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7話 包み焼き実食

 このファングフィッシュの丸焼き、美味い。

 凶暴な魚なんで筋張っているイメージがあったがとんでもなかった。その身はむしろ柔らかく弾力性があり、牛肉のような歯ごたえを醸し出す。

 それに少量の塩をまぶしただけで今まで食っていた魚類は家畜の餌だったんじゃないかと思えるくらい凝縮された旨味が俺の胃袋を支配した。


「魔物のお魚美味しいですねー!」


 肉系統はやや疎遠気味で、木の実なんかを好んで食べていたリリティアもこれには満足しているようだ。

 食べている間に時間もかなり経ってきた。お待ちかねの出番のようだ。


「リリティア、そろそろ包み焼きのほうも開けてみよう」


「はい! わかりましたー!」


先ほど薬草で包み、蒸し焼きにしているファングフィッシュ。

 コイツももうそろそろ食えるはずだ。


「あちち……」


 岩をどかし何とか取り出す。

 そして包んである薬草をほどいたその瞬間────


「わあ……!」


 リリティアが歓喜の声を上げた。それも仕方がない。丸焼きとは一線を隔する香ばしい食欲のそそる香りが辺りに立ち込めたのだ。


「では、食ってみるか」


「はい!」


 俺達はそれぞれ包み焼きを口に運んだ。


 ────文句無しに美味い。

 薬草の香ばしさが肉全体に広がり、塩と合わさる事でその風味と旨味を倍増させている。

 よく蒸した肉はただの丸焼きとは段違いに柔らかくなっており、咥えただけで簡単に裂ける。

 しかしその旨味は自体は変わらず、いや、先ほどよりも更に凝縮されたような味が俺の腹に、いや全身に駆け巡った。魚でありながら鳥にも似ているその味は単体で十二分な満足感を与えてくれる。

 ────肉だけではない。

 十分に蒸した骨も歯で割れるくらいパリパリに柔らかくなっており、スルメのような味と歯ごたえを堪能させてくれる。

 骨内部の骨髄液も濃厚なスープのような味を覗かせ、それらが口の中で薬草や塩、肉本体と混ざっていく事で噛めば噛むほど味が変わっていく。


「わっわっ! おいしー(ひょいしー)!」


 リリティアも肉の味にご満悦のようだ。

 口に含みながらほっぺたを押さえ笑顔をこぼしている。


 そこで俺は身体に変化を感じた。

 サンダースネークを食べた後、あの生き物の特技が俺に身に付いた。なんだか今ならそれに近い事が出来そうな気がする。

 適当に明後日の方向へ手を伸ばし、感じるがままに力を込める。


「むんッ!」


 すると、指先から水が飛んだ。かなりの勢いであり、それは先ほどファングフィッシュが水中からリリティアを狙撃した水弾そのもの。


「あー! アッシュさん! また魔法みたいなもの出してる! しかも水!? 水魔法なんて私も不慣れなのに!」


 何故かライバル心を見せてくるリリティア。

 しかしその時、俺の身体が少しふらつく。


「……おっと」


「え? 大丈夫ですかアッシュさん」


 原因は何となくわかった。その可能性を口にする。


「このファングフィッシュの特技、水を生み出すものではないな……今俺は、自分の体内の水分を放出したようだ……しかし同時に栄養分も抜けた気がする」


「ええー!? じゃあ危険な感じなんですかね? 私の水魔法、まだ価値ありますかね? 【ウォーター】!」


 喋りながらリリティアは人差し指を上に上げ、何もない空中から水の塊をひねり出すように召喚した。そのまま水がジョボジョボと地面に落ちる。わざわざ見せつけんでもいい。

 

「流石にそれは出来そうにないな……だが」


 俺はある可能性を直感し、リリティアが水を落とした場所に手を当てた。

 そこで先ほど水を発射したような感覚で、より繊細に力を入れる。

 すると、既に土に染み始めている水が、ゼリーのような塊となって俺の指先にくっ付いた。


「え? え? なんですかそれ?? なにしたんですかアッシュさん!」


「ファングフィッシュの力は、『水の操作』のようだな。あまり複雑な事は出来なさそうだが、これはこれで応用が利きそうだ」


 その言葉の後、俺の集中力がきれた。水の塊は弾けて再び地面に落ちる。


「ほえー! ドンドン多芸になっていきますねアッシュさん!」


 今度は何故かビシッと敬礼のようなポーズをとるリリティア。


「さっき助けて貰っちゃいましたし、このお魚も美味しいし、アッシュさん凄くなっていくし、私、感服であります!」


 なにキャラだお前は。


 そこでリリティアは何かを思い付いたように左の手のひらに握りこぶしを打ち付け、


「よっと!」


 掛け声と共に勢いをつけて立ち上がった。


「どうした? リリティア」


「フフン! あんまり気分がいいので、アッシュさんに私の自慢の踊りを見せてあげようと思いまして!」


 踊り? えーっと確か出会った時なにか言っていたな。


「【色欲】の声に言われるまま習得したちょっとセクシーなダンスだっけか?」


「ちょ? ちがっ! エルフの伝統的な踊りですよー!!」


 違ったか。そういやエルフって歌や踊りが好きな種族だった気がする。

 するとリリティアは頭を下げて考え込み、少し顔を赤くして話しかけてきた。


「セクシーなやつのほうが、アッシュさん好きですか……?」


「いや、最初踊ろうとしていたほうで」


「……もー! だったら最初から言わないで下さい!」


 ほっぺたを膨らまさせてしまった。……いや、俺に落ち度あるか?


「じゃあいきますよー」


 そういってリリティアは踊り出した。

 その踊りは、まるで風や水を体現するかのような滑らかな踊り。自信たっぷりにいうだけの事はある。完成度が高く、美しい。

 と、いうのもS級冒険者パーティの一員として各地を旅していた俺は、エルフが住む集落にも行った事があり、この踊りを見たことがあった。

 その時は、もうちょっと大人びたエルフ達が踊っており、リリティア位の子はそれを見て勉強しているようだったな。つまり、この年で完全に踊りをマスターしているリリティアは本当に踊りが好きで得意なんだろう。

 そして、あの時は一緒に他のエルフが音楽を奏でていた。俺も少し教えて貰ったな。

 

 俺は道具袋から愛用のオカリナを取り出し、記憶のまま吹いてみた。

 その行動にリリティアは目を丸くして動きを止める。俺が楽器を使えた事、この音楽を知っていたことに対する驚きだろう。

 しかし、クスっと微笑むと再び踊りを再開した。

 日も落ちてきた俺達しかいない森の中、透き通るような音楽に合わせて、エルフの少女が鮮やかに舞う影が地面に映し出される。


 こうして俺達の冒険者初依頼は、無事成功を納めて帰還した。



────────────

アッシュ・テンバー

『スキル一覧』

・【暴食】

・雷撃

・神経毒

・液体操作

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