ。・・・・・・恨むなら、自分が耳付きで生まれてきたのと、その種族で生まれたさせた両親を恨むんだな」
「・・・・・・・・・」
男の嘲笑らしき声が聞こえてくる。
人間が獣を侮蔑するのは珍しくない。それこそ、日常的にあってもおかしくないレベルで当たり前のことだ。だけど、今この場で人間が獣・・・・・・もとい商品に話しかけるのは珍しい。
何も答えられない僕はしばらくボーッとしていると、周りからは色々な声が聞こえてきた。獣たちの泣き叫ぶ声、人間たちの歓喜の声。対照的なその声以外に人の声なんて聞こえなかったから、本来ならこの仕事についている人たちは商品に話しかけることなんてしないのだろう。
(じゃあ、なんでこの男の人は僕に話しかけたんだろ?ただ単にイラつきをぶつけたかったような声じゃなかったし・・・・・・同情でもして話しかけたのかな?)
僕は、どうやら人の心情を読み取るのが苦手らしい。相手がどう思って今の言葉を言ったのか、全く予想すらできない。しかも、今の僕は相手の顔が見えないから声だけで判断しないといけない。読み取るのが苦手な僕には、どうしようもなかった。
「いいか。俺が目隠しを外したら光の中央まで行け。そこで、お前の人生が決まる。良かったな、耳付き」
また、男の人の声。でも、なぜだろう。その声は、どこか苦しそうだ。
目隠しが外される。いきなり光が目に刺さったせいか、気持ち悪いぐらい眩しかった。・・・・・・そう、眩しいはずなのだ。なのに、僕の目にはモノクロに見えた
僕は言われた通り、光のある方へと足を進める。気まぐれで男の人の顔を見ようと思った。けど、やめた。どうせ、すぐ忘れる相手だ。見たって意味がない。
「──生きろよ」
ほんの一瞬。誰にも気づかれない程度に、自分の動きが止まったのが分かった。男は小さな声で、けどけして僕には届かないぐらいの声量でそう言ったのだ。どういう意味で言ったのかは知らない。だけど、確かに聞こえたその言葉は、決して人間が獣にかけるべき言葉ではないのは分かった。
後ろを振り向こうかと思った。振り向いて、なぜその言葉を言ったのか尋ねたかった。けど、僕自身はもう光の中央に立っていて、そんな行動が許されるはずがなかった。
「皆様!大変お待たせしました‼今日一番の目玉商品である獣
──変異種で生まれた絶滅危惧種の肉食獣である狼の子供でございます‼見た目も申し分ない子の獣。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ!さあ、誰がこの獣を買い取るのでしょうか。最低金額は一千万から!さあさあ、どうぞ‼」
「三千万!」
「いや、こっちは五千万だ!」
「なら、私は八千万だすわ!」
どんどん膨れ上がっていく金額の価値は僕には分からないが、人間たちがこぞって僕を買い取ろうとしているのが分かった。それが何だが気持ち悪くて、なにもないはずの胃の中から何かが込み上がっていくような気がした。
「五億!」
一人の女性が、そう言った。その瞬間、騒がしかったはずの空間が静になる。
「五億!五億以上の方はいませんか⁉」
司会者の愉快そうな声とは裏腹に、周りは残念そうにざわつき始める。
「・・・・・・またあの人か」
「一番いい商品を買い取っていくもんな」
「どんだけ金持ってんだよ」
その声を聞いているうちに、自分の置かれてきた立場が明確になったのが分かってきた。
(ああ、決まった)
僕の生きる道が。全て、あの女性に委ねられることになった。
「では、買い取った方はこちらにどう、ぞ・・・・・・」
ドサッ、っと人が倒れる音が聞こえてきた。それと同時に、軽快な声で楽しそうな一人の男性の声がマイク越しに聞こえてくる。
「あーあー。これ、聞こえてるよね?ま、いいか。初めまして、俺の名前はラク。こっからは俺が司会を務めてあげるよ」
まるで、人の全てを喰らうかのような雰囲気が、見えないはずのこちらにまで伝わってくる。──威圧感。その言葉が脳裏をかすめる。そうだ。これは、威圧なのだ。あまりの強さに、頭がうまく働かない。
けど、まだ僕の方がマシだったらしい。周りが固唾を飲んで黙っていると、一人の女声の金切り声が辺りを染め上げる。それは、先程僕を買おうとした女だった。女は耐えきれなかったみたいで、ドアの方へと駆け出していく。そのまま、外へ逃げ出すのかと思った瞬間──
「・・・・・・へ?」
女の頭にナニカが貫き、倒れていった。
誰もが、唖然としている。それは、僕も含まれていた。
(・・・・・・もしかして、あの人間――死んだ?)
僕の目が間違っていなければ、あの女を貫いたのは『ナイフ』だったはずだ。
心臓がバクバクして煩い。血が熱くて、立っているのも辛かった。
「あ〜あ。うるさかったから、つい殺しちゃったじゃん。バカな女・・・・・・って言いたいところだけど、どうせここにいる全員死んじゃったんだから、関係ないよね」
それは、まるで異国の歌を聞いたかのように理解するのに時間がかかってしまった。男は、未だに楽しそうに声を震わせている。
「じゃあ、最後に一言。全員、外に逃げられると思うなよ。お前らは、今から俺のおもちゃなんだから」
その声を最後に、人の叫び声と肉を切り裂く音が耳につく。気持ち悪すぎて、思わず耳を塞ぎしゃがみ込んでしまった。いつ自分が死ぬのかも分からないのに、その場にしゃがみ込むのは自殺行為に等しい。分かっているのだ。けど、全てを諦めてしまっている僕や他の獣たちにとって、それはある意味救済のようなものだったから。
耳を塞いでも聞こえる阿鼻叫喚に、思わず悪態をつく。
(うるさいな)
人間の甲高い声なんて、騒音となんの変わりもない。一人一人が死にたくないと喚くそれは、先程まで獣を買うなんて非道な行為をしていた当然の報いだと思った。
(なんで、そんなにうるさく騒げるんだよ)
「──い」
(さっきまで、自分たちも蹂躙する側だったくせに)
「おい!」
(いざ、自分たちが狩られる側になると命乞いするとか、虫の良すぎる話だろ。なんで、それが分からない──)
「いい加減にしろ‼」
「!」
「何してんだ!さっさと逃げるぞ‼」
「・・・・・・へ?」
耳を塞いでいた手が急に離れたかと思うと、知らない男の人がものすごい剣幕で怒鳴ってきた。
(・・・・・・ううん。違う。この人、知ってる)
だって、さっきまで僕を引きずっていた男の人の声と匂いだったから。
でも、なんでここまで来たのだろうか。必死になって、僕を怒鳴って。意味が分からなすぎて混乱してきた。
(僕に、そんな価値ないのに)
「な、なんで・・・・・・」
「あ?・・・・・・今はそんなことどうでもいいだろ。早く逃げねぇと、俺もお前も仲良く死んでいくんだからな」
有無を言わさえないその言葉は、まさしく人間特有の言葉遣いだ。けど、この男の人が汗をにじませ、息を切らしてこちらを見ている。この血まみれの中、それでも僕のところに来てくれた男の目には、ある感情──心配の色が渦巻いていた。
(この人は、獣である僕を心配してここまで来た・・・・・・?)
そう思うと、胸の奥が温かくなるのを感じた。こんな状況の中、僕はまさしく『嬉しい』と、そう感じたのだ。
「ほら、行くぞ!」
手を差し出した男の手は、僕を生かすためにあった。
僕は、その手を震えながらも──
「は、はい!」
力強く握ったのだった。