序
この作品は一応ファンタジーになっていますが、人によってはファンタジーとは思えないかもしれません。あらかじめご了承ください。
章によっては非常に短いものもありますが、一応の意味があってわけています。
目が覚めるとここのところ見慣れてきた白い天井が目に入った。ゆっくりと体を起こし、立ち上がる。寝起きのどこかふわふわとした足取りで部屋の中央にあるソファまで歩いて行き、座る。何か目的があったわけではないので、そのまましばしぼんやりとしながら、特に意味もなく部屋を眺めまわす。何も考えていないこの状態は、私にとってひどく心地良いものだ。円筒形の部屋。白い床に白い天井。私の座るソファも、さっきまで寝ていたベッドもすべて白。私の着ているシンプルで何の飾り気もないワンピースまでもが白だ。ただ、壁に据え付けられた―――――壁を形作っているというほうが正しい気もする―――――本棚に納められた本の背表紙だけが様々な色彩を持って存在している。
なんとなく気が向いて、適当な本棚まで歩き、適当に本を数冊抜き出し、またソファに戻って本を開く。不思議なことに、明り取りの窓も電灯も、光源となるものは何もないのにこの部屋は明るい。それも本を読むのにはちょうど良い明るさで、長時間読んでいても目が疲れない。
私以外は誰もいない部屋。今の私の世界はこの部屋の中だけで完結している。当然雑音など存在せず、静寂の中で時折紙をめくる音だけが聞こえる。紙の中の物語は、世間一般な見方をすれば、とてもつまらないものなのかもしれない。陳腐で、ありきたりで、すぐ先が読めてしまう。それにどこか一本調子でストーリーにメリハリがなく、これといった見せ場も、どんでん返しもない代物。ここにある本のほとんどが―――――といっても全部読んだわけではないが、これまで読んだものすべてがそうだったことから考えると―――――そんなものだった。だがどんなに感情移入をしようと、あまり感情の波立つことがない物語は、私にはとってはとても気楽で、好みだった。泣いたり、笑ったり、怒ったり、憎んだり、そんな大げさな感情の起伏は必要ない。
どれほど時間が経ったのか、手元にある本をすべて読み終えてしまった。時計などないので今が何時なのか見当もつかない。そもそも窓がないために昼なのか夜なのかさえも分らなかった。もっとも、時間が分かったところでそんなことは気にする必要もないのだから、気にするだけ無駄だ。好きな時に起きて、好きなように過ごして、寝たくなったら眠る。既に何日ここにいるのか分らないが、ここではそれでいいのだ。読み終えた本を抱えて立ち上がり、本棚に納める。次に読む本を抜き出そうとしてなんとなく止め、ベッドに向かい、横になる。寝る気はなく、そのままただごろごろする。この部屋は無為に過ごすだけであれば、とても居心地の良い環境だ。広すぎず狭すぎず、暑くも寒くもなくとても静かだ。明るさもちょうどいい。ただ、なんとなくここがあり得ない空間であることは把握している。光源がまるでないのに明るいこともあるが、何より自分自身が空腹も疲労も眠気も―――――寝たくなることはある。どうやら眠たいということと、寝たいということは必ずしも同じではないらしい―――――感じないことからまず間違いはないだろう。
ふと、現実はどうなっているのだろう、という思考が唐突に浮かんだ。これはただの夢で、目覚めればまたいつも通りの日常が待っているのだろうか。それとも、魂だか精神だか、そんな物だけがここにいて、肉体は現実にあるまま、原因不明の昏睡状態か。もしくは肉体ごとこの空間にいるのか。だとすれば行方不明で捜索願でも出されていたりするのだろうか。
そこまで考えてばかばかしくなった。夢だったならば、そのことに落胆しつつも日常に戻るだけ。後は現実で昏睡状態だろう、と行方不明だろうと、知ったことではない。むしろ望むところだ。ここから出るつもりなどないのだから。