5話 ギルドのお約束
しばらく森で過ごし、自分のスキルの効果を検証に一区切りをつけた俺達は人里に来ていた。
「わあー! 村ですねアッシュさん! さっすがやり手冒険者! 場所にも詳しいですね!」
この辺りの地理を把握したうえであの戦いに臨んだからな。
「でも……結構小さい村ですねー、良いですけど」
「敢えて小さい村を選んだんだ」
「え?」
俺の言葉にリリティアは首をかしげる。
いちいち説明するのも面倒だ。が、パートナーとの意思疎通は必要だな。
「俺は元パーティに殺されかけたと言っただろう? 奴らに逢いたくない」
「逢って言ってやればいいじゃないですかー、『俺はお前らに殺されかけたんだー!』って」
「所属していたパーティは有名な存在で、俺はその中で一番の下っ端だ。民衆が俺のほうを信じてもらえるかはわからんし、仮に信じて貰えた所でお偉いさん方や元パーティメンバー達には俺の存在が邪魔になる。今度こそ綿密な暗殺が行われるだろうな。んなモンはまっぴらゴメン。俺は死んだことでもう構わん。せっかく拾った命、なんか楽しい事に使わせてもらうさ」
「ほえー、なるほどー。アッシュさん、考え方大人ですねー。そのパーティを許せない! って感じでもなくてキチンと生活の事考えてます」
「……アイツらへの報復も考えてくさ。しかし、それよりも目の前の生活だ」
なにやら感心しているリリティアを尻目に俺はある方向へ目指して歩き出した。
「どこに行くんですか?」
「無名の冒険者が最初にいく所は一つ、冒険者ギルドだ」
「冒険者ギルド……こんな小さな村にもあるんですかあ?」
「前情報によるとな」
「それならいいですけどー……でもアッシュさん、有名冒険者パーティの一員だったんですよね? 再登録とか出来るんですか?」
「出来んことはない。が、正体を明かしての登録は望ましくないな。俺は死んだ身である方が動きやすい。生きているとわかればまた暗殺してきたアイツらの影に怯える必要が出てくるからな」
「じゃあどうするんですか?」
「辺鄙な村なんでな、管理もずさんな事にかける。各種冒険者ギルドを回ってきた経験上、多分行ける。冒険者ギルドなど所詮は日払い労働者ご用達の場所だ。とりあえずはフードや襟巻で大体の顔を隠して……」
「うんうん」
「登録代表はリリティア、お前がやってくれ」
「あーなるほど……ってええ!? 私がですか?」
「ああ、頼む」
「あーえーうー……はい、わかりましたあ……」
こうして俺達は冒険者ギルドに向かう事にした。
◇
ギルド内部は酒場と提携しており、木製の椅子に腰を掛けた冒険者達の雑談で賑わっている。
辺鄙な村だと思ったが、思いのほか人が多いな。
そして俺達が入ると、周りの視線がこちらに集まってくるのがわかる。いや、俺達というよりリリティアに、か。
エルフとは人間よりも容姿が整っているものだがその中でもリリティアは可愛らしい方だろう。
それがこんな派手なレオタード衣装で荒れくれ共の中に入っていくんだ。そりゃ注目も集めるわな。
当のリリティア本人は真っ赤な顔をしながら俺にしがみ付いている。
「アッシュさん……やっぱり恥ずかしいです……」
「耐えろ」
そんな中ギルド受付の近くまで行くと、俺は立ち止る。
代表はリリティアなのだ。ここから先は彼女を先に歩かせなければならない。
その意図を察したのだろう。リリティアは「あうー」と声を漏らしながら俺を見上げてくる。
しかし、俺が無言で突っ立ている以上いつまでもここにいる事になる。それは避けたかったのだろう。リリティアは渋々受付の方まで足を運んだ。
「ようこそ冒険者ギルドへ、本日はどのようなご用件ですか?」
眼鏡をかけた姿勢の良い女性が近づいたリリティアに話しかけて来ている。
娘に初めてのお使いを娘に頼んでいる父親は今の俺のような気持ちなのかもしれん。
「ええっと、冒険者登録したいのですけどぉ……」
「わかりました。ではこちらの用紙に必要事項の記入をお願いします」
リリティアはそのまま記入。俺は名前などは多少偽って記入。
思った通り、特に素性等は聞かれる事なくスムーズに終える。
大した問題もなく立ち去ろうとした時、お約束のごとく思った通りの事が起こった。
「よおよおエルフのねーちゃん! イカす恰好してんじゃん? 冒険者になんの? 俺達が色々教えてやるぜへへ」
驚き硬直するリリティア。
こういった輩はどのギルドにも必ずいる。
前のパーティも一般的に見て美女ぞろいであった。その時もこんな連中に絡まれたもんだ。最初はユナイトと二人で追い払ったな。懐かしい。
さてこの程度の連中であれば力づくで黙らせる事も出来るが、ギルド内での喧嘩はご法度。
俺はリリティアの前に立ち、口を開いた。
「悪いな、この子は先約ありだ」
「あぁ、見りゃあわかるぜ? ただ冒険者成りたてのアンタ一人じゃ頼りなくて思えてなあ? C級ランクの俺達が親切に色々教えてやろうって言ってるんだ。なあねえちゃん、アンタもその方がいいだろう?」
冒険者にはそれぞれS、A、B、C、D、Eのランクに分かれている。
ランクごとに受けれる依頼の種類も増え、ランクが上がれば当然知名度も増えるためギルド側や貴族や商人連中から直接依頼がかかる事もある。
登録したての時はEランクから始まり、依頼をこなしていくたびにランクが上がるシステムだ。
コイツらはCランクか。なるほど丁度調子に乗り始める時期だな。
俺の事を完全に舐めている男たちに、俺は両手を上げておどけて見せた。
「おおっとソイツは悪かった。親切な情報提供者にまずは一杯おごらせてくれ。すまん! こっちにエールを人数分! ……いや、一つはミルクで!」
俺は近くの酒場店員に声を掛け、近くのテーブルに腰を掛けた。
そんな俺の対応にリリティアは多少驚いたが、黙って俺の隣に座る。
「ほおぉ、アンタ結構世渡り上手じゃねえか、へへへ、じゃあ御馳走になってやろうかな」
人数分の飲み物はすぐに運ばれてきた。
店員が机に置くより早く、俺はお盆からエールを手に取り男達の前に配る。
「へへ、サービスも心得てんだなあ!」
俺が完全にビビって気を使っていると思っているようだ。単純な奴らめ。
「まずは親睦の意を込めて乾杯を」
そういって俺達はエールを口に運んだ。
「あーうめえな! さて……ん……」
「あれ……なんだ……?」
男たちは口を付けると、次々とその場に伏せていってしまった。
全員がのびたのを確認して、俺は手をあげ近くの店員を呼び止めた。
「すまん、この人たちは酒が回って寝てしまったようだ。俺達の連れでもないんで、介抱してやってくれるか?」
その店員に男達を押し付けると、俺は早々と席を立った。
ミルクに口を付けたばかりのリリティアも速足で俺の後をついてくる。
ギルドの扉をくぐった後、リリティアは小声で俺に聞いてきた。
「アッシュさん……あの人達、なんで寝ちゃったんですかぁ?」
そこで俺は立ち止り、右手をリリティアの前に出して指先に少し力を込めた。
すると俺の指の間から、汗のような透明の液がにじみ出る。
「サンダースネークの神経毒だ。酒を配る際に入れておいた。一噛みで大の大人を麻痺させる毒、アルコールと共に口から摂取すれば少量でも驚くほどすぐ回る」
俺の説明にポカンと口を開けるリリティア。
それ以上説明する事もなかったので俺は再び歩き出した。
「ま、待って下さい~!」
そんな俺の後を、リリティアはパタパタと追いかけ始めた。