一人だけ
先ほど取り出した本もすべて読み終え、とりあえず本を元の場所に納めるため立ち上がる。本を仕舞った後、今度は七冊取り出し再びソファに座って読みだしたものの、一冊読み終わったあたりで寝たくなり、ベッドに行かずにそのままソファに寝転んだ。
寝たいとは思ったものの、眠気などないのですぐには眠れず、しばらくもぞもぞと何度も寝がえりを打つ。ソファの背もたれに体を向けた所で落ち着き、目を瞑った時、ここに来て、本棚から取り出した本をすべて読み終わらないうちに寝ようと思ったのは初めてだな、などとどうでもいいことに思い至った。
人と関わることが苦手だった。
そんな私の目論見通り、周囲は私をどこにでもいる存在だと思い込み、関心を向けては来なかった。私は実に目立たない存在で、そしてそのことは周囲との距離を置きやすくし、人との関わりを可能な限り最小限にした。……“私”からの嘲笑が止むことはなかったが。
とにかく、なんだかんだ言いながら今までそうして生きてきた。その中で友人も作ったが、あくまで距離は置いていて、私がただ普通に見せかけているだけだということに気付く者はいなかった。……ただ一人を除いて。
そのただ一人は高校時代の三年間たまたま同じクラスだった男子で、二年の時には同じ委員だった。その委員会で居残りをした時に彼が言ったことがある。
「お前、変わってるな」
と。
居残りで作業をしながら―――――確か、委員の広報のようなものを作っていたのだと思う。あとは清書をするだけで、時間はかかるが単調な作業だった。―――――あたりさわりのない会話をしていて、唐突に言われたのだ。自分を普通に見せかけているつもりの私にとって、それはかなり衝撃的な言葉だった。変わっていると思われることは、私の目論見の失敗を意味する。内心動揺しながらやっとのことで
「……自分じゃ普通のつもり、だけど」
とだけ答えた。先の彼の台詞を考えれば否定されるだろうと思った言葉。
「そうだな。確かに普通だ」
しかし予想に反してそれは肯定された。だが、彼はこう続けた。
「成績も運動神経も人並、友達は少なくはないが特別多いわけではない。流行り廃りには敏感ですぐ流行に流される……。普通の定義はいろいろだが、まあ、どこにでもいそうな普通の奴だ。そしてどこにでもいそうだからこそどこにもいない、ありえない。演じてでもいなければ、な」
彼はそこまで一気に言うと言葉を切り、目を細め、片方の口の端をあげてにやりと笑った。
「なあ、何をそんなに恐れている?」
それにどう答えたかはよく覚えていない。ただ、彼には私の見せかけなどまったく通用していないことだけは分かって、それ以来私は彼にできるだけ近寄らないように避けていた。彼の方もその時以外には用がない限り話しかけても来なくて、他に接点はないまま卒業し、疎遠になった。……おそらく彼にとっては単なる気まぐれだったのだろう。私と違い、自分の思うままに生き、尚且つとても優秀だったから。彼にとって私など本来気にかけるような存在ではなかっただろう。
そのまま逢うこともないかと思い、忘れかけた―――――いや、忘れようとした頃。あまり乗り気ではなかったが参加した同窓会で彼と再会した。