6話 薬草採取
冒険者ギルドに登録した俺達は、手始めに簡単な依頼を始めていた。
「『レッドポーションの素材になる薬草の採取』ですかぁ」
「冒険者となった者が大抵最初に受ける初心者用依頼だ。薬草は幅広い範囲にあるし、レッドポーションは市場にどれだけあっても困らんからな」
「で、この森で探すわけですね。確かに、この薬草ならエルフの森にも沢山ありましたぁ」
そういやコイツ、エルフだし森が地元だな。
難しい依頼でないが数を集めるとなると中々骨が折れる。リリティアメインで探してもらってもいいか。
「ええっとこういうのはこの木の根元なんかによく……ありました!」
はやっ!
「エルフの生活の知恵か、流石だな」
「えへへ! もっと褒めてくれてもいいですよ! じゃあドンドン探していきましょー!」
こうして俺達は森の奥へと入っていった。
◇
気が付くと随分と奥の方まで来てしまったようだ。
もうすでに道具袋は一杯に近い。この量の薬草ならかなりの額になるだろう。
「リリティア、もうそろそろこんなものでいいだろう、そろそろ戻るぞ」
「あ、待ってくださいアッシュさん! 川が見えるじゃないですか! ああいう所の岩の裏に凄いワサッと沢山生えてたりするんです!」
そんなにあっても持ちきれないのだが。しかしリリティアが嬉しそうだ。もう少し付き合ってやるか。
リリティアが川の方へ近づいていき、浅い水辺に足を付けた。と、その時、水面でなにかが動く。
その影から、水鉄砲のごとく勢いのいい水弾が飛び出してきた。
「え? きゃああわっぷ!」
この一撃により、リリティアは転んでしまった。浅い川とはいえ滑る足場や水流が行動を制限させる。
そしてそのリリティアに追撃するように水面の影が飛び出してきた。
それは鋭く大きい牙を持つ人の頭ほどある魚の魔物、ファングフィッシュ!
思わず手を前に出し身を守ろうとするリリティア。
しかしこのファングフィッシュの攻撃はそんなもんじゃ防げない。手が噛み千切られるだけだ。
いち早く察知した俺はファングフィッシュに向かってナイフを投擲する。
とっさの事だったが見事に魚の大口の中に命中。ファングフィッシュを撃ち落とす事に成功。
その間に更に複数の魚の影が近づいてくる。
俺は舌打ちしながらリリティアのほうへ駆けた。
まさかこんな危険な生物がEランクの森にいるとはな。いや、そもそも薬草なんて川辺に近づかなくても十分採取できる。この辺鄙な村周辺にはコイツらの存在を知る者の方が少なかったか。
「ハ、【ハイウインド】!!」
転びながらもリリティアは手を前に突き出す。飛び掛かるファングフィッシュ数匹に風の刃が放たれた。
それによりその数匹は撃退するが、それでも更に無数の影が蠢く。
「上出来だ」
しかし、その頃には俺がリリティアのそばまでたどり着いていた。
俺はすぐさまリリティアの襟首を掴み、
「え? アッシュさ────」
リリティアを背後へ投げ飛ばした。
「きゃああああああああああぁぁっ!!」
クッションになりやすい草むらのほうへ投げてやった。感謝しろ。
そしてリリティアを標的としていたファングフィッシュたちが今度は俺の方へ飛び掛かろうとする、が、もう遅い。
川に身体を漬けている俺は、握りしめた拳も川に漬けると叫んだ。
「【サンダアアアァァスネエェェェク】ッ!!」
すると俺の拳から電流が川全体に流れ出す。
当然ファングフィッシュにもその電流は到達し、俺達を襲おうとしていたファングフィッシュを一網打尽にした。
ちなみに技名のように叫ぶ意味は全くない。生来魔法を使えない俺が一度やってみたかっただけだ。あとは気合を込める気持ちの問題。
「あ、アッシュさん~……」
投げ飛ばされたリリティアが起き上がったのだろう。俺はそちらに目を向けた。
草むらとはいえ地面に直撃した部分はかなりの衝撃だっただろう。お尻に両手を当てて撫でながら俺の方を見ている。
恨み言の一つでも言うかと思えば、目を丸くして口をポカンと開けている。
「アッシュさん、それ……」
俺の背後を指を指してくるリリティア。
つられるようにその方向へ目を向け直すと、100は超える大量のファングフィッシュの死体が川に浮かんでいた。どんだけいたんだよ!
……ん? ファングフィッシュ、か。そういえばコイツらの牙はそれはそれで薬草以上の値段で買い取りされたな。
この数を持っていけばそれはもうかなりの額に……
いやしかし、あくまで依頼は『薬草採取』だ。せっかく取った薬草を捨てるのも勿体ない。しかしこの奥地まで何往復もするのも結構骨だな。
ぐうううぅ~
そこで、俺の腹が鳴った。
薬草とファングフィッシュの牙は両方を持ち切る事は出来ない。つまり減らす必要がある。減らすならば減らした分は効率的に活用しないとな。
うん、やる事は一つだ。
「リリティア、食事にしよう」
◇
ファングフィッシュの群れをあらかた陸に上げ、リリティアに話しかけた。
「さあて、では持ちきれないのでコイツらを今から食う。それでまずはコイツらをあの岩場の上あたりまで運んでくれ」
「あそこに? わかりましたぁ」
一緒に大量の魚を運ぶ作業に勤しむ俺とリリティア。
「で、この岩の上を小石を並べて……」
「何をやってるんですかアッシュさん」
「まあこれは後回しだ。……さっきのファングフィッシュに塩をまぶして、と」
「なんでそんな調味料持ち歩いてるんですかアッシュさん」
村に行ったときに購入しておいたものだ。持ち歩いている理由? 勿論こんな事もあろうかと思ってにきまっているだろ。
「さらに薬草で包む」
「おおー……! 楽しそうですね」
うむ、料理とはそれ自体が中々楽しいものだ。
前のパーティは料理自体をただの雑用としかとらえないヤツばかりだった。
積極的に手伝いをしていた勇者ユナイトですら、その行為自体を好んで行っていた訳ではないだろう。
そう言う点ではリリティアとは気が合うな。
「で、この小石の囲いの中に包んだファングフィッシュを入れ、平べったい石で上から蓋をする。更に土で全体を覆い……じゃあリリティア、この塊の下の岩に炎の魔法をかけてくれ」
「え? あ、はい【ファイアー】!」
リリティアの言葉と共に岩が熱される。俺はそれに枯れ葉や枯れ木などを投げ入れ、炎を維持させた。
「これで『ファングフィッシュの薬草包み焼き』だ」
「はあー、なるほど! アッシュさん器用で物知りですね、初対面では突然生肉食べ始めましたから基本的に食べられればなんでもいいと思っていました」
「失礼すぎるだろ、これでも前のパーティでは炊事関係は殆ど一手に引き受けていたんだ。」
「あははっ! ごめんなさい、それで、コレはどれくらいで完成するんですか?」
「……二時間くらいかな。と、いう訳でリリティア」
「はい何でしょう」
「完成するまでに餓死しそうなんで、数体は丸焼きにしてくれ」
その言葉を聞き、リリティアは何故かため息交じりに作業に移った。