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路地裏の手毬

作者: なと

何かが足りない

そうだ、懐の夏が足らない

向日葵をぎゅうぎゅうに財布に詰めこんで

アイスキャンデーを死ぬほど押し入れに押し込んで

煌めく海の水を鞄に詰め込んだら

ようやく、落ち着いた

路地裏の童が、手毬をつきながら

それをみて笑ってゐる

やがて夜が来て

すべて水の泡になってしまうのに


不器用の唄

懐かしい校舎で

あなたはあなたで在ることに気が付いて

鏡の前で逆立ちしてみせた

考えて居た小文の一節が思い浮かばなくて

辞書から真理の文字を切り抜く

鉛筆は短く、消しゴムも小さく、気は短く

遠くで鳴いている雁は、

今夜湖で羽化する

ただ、最後に、櫻が綺麗だ、と呟いた





プカプカと、父親が仏間で煙草を吸っている

父親は、自分が風の旅人で在ることを

隠しているかもしれない

やいこら父親、本当の事を申せ

そうすると、父親は突然嬰児の姿になって

ばぶぅとひねくれてみせた

謎多き世の中

本当の姿は分からないものだ、人は

絵本の泣いた赤鬼が、臆病であるように




朱い紐で小指をぐるぐる巻きにして

神社の鳥居の所で隠れんぼ

僕らは朱に呪われた世代

旅人のコートの中から

真っ赤な林檎が出てきて

いつの間にか

旅人は、父さんになっている

目の前の原野にちゃぶ台が置かれていて

やっぱり、朱い蝋燭に火が灯っている

そんな夢の跡には、なぜか、小指に赤い痣




枝垂れ桜の下に

夢が堕ちている

拾って洗うと

光り輝くもんで

夜空に浮かべたら

何でも願い事を叶えてやる

と魔術の匣を寄越した

何が這入ってゐるのか

かさこそと家守でも入ってゐるのか

じゃあ、海が見たいと云うと

窓の外が、水平線になった

僕は其処に阿古屋貝の貝殻を浮かべて

美しいなと呟く



土蔵造りの観音扉から

童が顔を覗かせている

病の子かな?

包帯でぐるぐると巻いた左目が痛々しい

海は見えますか?

空は青いですか?

世の中、嫌になることが多すぎる

せめて、君だけでも、清々しい風が吹きますよう

童は、虫籠を窓辺に近づけると

嗚呼、蜻蛉を離している

飛んで行くんだなあ



もうすぐ陽が沈む

通りに灯りが燈る

夕焼け小焼けの同報無線

今日の夕飯は、お風呂は

さよなら

それは、今日の終わり?恋の終わり?

渡せなかった恋文が

玄関のポストに入りきらず

風に揺られている

小さな秋桜の花が

静かに散って行くように

旅人は何処

古い通りに

昔の風

私も秋と共に

逝くから





眩しいほどの、夕焼け

原野は、黄金色

旅人はポッケに手を突っ込んで


掌を訳もなく眺めたり、閉じたり開いたり

私もします。何が悪いんですか?

おかしいのはどっちだろう

あんなに笑って


夕べのサンマに箸を突き立てて

はい、亡くなった人


通りでタップダンス


訳もなく口笛なんか吹きながら







夜の櫻は生き生きしている

下品な感じがするので、

余り好きになれない灯りに照らされて


亡くなった人でも思い出して

死の水をとれなかった人も居たなあ


願わくは 花の下にて春死なん その如月の望月の頃

西行法師はそう詠ったけど

はらりはらりと湖面に落ちる櫻が余に綺麗すぎて

瞼を閉じた






ちりりと鈴の音が鳴って

着物姿の娘が通りの向こう

海は見えますか?

山は見えますか?

尋ねても声なんて届きゃしないのに


極彩色の手毬をひっそりと玄関に飾って

誰が見ているという訳でもないけど


寂寥は身に染みわたる秋風のよう

郷愁も過ぎると毒です

ぱちん。灯りを消して暗闇に目を凝らす






人間失格、嫌いです

読んだとき、此れは自分だ

ガツンと頭を殴られたような

そう思った

若かりしあの時

そうですか、自殺したのですか

六月十五日、梅雨の最中に

想えば、人生の中で、何人の死者が隣を通って行ったか

死臭の匂いがする

歯周病の匂いの様な

安心してください

私ももうすぐです



海の向こうに在る竜宮城に真珠を

幽かな秋の跫に慄きながら

夏は何処行った

幽霊は問う

冬は寒いので通りに化けて出たくありません

嬰児の揺り籠は、そっと揺られている

耳をそばだてて今世の揺れる音を聞く

小さな鈴虫のような声をしている

だから原野に泣きに行こう

旅人のコートの下に隠れよう



耳の裏って洗いにくくありません?

アライグマに訊いてみるも、

彼は水に溶けたわたあめを必死に探している

懐かしいっていい事

あの土蔵の虫籠窓から覗く赤子に届けと

シャボン玉を必死に作る

此の世は、刹那のものだけれども

踏み台を柔らかに踏む様に

そっと鈴虫を捕える様に

幽かに土を踏めば

旅人は、列車に揺られ原野を行く

私は隣に座って

男をまじまじと見つめる

死んだ父親だった

野辺送りして座棺に詰め込んだはずだ

ではあの日

父親のケーキを勝手に食べたことを

さぞかし怒っているに違いない

父親は、黙って煙草を吹かしている

私がトイレに行っている隙に

コートだけ残して消えていた



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