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ショートショート8月~

くろねこ

作者: たかさば

春の終わりに我が家にやってきた、黒い子猫。

ずいぶんやんちゃで、ずいぶんしっぽの長いオス猫である。

彼は近所に住むママ友の家で生まれて、プリン六個と引き換えにうちの子となったのだが。


「あーもー!!猫!!」


やんちゃが過ぎる彼は、いたずらをするたびに名前を読んでもらえず、まさかの猫呼ばわりされている。今も髪を結ぶ娘の後ろからとびかかって、散々怒られているというのにどこ吹く風だ。なんという心の強いマイペースな猫か。昨日も息子の持ち帰ってきた工作を散々いじり倒して破壊し、こっぴどく叱られたというのに。どうやら彼の目に入ったものは、ことごとく好奇心をくすぐるもよう。


子猫ってこんなに横暴で乱暴だったかなあ…。今までに六匹の子猫をお迎えしたんだけど、ここまでヒドイのは初めてだよ。思えば初めて猫を拾ったときはへその緒がついてて大変でねえ。無事育った後はあとからうちに来た子猫の世話をしてくれて、大助かりで…。できた猫に育てられた猫はできた猫になり、うちの猫は揃いも揃っておとなしく穏やかな人懐こい猫になったのだけれども。


…今回はうちの優秀な大人猫が完全に負けていてですね、ただひたすらに黒い子猫に引っ掻き回されていてですね!!!


今もおとなしい大人猫が黒子猫にがぶりと齧られて…ああ、気の毒に。うちの最古参の黒猫が、新入りの黒猫にかみつかれたまま隣の部屋にとぼとぼと歩いていく。なぜ怒らないんだ。いい人、いや猫にもほどがあるだろう。


「「「行ってきまーす」」」

「行ってらっしゃい。」


娘と息子と旦那が家を出る。今日は私の仕事はお休み。午前中に買い物に行って久しぶりに図書館でも行こうかな。朝ご飯の片づけをしてから、歯を磨こうと洗面所へ。


歯を磨いていると、足元に件の黒猫がやってきた。相変わらずの好奇心旺盛っぷり、何かやらかすに違いない。しゃこしゃこと歯を磨く私の足元で、黒い子猫がおしりをふりふり…。勢いよく洗面台に飛び乗る。そして洗面台の鏡に映る小さな黒猫に向かって威嚇をしている。なんだ、やっぱり子供だな、鏡の自分に向かって威勢張ってるとかさあ。あはは、何やってんだ、ウケる。


「しゃー!!!!」


自慢の長いしっぱがちょっと膨らんでる、はは、は、…はあ?!


鏡に映る、黒猫が、なんか、おかしい??


私のおへその前あたりで威嚇している猫。明らかに怒っているのだけど、鏡に映っている猫はなんか、こう、ビビってる…って!!逃げ出した!!!なのに、私のおへそのあたりに猫がいる!!


「ひゃわあああああ!!!ねほ(ねこ)!!ねほふぁ(ねこが)!!!!」


この黒猫、鏡に映ってない!!!!


「やあやあ、どうしたんです、子猫が飛びついてきましたけど。」


鏡の向こうに角の生えた人が!その手にはやんちゃなうちの黒猫がつまみあげられている!!うぐぐ!!落ち着け!!まずは口を漱ぐのだ!!慌てつつも冷静に、落ち着いてコップの水を口に含みまして、ブクブクぺーした後、スマートに口元を拭い、にこやかに角の生えた人に対峙する。


「いや、なんかうちの猫が威嚇したら、鏡の中の子猫が逃げちゃったというか。」


くそう、油断した、普通に近所で生まれた猫だと思ってたのに、まさかこんなことになろうとは。どこにあっちの世界の住人が紛れ込んでるかわかんないなあもう…。


「ああ…その子猫は貢賂(くろ)猫ですね、まだ本人(子猫)は気づいてないみたいですけど。」

「うわあ、マジか!!魔女の猫じゃん!!聞いてねえー!!!」


貢賂(くろ)猫ってのは、魔女が連れてる猫の事で、いろいろと恵みをね、もたらす猫でね?その昔魔女たちが貢賂猫を巡って醜い争いを起こして、黒猫狩りをしたこともあったらしくてね?!黒猫は縁起が悪いって風潮は、黒猫の中から生まれる貢賂猫を確保するため、世間一般に流した悪評の名残になってるとかなんとか。化け猫の姐さんが愚痴ってたのを聞いたことがある。


「こんな所で出会うとは…相変わらずすごい縁持ってますね貴方。」

「ただ仲の良いママ友からもらっただけなのに!!」


五匹生まれたという子猫をもらいに行ったあの時。本当に何も考えずにつまみ上げたのがこの猫だった。つまみ上げる事さえ運命だったというのか。


やんちゃな黒猫を抱っこすると、うはあ、めっちゃぐるぐるのど慣らしてる。しかしその姿は鏡に映っていない。


「ちょっと!!鏡の中のあんたいなくなっちゃったよ!!あのね、こういうの、まずいからやめなさい。」


黒猫の目を見て説教をかます。猫はまだぐるぐる言っているが、体をよじって逃げ出そうとしている。どう見ても人の言葉に耳を傾けるタイプじゃないぞ!!


「まだ子供ですからねえ…よくわかってないみたいですね。」

「そっちで悪いことしてたら叱ってやってね、うん…。」


じたばたする黒い子猫を抱えてリビングへ。このやんちゃ坊主をいかに優秀な猫にするか、私の手腕が問われることになろうとは。ヤバイ、今まで猫の教育は猫に任せっきりだった、はっきり言ってとてもできる気がしない!!そもそもうちの猫の皆さんはこの猫にやられっぱなしでね?!ちょっと待て、もしやこの猫が貢賂猫だってみんな知ってるから手出しができないとか?!…うちの人の良い出来の良いおとなしい猫たちならやりかねん!!これは緊急会議が必要だ!!


「はーい、ごはーん!」


どたどたどた。黒い猫が二匹とキジトラの猫が三匹やってくる。うちの猫の皆さんは、ごはんというとみんなキッチンに集まってくるのですよ。


「はい、皆さん、この子猫はえらくも何ともありません!かまれたら教育的指導をしてかまいません!ビシビシ教育してください!遠慮しないでください!みんなで猫の基本をね。教えてあげてください!」


集まった猫にお願いをして、ちょっとだけいい猫缶を開けて差し出す。皆ぐるぐる言ってるから、多分お願いを聞いてくれるはず。


「あんたはわがままが過ぎる!!ちょっと普通の猫を学びなさい!あと落ち着け!!そうしないと…怖い姐さんにあわせるよ!!!」


腕の中のやんちゃ坊主はおいしい猫缶があるのを見てじたばたしているのだが、その顔を無理やりこちらに向けて目を見てきつく言い聞かせておく。一瞬猫が口を開けておかしな顔をしたような気もしたけど…さて、どうなる事やら。




「なんか最近チョコの噛み癖よくなったね!」


娘が黒い子猫を膝にのせて寛いでいる。チョコというのは黒猫の名前ね。鏡事件から一か月、猫はずいぶん大きくなって、かなり落ち着いてきた。むやみやたらにかむ癖がなくなったので怒られることが減り、名前を読んでもらえるようになったという。


「なんかこの前鏡の前で威嚇してたよ。」

「ああ…まだ子供だから、鏡のことわかってないんじゃないの…。」


まだやってんのか。鏡の向こうのふがいない自分に腹を立てているのか、角の生えている人に怒りを向けているのか。…鏡の向こうで厳しくしつけられているのをみたのかね。


「名前呼ぶと返事もするようになったし、急にお利口になったみたい、頭いいのかな、この子。」

「…周りの猫が優秀なんだよ。」


咬んだら咬み返し、猫パンチを受けたらパンチをお見舞いし、猫キックをしかけられたらフーと言い。このところの先住猫たちの教育が素晴らしくてね。さすがだなうちの猫は。


幾分大きくなった黒い子猫は、娘の膝からスッと降りると、とことことこちらにやってきた。ソファの上で胡坐をかいている私にそっと近づく。おしりを振り振り…ぴょんと私の膝の上に乗り。


がじー!!!!


「ちょ!!この猫かんだよ!!失礼な猫だな!!!」


こいつ!!許さん!!!人の足の親指をガブリだとぅ?!今の会話を聞いて噛みやがった!!こういうところが子供だっていうんだよ!!デコピンを食らわせようと狙ったらぴょんと人の膝の上から飛び降りて古参猫の影に隠れるし!!おかしな知恵ばかりつけやがってえええええ!!!


怒り心頭の私の目に映るのは、あれだけ噛まれても耐えていた古参猫。何やらにゃあにゃあと文句を言いに行った子猫をグルーミングしてるよ!!優しすぎる!!!なんというできた猫なんだ!!この猫の方がよっぽど貢賂猫の素質あると思うんだけどな…。どういう基準で選ばれてるんだろう、猫界の事はよくわからんわ。


…なんだ?ほかの猫たちも集まってきたぞ。代わる代わるグルーミングしていくんですけど?!ちょっといつの間にこんなかわいがられる猫になってんのさ!!!おかしいだろ!!!


ソファから立ち上がった私を猫が一斉に見上げる。その目は何だ。そして…勝ち誇ったような子猫の顔は何なんだ!!


このくろねこはとんでもないぞ…。


私は次の休みに絶対化け猫の姐さんを呼ぶことを、たった今!決めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかの猫。新人かな? やはり可愛いですね。 [気になる点] 化け猫の姉さん… 以前小説で何か食ってましたよね
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