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浅草お狐喫茶の祓い屋さん~あやかしが見えるようになったので、妖刀使いのパートナーになろうと思います~  作者: 千早 朔


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『入れない家』の調査に行きます②

「でも、トンネルでは出ないんですよね?」


「今んとこ、"ちゃんとした"報告は上がってきてねえな。つっても、誰が確かめたワケでもねーし、"絶対"とは言い切れない。この先は用心して行ってくれ。そんじゃ、また後で」


 片手をあげた新垣さんが、あっさり背を向けて歩いて行ってしまう。


「ホントに行っちゃうんだ……」


「……こっちもいくぞ」


「あ! ちょっと待ってよ」


 去り行く新垣さんに一ミリの未練もなく、雅弥はさっさとトンネルに踏み込んでしまう。

 私は駆け足で、その後ろに続いた。


 薄暗い。けれど既に向こうの景色が見えていて、ほんの数分で抜けられそうな距離しかない。

 以前からあまり車の往来もないのか、ひび割れたアスファルトの隙間からは草が生え、それも足首ほどまで育っている。


「……なーんか、ホントに何か"見えて"もおかしくない雰囲気」


 塗装のはげ落ちた壁を見遣りながら言うと、雅弥はちらりと肩越しに一瞬だけ眼を向けて、


「怖いのか?」


「ううん。私けっこうホラーとか好きだから、むしろちょっとワクワクしてる」


「……そうか」


「もしかして、"キャー怖いー"って抱き着いたりしてほしかった? って、わっ……と」


 慌てて歩を止めたのは、前を行く雅弥が急に立ち止まったから。

 どうしたの、と尋ねようとした途端、雅弥はくるりと振り返り、


「そんな軟弱なことを言うヤツならば、カグラが何と言おうと力づくで置いてきた。アンタは遠足気分なのかもしれないが、俺にとっては"仕事"だ。安全だという保証もない。よく心しておけ」


 睨むようにして言い切った雅弥は、再び背を向けて、先を進んでいく。


(……ちょっと、ふざけすぎちゃったかな)


 そうだ、これは雅弥の"仕事"。

 それに、あの家にいる"何か"が、本当に亡くなったお爺さんの霊なのかどうかもわからない。


「……ごめん、雅弥。邪魔しないように、おとなしくしてる」


 前を行く肩が、かすかに揺れた気がした。

 私たちの足音だけが、薄暗いトンネル内に反響する。

 雅弥が口を開いたのは、もう間もなく出口だという寸前で、


「……期待はしていないが、せいぜい努力するんだな」


***


「……ここ、だよね」


「そのようだな。新垣から聞いていた特徴と一致する」


 目的の家は、トンネルを抜けてすぐに見つかった。

 錆の目立つトタン屋根の、二階建て住宅。心和む薄い緑色で塗られていたと思われる壁はくすんでいて、その一部にはつる状の葉が我が物顔で勢力を伸ばしている。


 視線を下にやると、伸び伸びと育った草花。

 なんだかそれが、手入れをする人がいなくなってしまった事実を視覚化しているようで、少し物悲しい。

 窓という窓のすべてには白いカーテンがひかれていて、中の様子は伺えない。


 雅弥が閉ざされた黒い鉄製の門扉に手をかけると、剥がれた塗料がパラパラと落ちた。

 ぎい、と。重く錆びついた音を響かせ、開かれた扉。

 躊躇なくまっすぐに玄関へと歩を進める背を追って、敷地内へ踏み入れた。

 雅弥が引き戸の前で立ち止まる。すると、左手だけを私に向け開いて、


「鍵、よこせ」


「なっ」


 なによ、その言い方。そういいかけて、私は咄嗟に口を噤んだ。

 先ほどトンネル内で、雅弥に怒られたばかりだった。


「……はい」


 新垣さんから受け取っていた鍵をその掌に乗せる。

 と、引き戸を見上げていた雅弥は私に顔を向けて、怪訝そうに眉をしかめた。


(なによ、素直に渡したのに!)


 背後で歯噛みする私なんて気にも留めずに、雅弥は何を言うでもなく再び引き戸に顔を向けて、鍵を扉に挿しこんだ。

 がちゃり。くるりと回った鍵穴が、開錠を示す。


(とうとう、中に――)


 緊張に喉が鳴る。刹那、雅弥が振り返った。


「……そこで待っていてもいいが、どうする」


「へ?」


「カグラからの指示は、"同行"だけだろう? "調査"をしてこいとは言われていないはずだ」


「――あ」


 本当だ。つまり私の"対価"は、この場について来ただけでクリア出来ている。

 雅弥としては、私をここで待たせたいのだろう。わかってる。

 だって私はただ"見える"ってだけで、雅弥みたいに"特別"な力はない。


 私はただの、"足手まとい"。

 ――わかっては、いるんだけども。


「……お願い、雅弥」


 両の掌を握りしめて、私は雅弥へ一歩を進めた。


「何か起きたら、私のことは見捨ててくれていいから。一緒に行かせてくれない?」


「……それは、あやかしへの好奇心か? それとも、俺の"異質さ"を、見世物のように楽しんでいるだけか?」


 これはまた、随分とトゲのある。

 けれど強い言葉とは裏腹に、その眼はどこか私の真意を測りかねているように、戸惑いが見え隠れしている。


("異質さ"を見世物のように楽しんでいる、ね)


 きっと、そうされた過去があるのだろう。

 ううん、それが"普通"だって。飛びぬけた"個性"は良くも悪くも人に執着を生むものだと、私は身をもって知っている。

 だからこそ、心の底から嫌悪をにじませて、否定した。


「まさか」


「……なら、なぜ」


 私は顎先を上げ、眼前に佇む家を見上げる。


「私、ほとんどお祖母ちゃんの家で育ったんだけど、その家、お祖母ちゃんが死んじゃった後に、壊したの。屋根瓦が落ちちゃうくらい古くって、そのままにしておくと、危なかったから」


 お父さんも、お母さんも。私の大切な場所だからって、なんとか残す方法を必死に探してくれていた。

 けれど私だって、もうあの家だけが"宝箱"だった、子供じゃない。


『――壊そう』


 そう告げて、手放すことを選んだのは、私だった。


「壊す前にね、私も家の中を整理しに行ったんだ。そしたら、自分じゃすっかり忘れてた昔のことも、面白いくらい思い出して……。それでやっと、お祖母ちゃんを心の中に移せた。……あの家で一人、想い出を懐かしんでいたお祖母ちゃんを、迎えに行けたような気がしたの」


 だから、と。私は再び雅弥に視線を戻し、


「もし、この中で"待っている"のがお爺さんなら、迎えにいきたい。私は娘さんじゃないけど、"見える"から。娘さんに……誰かに伝えたいことがあるのなら、私が代わりに伝えてあげられる。遺したいモノがあるのなら、私が娘さんに、頼んであげられる。そうでしょ?」


「……親子だからと、好意的な情で結ばれているとは限らないが」


「ん? ごめん、よく聞こえなかったんだけど、もう一回いい?」


 聞き返した私に、雅弥は「いや、必要ない」と腕を組んで、


「中にいるのが別のモノなら、どうするんだ?」


「うーん、その時はこの家にいる理由を聞いて、平和的に出て行ってもらえるのが一番なんだけどね。ひとまずヤバそうなヤツだったら、全力で逃げる! それなら雅弥の邪魔にならないでしょ?」


「……アンタごときが簡単に逃げられる相手ならば、いいんだがな」


「今日はパンツにスニーカーで来てるし、なんとかなるでしょ!」


 元気に宣言した私に背を向けて、雅弥は大きなため息をひとつ。と、


「アンタと話していると、調子がくるう」


「それってもしかして、褒めてくれてる?」


「違う、呆れているんだ」


 雅弥はこれで最後だと、肩越しに視線だけを寄こし、


「……本当にいいんだな」


「望むところよ。それになんてったって、私には"お守り"の鈴があるんだもの。きっと上手くいく」


 ね! と同意を求めるようにして、ボディバッグのファスナーに下がる鈴を揺らす。

 見えたほうがいいかなと、スマホから付け替えてきたのだけれど……。

 返事はおろか、鈴はやっぱり、音一つ返してくれない。


 雅弥は再び息をこぼしたけれど、反論は返って来なかった。

 諦めたように頭を緩く振り、それから顔を引き締め、戸に手をかける。


「……いくぞ」


「――うん」


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