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浅草お狐喫茶の祓い屋さん~あやかしが見えるようになったので、妖刀使いのパートナーになろうと思います~  作者: 千早 朔


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守りたかったのは④

(ちょっと、圧! 圧が強い! ほらみてこの子怯えちゃってるじゃん!)


 見下ろすの止めて! せめて身を屈めて!

 私がそう、口にする前に、


「……お供をつける。一人で行けるな? 隠世の警備隊を呼んでもいいが、一人で行った方が、多少なりとも減刑の余地がある」


「!」


 雅弥の言葉に、私は目を剥いた。


 ――減刑の余地がある。


 雅弥が。誰もが認める効率重視の、とにかく祓ってしまえば解決だ、の雅弥が。

 お供をつけてくれるうえに、"減刑の余地がある"?

 少年も随分と驚いているようで、元々丸い目が太ったどんぐりみたいにもっとまん丸になっている。


 無言で見つめ合う二人。程なくして、少年が「……うん」と頷きながら目尻を拭った。

 安堵したように細まる黒い双眸。"薄紫"が淡く光り、ペーパーナイフの姿に戻った。


(……なーんだ。雅弥も心の中では、この子を心配してたってこと)


 それなら初めからそう言って、話を聞いてあげればいいのに……。


「まったく、素直じゃないんだから……。知ってたけど」


「……なにがだ」


「ううん。こっちの話」


「…………」


 雅弥はどこか不満顔で"薄紫"を布鞄に戻し、代わりに真っ黒なスマホを取り出した。と、


「……あのっ」


 少年の声に振り返る。


「ん? なあに?」


「……このハンカチ、借りて行ってもいい? 隠世で罪を償ったら、必ず、返しにくるから」


「もちろん! それは全然かまわないのだけど……うーん、そうねえ……」


 私はぐるりと見渡して、


「何かこの家からも貰っていけたら、きっと心の支えになるだろうし……。あ、ビー玉なんてどう? 一個もらってもいいか、雅弥に電話でちょっと聞いてもらって――」


「……それは、平気」


 少年は頭を振って、


「今度は、"これから"の約束を、支えにしたいから。だからあなたが貸してくれた、コレがいい」


「……そっか」


 私は嬉しさに頬を緩め、軽く膝を折った。

 少年と目線を合わせ、小指を立てる。


「楽しみにしてるから、絶対にね」


「……うん。ありがとう」


 少年の小指が重なる。背後から、「また余計な約束を……」と雅弥の恨めし気な声が飛んできた。

 けれどやっぱり、やめろとは言わない。

 つまり、見逃してくれるってこと。


 雅弥に顔を向け、ありがとうの気持ちを込めてにこりと笑んでみせた。

 と、雅弥は盛大なため息をつきつつ、少年に視線を流し、


「……本当にソレを、隠世に持っていく気なんだな」


 少年が、「……うん」頷く。

 雅弥は渋い顔で「わかった。好きにしろ」と告げると、画面に数度指を滑らせて耳に当てた。

 ……え、なんだろ今の。


(このハンカチのデザインがちょっとラブリーな感じだから、からかわれる可能性があるとかそういう?)


 急に不安になった私は、


「えと、ホントにそのハンカチでいいの? なんか別のモノにする?」


「……僕が持っていったら、困るモノだった?」


「ううん。私は本当に大丈夫だから、あなたさえ良ければ持って行って」


「……よかった」


(うん! この子が平気っていうんだから問題なし!)


 満足したのとほぼ同時に、どうやら新垣さんが電話に出たようで、


「……終わったぞ。戻ってこい」


 端的な命令に、非難するような新垣さんの声が電話口からうっすら届く。

 けれど雅弥は知らん顔で通話を切った。

 えと……うん。頑張って新垣さん……!


「戻るぞ」


「あ、うん。っと、その前にこの階段と絵、元に戻しておかないとね」


 立ち上がった私は雅弥に「はい」と絵を差し出し、


「私たちはビー玉とおはじきの回収をするから、絵はよろしくね」


「…………」


 不承不承、といった様子で絵を掴んだ雅弥が、背に面倒だと貼り付けながら階段を上っていく。


「あのっ、ほんとうに、ごめんなさい……っ!」


「へーきへーき! 三人でちゃちゃっとやれば、一瞬よ!」


「まて、俺は絵を戻せと言われただけのはずだが」


「さーあ、どうやろうかなー? 下から一個ずつ拾っていくより、上から落としていって、最後に下で回収したほうが早そうね」


「おい」


「あ、雅弥は絵の取り付けおわったら、なんかいい感じの袋か容器を持ってきてくれる? 上の部屋も、念のため見に行くでしょ? そのついででいいから」


「……本当に自由だな、あんたは」


「え? いかないの?」


「……いく」


 よし、これで分担もおっけー。

 ったく、人使いが荒いだのなんだの小言が聞こえるけど、うん、気のせい気のせい!


「それじゃ、私たちも上がろっか」


 気合ばっちりで少年に視線を落とすと、


「……上がるのは、僕がいくよ。一段ずつ落としていくから、あなたはここで待ってて」


「え、私も上がったほうが……」


「落ちたビー玉が転がって、たたきに落ちてしまうかもしれないから。……割れてしまうかも」


「……確かにそうね」


 私の納得を見た少年が「おねがい」と告げて、まだビー玉やおはじきが散らばったままの階段をひょいひょい上がっていく。

 そういえば、私を助けるために上階の手すりから飛び降りたって聞いたけど……。


(あやかしって、こんなに軽々と動けるものなのねえ)


 お葉都ちゃんはどちらかというと、常におしとやかで優美って風だし……。


(ん? そういえば)


 まだ、お名前聞いてない。

 気づいた私はちょっと声を張るようにして、


「ねえ、お名前聞いてもいい? 私は彩愛っていうの」


 階段上に辿りついた少年が、振り返って嬉し気に薄く笑む。


「僕は、くるわ。……ぬりかべっていう、あやかし」


「え、ぬりかべってあの、大きな壁みたいなぬりかべのこと?」


「……それは、ヒトを脅かすための姿だから。今は、隠世でも、こっちの姿の方が多い」


「そうなんだ……あやかし事情も色々あるのね……」


 まさか人を脅かすための姿と普段用が、別だったなんて……。


「……それじゃあ、落とすね」


 両膝をついた郭くんは、階上に散らばるビー玉とおはじきを寄せ集め、階段にそっと落とした。

 パタパタと乾いた音をたてて、勢いづいたビー玉がもう一段を落ちたり、その衝撃で別のビー玉やおはじきが転げ落ちたり。


 あらかたが静まったところで、郭くんが上段のビー玉たちを、再び両手で端に寄せて慎重に落とす。

 ぱたぱた、ぱたぱた。


「…………あ」


「……どうかした?」


「あ、ううん! なんでもないから続けて!」


「……うん」


 ちょっと不安げにしながらも、郭くんがまたビー玉たちを落としてくれる。

 絵を戻し、階段を上るタイミングを見計らっていた雅弥が、怪訝な視線を向けてきた。

 私はなんでもない、と首を振ってごまかす。


(……だって)


 淡く輝くガラス玉が落ち行く光景が、まるで、家が泣いてるように見えただなんて。

 毒にも薬にもならならない、夢見心地な空想を抱きながら、私は胸中でひっそりと"さようなら"を呟いた。

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