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浅草お狐喫茶の祓い屋さん~あやかしが見えるようになったので、妖刀使いのパートナーになろうと思います~  作者: 千早 朔


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彼女の"顔"と黒い靄

 月曜日。

 落ち着かない気分で出社した私は、始業前から自席でPCにかぶりつき、一週間ぶんのスケジュールを必死に組み替えていた。


 土日の二日間をたっぷり使って熟考し、最終的にお葉都ちゃんの"顔"は、私を含めた三人の女性のパーツを使うことに決まった。

 カグラちゃんの指導はさっそくと昨日から始まっていて、私に手伝えることはないのだけど、どうしても気になって仕方がない。


 せめて進捗だけでも聞けたら。

 けれどもカグラちゃんは通信機器を持っていないし、お葉都ちゃんは言わずもがな。

 雅弥には「俺のいない場で会ったら、即座に斬るからな」と釘をさされているし、かといって、雅弥が個人的に連絡してくれるはずもなく。


 渉さんを介してカグラちゃんに教えてもらうって方法も考えはしたけど、厨房を一人で回している渉さんの手を煩わせるのは、なんとなく気が引けてしまった。

 となると道はひとつ。私が直接、『忘れ傘』に出向くしかない。


(ううーん、やっぱり厳しい……)


 お店は十九時まで。

 移動時間も考慮すると、定時上がりが必須になる。


(あ、そういえば)


 脳をひねくり回した反動か、うっかり案件に気が付いた。


(雅弥に依頼料とか、訊くの忘れてた)


 ま、今度会った時でいっか。向こうも忘れていたのだから、同罪でしょ。

 そう納得して、再びスケジュール表と向かい合う。と、自席から一番近い扉が開いた。

 チームの誰かかな。挨拶しようと視線を遣った私は、扉からぬるっと入ってきたその姿を見て、瞬時に凍り付いた。


(高倉さん――、だよね?)


 うん、間違いない。けど、見るからに様子がおかしい。

 櫛は入っているようなのに、好き勝手にうねる髪。

 黒いワンピースに赤いカーディガンを羽織ったその耳元には、取り違えてしまったとしか思えない、左右デザインが異なるピアスがぶら下がっている。


 なにより一番に異様なのは、その"顔"。

 目下にうっすらと見える隈なんて、誰も気に留めないはず。だって彼女の目元も眉も、チークから口紅まで、どのメイクもはみ出していたり濃さが不均等だったり……。

 まるで、初めての化粧に四苦八苦し、失敗した少女のような。


「おはよう」


 高倉さんは、フロアに広がる静かな動揺など気づいていないかのよう。

 いつものように笑んで、自席に腰を落とした。

 おかしい、を通り越して、なんだか寒気がしてきた。

 だって高倉さんは私の知る限り、常に一定の拘りを持って、自身の外見を整えている。

 なのにこんな姿で出社してくるなんて……あり得ない。


(……どうしたんですか、って私が聞くわけにはいかないし)


 お葉都ちゃんの件ですっかり忘れていたけれど、そういえば金曜日の"襲撃"で、ひと悶着したのだった。

 あれから一度も言葉を交わしていない。


 チームが違うからそもそも機会もないってのもあるけど、もしかしたら、高倉さんは意図的に避けていたのかもしれない。

 私に関わられることすら嫌悪していたのだとしたら、火に油を注ぐことになる。


(うーん、どうしたものか……。このまま黙っているにも、なんか、落ち着かないし……)


 ひっそりと悩んでいた刹那、再びフロアの扉が開いた。

 部長だ。数歩進めた途端、「んん!? 高倉くん、それは一体どうしたんだい!?」と肩を跳ね上げた。


(ナイス部長……!)


 心の中で親指を立てながら、耳をそばだててモニター越しにこっそりと様子を伺う。

 あんぐりと口を開けて、目を白黒させる部長。

 けれども高倉さんは、「やだ部長、急に大声出してどうしたんです?」とおかしそうに噴き出した。


「どうかしたって、キミ、体調でも悪いのかい?」


「いいえ? 特に不調な所はありませんけど」


「なら、どうしたってそんな……」


「変な部長。さっきから何を心配されているんです?」


「なにって……その、キミの顔が」


 おそるおそる告げた部長に、高倉さんは「かお」と右手を頬に添え、


「ええ、そう。部長も驚きましたよね。私、自分でも驚いてしまうくらい、美しいんです。なのに全然気づいてあげられなくて……。なのでこれからは、もっと活かしてあげようと決めたんです。頑張りすぎずに、自然体の私を愛してあげれば、きっと何もかも上手くいくはずだから」


 初めて抱いた純真な夢を語るかのような、うっとりとした面持ち。

 部長は強張った頬をひくつかせて、「そ、そうか。是非とも頑張ってくれ」と逃げるようにして、窓側の部長席に向かって行ってしまった。


(いやいや、明らかにおかしいんだからもっと突っ込んでよっ!)


 そう思う反面、あの様子ではこれ以上ふれてはいけないという判断も、理解できてしまう。

 ともかく今は部長より、高倉さんだ。


(頑張りすぎない自然体? それにしたって、そのメイクはないでしょうよ……!)


 誰かに催眠術でもかけられたとか?

 いっそ、そうであってほしい。


(鏡みましたか? って、ハンドミラー貸してあげようかな……)


 ヤキモキした左手が、不意に鈴に触れた。瞬間――。


「いたっ――!?」


 チッと走った鋭い痛みに、私は思わず手を跳ね上げた。


「え、静電気……?」


 もう一度触れてみるも、今度は何も起きない。

 なんだ、びっくりしたと息をついたのもつかの間。


「ちょっと、うるさいわよ」


「! すみませ……」


 咄嗟に謝ろうと高倉さんを向いて、息を止めた。

 溢れんばかりの嫌悪に目尻を吊り上げる高倉さんの、肩。

 黒い霧のようなものが、ふよふよと漂っている。


(――なに、あれ)


 衝撃に絶句する私を、どうとらえたのか。

 高倉さんは髪をかき上げ、


「そんなに睨むなんて、私の美しさが、よほど妬ましいのかしら? まさかね。自分のほうが綺麗だって言いたいんでしょ?」


「な……っ、違います!」


「いいのよ。ホラ、言ってごらんなさい? 私は心も美しいから、ええそうでしょうねって、頷いてあげる」


 高倉さんが挑発するように顎先を上げる。

 正体不明の靄は、うようよと形を変え濃さを変えうごめき、まるで意思をもった生物のよう。


(――なんだか、嫌な感じがする)


 お葉都ちゃんに追われていた時とは、また違う。

 なんというか、あれは"良くないモノ"だと、本能が警告を発しているような。


「……すみません、驚かせてしまって。静電気にびっくりしただけです」


 それだけを言って頭を下げた私は、蛇のような眼から自身のモニターへと視線を移した。

 不満を乗せて横顔に突き刺さってくる、射るような視線。けど高倉さんは、沈黙を貫ている。

 私は何でもない風を装って、再び自身のスケジュールを確認する素振りをしつつ、脳だけを必死に働かせた。


(見間違い、なんかじゃない)


 でもおかしい。

 だって私に"見える"のはお葉都ちゃんだけで、霊感も、雅弥のような特別な力もない。

 けれども確かにあの"靄"は存在しているし、おそらく高倉さんも部長も、誰一人として気づいていない。


(どうしよう。ひとまず雅弥に連絡したほうが……って、連絡先きいてないんだった!)


 あああああ、私のバカ!

 無理やりにでも訊いておくんだった!


(――よし)


 無いモノは無い。仕方ない。

 ならばさっさと仕事を片付けて、『忘れ傘』に行く一択!

 

 さくっと思考を切り替えた私は始業を待つことなく、ここ一番の集中力で仕事に取り掛かり始めた。

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