9話 お買い物
未開洞窟への準備のため、俺達は少し大きい街まで買い出しをしていた。
と言っても装備の類は使い慣れたものの方がいい。食料もなるべく魔物を食いたいから非常食程度。……だがそれとは別に良い調味料を見つけた。これと野菜を少し買っておこう。
後はいくつかポーションや包帯などを買って会計をする。
「まいどあり! ってアレ? アンタひょっとして勇者パーティの……」
「いや、よく言われるんだが人違いだ」
大きめの街に行くとこんなやり取りも増えてくる。
一応襟巻等で多少なるべく顔を隠すようにしてはいるが、Sランク冒険者パーティの知名度は高い。
元パーティの中で一番目立たなかった俺だが、それでも覚えている者は多いようだ。
っと、そこである事に気が付く。
この買い物は全て俺目線で行っており、リリティアも特に文句の一つも言わずに同行しているが、リリティアが必要だと思うものを聞いていない。
「リリティア、何か欲しいものは有るか?」
「え? あーそうですねー、特にないですけど、せっかく街に来たんで色々見ていっていいですか?」
そう言ってリリティアに先導を任せた。
相変わらず人通りの多い所に出ると注目を集めるリリティアだったが、ここ数日で多少は慣れたようである。
この間の様なおかしなのに絡まれる事が無ければ、人目をあまり気にせず歩くようになっていた。
リリティアが選んだ店はアクセサリーなどを中心に置いている店。この手の店には耐魔効果のあるアクセサリーなんかが店員も効果を知らずに安価で置いてある事もあり、探してみると掘り出し物に出会えることもあるため俺としても嫌いではない。
店の中に入ると装飾品の他に衣服、更には武器や鎧も置いてあるのが目に入る。
なるほど、俺の様な掘り出し物目当てで入ってきた冒険者の目を更に引くようにも考えてあるのか。
指輪や首飾りなどを笑顔で眺めているリリティアの様子をみると、人もエルフも少なくとも女はあまり美的感覚は変わらないのだろう。
俺も少し商品を物色していると、突然リリティアが身体をビクリと大きく痙攣させた。
「……リリティア?」
「……」
リリティアは返事をせずに、いや返す余裕もないかのようにフラフラとある方向に近づいていく。
そしてその衣服を手に取ると、青い顔を赤く染めながら試着室のほうへ入っていった。
……これは、多分アレだな。リリティアのスキル【色欲】の能力。
魔物を目の前にした時の俺の【暴食】のように、心の内側から声が聞こえてくる。
【暴食】と違い、【色欲】の場合はその声に従わないとリリティア自身に呼吸が止まる様な苦しみを与えるという。
そしてリリティアが手に取った衣服、あれは……
「あ、アッシュさ~ん!」
とそこで試着室のほうから声がかかる。
そちらに目を向けると顔と右手だけ出したリリティアがこちらを手招きしていた。
声をだし、顔色からは青みが消えている。恐らく着替え終わったので【色欲】が満足し、リリティアを苦しめる効果が消えたのだろう。
俺がそちらに近づくと、リリティアは俺を試着室の中に引っ張った。
「これ……変じゃないですか……?」
そこでリリティアの格好が明らかになる。
上半身はブラジャーのような胸当てのみ。下半身は煌びやかなアクセサリーの装飾が付いているが、メインとなる布生地は、言ってしまえばビキニの前後に半透明の長い布を垂らしているだけのもの。
非常に露出度が高く、いわゆる金持ちご用達の高価な酒屋に所属している踊り子さんが仕事で着る服だろう。
今までのレオタード衣装も中々のものだが、なるほどコレを着て街中を歩くのは勇気がいる。
「ああ、似合っているぞ、では行くか」
「ちょ! アッシュさんなにカーテン開けようとしようとしてるんですか! 待って! やめてください!」
ええい、ならばいつまでもここにいるつもりか。
「【色欲】スキルの効果だろう? どの道その服は脱げないなら、出るしかないじゃないか」
「あーうー、そうなんですけど……流石に心の準備が……こんな、恥ずかしい……」
「その恰好で男を密室に引きずり込むのは恥ずかしくなかったのか?」
その言葉にリリティアは顎に指を当てしばらく考え込み、
「ばかぁッ! 早く出てってください!!」
勢いよく俺を押し出した。
リリティアの声は店内によく響いていたのだろう。倒れこむように試着室の外に出た俺は、客の注目を一手に浴びた。
「お、おいリリティア」
先ほどのリリティアとは別の理由で青ざめた俺はすぐにカーテンを開けようとする。
が、中から驚異的な力で押さえつけられているのだろう。開こうとしないし無理に開けば試着室の入り口が壊れてしまいそうだ。
「ばかばかばか! アッシュさんサイテーです! 入って来ようとしないで下さい!!」
大声を張り上げるリリティアに、いや、試着室外の俺に更に視線が集中し、ヒソヒソと声も聞こえだす。
今すぐにでも立ち去りたいのだが、金は俺が持っており会計を済ませていない服を着たままのリリティアを置いていくわけにもいかない。
俺はしばらくこの羞恥プレイを味わう事となった。
◇
その後、リリティアに会計を済まさせ外に出た俺達。
当のリリティア本人は、俺のマントの中に隠れるために俺の背中にピッタリくっ付いてきた。
その服の上に自分でマントを羽織るなり別の服を着るなりすれば良いのではないかとも思ったが、それでは【色欲】が許してくれないらしい。
結果、傍から見ると一つの頭に四つの足を出している奇怪な男が映っている。
「なあリリティア、これはこれで俺が恥ずかしいのだが」
「こうしないと私がもっと恥ずかしいのでダメです」
面倒くせえ。
「非常に歩きにくいのだが」
「私、前見えないんでむしろもっとゆっくり歩いてください」
超面倒くせえ。
……あー、腹が減ってきた。せっかく街まで来たなら何か美味いものを食っていきたいな。
「リリティア、どっか気晴らしに飯でも……」
「ダメです、今日は真っすぐ帰りましょう」
……次からはもうコイツに買い物をさせるのはやめよう。
そう固く心に誓った一日だった。
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