"護り"と対価①
恋しい『忘れ傘』の扉を開いた途端、私の姿に気づいたお葉都ちゃんが一目散に駆け寄ってきた。
「い、一体どうされたのですか彩愛様、その首……っ!」
揃えた両の指先を口元にやり、わなわなと肩を震わせ絶句するお葉都ちゃんに、私はへらりと曖昧な笑みを浮かべた。
病院帰りなこともあって、私の首には白い包帯がぐるりとまかれている。
とはいえ、ストールでうまく隠していたつもりだったのだけど……。
「こうも簡単にバレちゃうとは……私のコーデ力もまだま未熟ね」
月曜までにもっと研究しなきゃ。
そう意気込んだのもつかの間、続けて現れたカグラちゃんが「彩愛ちゃーん! 心配したんだよおー!」と抱き着いてきた。
「ええと、こんにちは二人とも。なんだか久しぶりな感じ!」
「ご挨拶を交わしている場合ではございません、彩愛様! その痛ましいお首はもしや、あの嫉妬の気を寄こしてした女の所業では……っ! お任せください彩愛様。ここは私めが彩愛様のご無念を果たしに……!」
「どうどうお葉都ちゃん。ご無念って私まだ生きてるし、普通に元気だから! それに、人間に危害を加えたら駄目なんでしょ? 下手なことしたら、今度こそ雅弥に斬られちゃうかもだし……」
「幸運にも救って頂いたこの命。彩愛様の為に尽きるというのであれば、本望にございます!」
「ええーちょっとホント落ち着いてって! カグラちゃんも一緒に止めてー!」
店から飛び出す勢いのお葉都ちゃんの腰に抱き着き、カグラちゃんに助けを求める。
けれどカグラちゃんはコテリと小首を傾げ、
「でもでも、大事な大事な彩愛ちゃんを傷つけられて、ボクもオコだからなあ」
いやまあ二人とも、私のために怒ってくれるのは嬉しいんだけども!
「だめだめー! 私はまだまだお葉都ちゃんともカグラちゃんとも、楽しくお喋りしたりお茶したりしたいんだからー!」
さすがはあやかしと言うべきか、力が強い。
じりじりと引きずられながらも必死に「お願いお葉都ちゃん! 私のためにここにいて!」と懇願すると、やっとのことでお葉都ちゃんは歩を止めてくれた。
「……彩愛様が、そうおっしゃるのでしたら」
私に向いた面は、どことなく残念そうにも、嬉しそうにも思える。
ともかく、これでお葉都ちゃんが雅弥に斬られることはなくなった。
安堵の息を零した私の両手を、お葉都ちゃんが「ですが……」とそっと握った。
「可能な限りで構いません。どうか、私の知らぬ場にて何が起きたのか、ご説明くださいませ」
「ボクも聞くー!」
元気に挙手するカグラちゃんに、私は「ん?」と疑問を浮かべ、
「カグラちゃんは今回のこと、雅弥から聞いてるんじゃあ?」
「ボクは"雅弥の知ってる部分"しか知らないもの。彩愛ちゃんがどうやって襲われたのかとか、そもそもなんで恨まれてたのかとか、細かいところはさっぱりだよ」
あ、なるほど確かに。
新垣さんに任せたあの後、雅弥は私の家まで送ってくれたけども、ちゃんと病院に行くよう念押ししただけで、高倉さんについては何も尋ねてこなかった。
今回の事件の始まりから最後まで、すべてを知っているのは、私だけ。
私は「わかった」と肩を竦め、
「ちゃんと説明するから、まずは席について落ち着きましょ。注文だってしたいし」
「そうでございました。ささ、こちらへどうぞ彩愛様」
「んじゃ、ボクはメニュー表とお冷の準備してくるねー!」
私から了承を引き出したからか、テキパキと動き出した二人。
そんな働き者な後ろ姿を見遣りながら、私はこっそり苦笑を零す。
こうして純粋な好意に包まれて、大切にされるのは、嬉しいけれどなんだかくすぐったい。
(……さあて、どう説明しようかなあ)
誠意には誠意で返さなくちゃ。
けれども"不本意な仕返し"を防ぐためにも、登場人物の"誰か"が二人の逆鱗に触れないようにしないといけない。
「そういえば、お葉都ちゃんの"顔"の方はどう?」
それよりも、とずっと気になっていた疑問を口にすると、
「お陰様で、だいぶコツを掴んでまいりました。ですが彩愛様にお披露目するには、もう暫しお時間を頂きたく……」
「待つ待つ! じっくり励んでね、お葉都ちゃん。にしても、まだ稽古中なのに、もうお店の手伝いを始めているの?」
お葉都ちゃんは少しだけ恥ずかしそうに「ええ」と頷いて、
「上手く化けれるようになった暁には、すぐにでもお役に立たなければと思いまして。時折こうして、接客についても指南頂いております」
「……お葉都ちゃんって、本当に勤勉だし誠実よね」
私ならきっと、"化け術"の完成ぎりぎりまで始めない。
見習わなくちゃと尊敬の眼差しを向けるも、お葉都ちゃんは「いえ」と首を振って、
「これまで、ただひたすらに御恩を受け続けていたのですから。少しでも早く返さなくては、バチが当たります」
お葉都ちゃんが「さあ、どうぞ」と案内してくれたのは、すっかりお馴染みとなってしまった座敷の間。
ありがとう、と上り口から覗き込んだ刹那、私は思わず頭を垂れた。
「……いたんならさあ、ちょっとは助けてくれたっていいじゃない」
ここならば、出入口付近での攻防も聞こえていたでしょうに。
恨めしく思いながらジト目を向けるも、雅弥は涼しい顔のまま手にした本から目も上げず、
「頼まれなかったからな」
……ええ、そうですね。
名指しでお願いしなかった私が悪うございました!
(って、そもそも雅弥に期待するだけ無駄か……)
靴を脱いで上がり、対面の席で膝を折る。
ここ最近、すっかり定番化してしまった位置。
「カグラ様のお手伝いをして参ります」と会釈したお葉都ちゃんを振り返りながら見送って、再び顔を戻す。
と、ちろりと上げられた視線とぶつかった。
「……約束通り、診てもらったようだな」
「ええ、ちゃんと行ってきたわよ。喉の痛みもないし、現状問題なし。首の跡も、暫くしたら消えるだろうって」
「……そうか」
再び本へと視線が戻る。
問題ないのなら興味ない、という素っ気ない態度が、先ほどひと悶着あった身としてはなんだか妙にありがたい。
(……そういえば、まだお礼言ってなかった)
助けてもらったのもそうだし、家まで送ってくれたのも、そう。
あの夜は思っていたよりも気が動転していたようで、玄関先で告げられた『じゃあな。さっさと寝ろ』と指示めいた物言いに、頷くだけで帰してしまった。
「あの、さ……」
ためらいがちに口を開いた、その時。
「彩愛様あああああ!」
轟いた悲鳴と、駆けてくる足音。
跳ね上がる勢いで「なになにっ!?」と振り返ると、上り口に息を切らした涙目の渉さんが現れた。
「あ、あああ彩愛様っ! いまカグラさんに聞きまして、首をお怪我されたとか……本当に、あああどうしましょうか! あ、そうでした今すぐに布団の準備を……!」
「渉さんも落ち着いて! 大丈夫ですから! ピンピンしてますから!」
「ですが万が一という可能性も」
「ちゃんと診断受けてきました! 問題なしです!」
バッチリ! と親指を立てて頷いて見せるも、渉さんはへにょりと眉尻を下げて、
「しかし……本当にお部屋を用意せずともよろしいのですか、雅弥様」
「……本人が問題ないと言っているんだ。放っておけ」
よし! 雅弥、ナイスフォロー!
これで渉さんも沈静化すると思いきや、カグラちゃんとお葉都ちゃんがそれぞれお盆とメニュー表を手に戻ってきて、
「お待たせ彩愛ちゃん! さ、これでお話できるね!」
「どうか、可能な限り、真実をお話くださいませ」
「あの、彩愛様。俺もこのままでは仕事に手が付きません。出来ることは何でもしますので、この場に留まらせて頂けませんでしょうか」
詰め寄るようにして向けられた、三人の面。
うん、圧が。圧が強い。
店に他のお客様はいないし、雅弥は知らん顔で我関せずを貫いている。
なら、いっか。聞こえているのに駄目だと言わないのなら、容認しているも同然でしょ。
私は「……そうね」と腹を括り、
「三人とも座って。下手な説明でも、許してよ」




