26話 次の目的地は
オルディエはリリティアの部屋に戻ったきり長い間帰ってこなかった。
もうすぐ戻ってくるなら俺が寝ていても起こしてくるだろうと思い先にベッドに入ったが、気がついたら朝になっていた。
身支度をして部屋から出ると、隣の部屋のリリティアも丁度部屋から出てくる所だった。
「あ、おはよーございますアッシュさん」
「おぉ、おはよう」
そのリリティアはというとまた最初に会った時のレオタード衣装に戻っていた。
「また【色欲】か?」
「ええ、結構この衣装はお気に入りみたいです」
となると少し面倒な事に戻るかもな。
リリティアは人前で派手な格好はしたがらない。以前踊り子の服を着ていた時など町中で俺のマントの中に隠れっぱなしだった。
今回の格好はまだそれほどでもないみたいだが、昨日まで着ていた革のドレスの時は明らかに人前でも活発だったからな。
と、そんな事を考えていると、リリティアがズイっと顔を俺に近づけて見つめてきた。
何事だと思う暇もなくそしてそのまま口を開く。
「大丈夫ですから! 私、キチンと町中歩けます!」
お、おう。俺の考えが読まれていたようだ。
いや、元々本人も気にしていたのだろう。町中を歩く度に俺に迷惑がかかっていないかという点を。
「と言う訳で褒めてください」
そこでリリティアはそのまま頭を下げた。
どうやら撫でろという事らしい。多分。どうも昨晩のオルディエとの会話で何かを吹き込まれたな。
まあ何事もやる気を出すという事は良い事だ。付き合ってやるとするか。
「そうか、頑張れよ」
撫でながら声をかけるとリリティアはそれはもう顔を緩ませた。
「えへへ、ありがとうございます」
その後ロビーで朝食をとると、俺達は冒険者ギルドへと向かった。
◇
「やあアッシュ、こんにちはリリティアちゃん」
ギルドに着くなり挨拶をしてきたのは先日ワイバーン討伐を共にした特徴のない男、イオス。
「おはようございますイオスさん」
「おう、大金入ったばかりなのにもう次の仕事探してんのか?」
「そういう君達こそギルドに足を運んでいるじゃないか」
俺達は、と言うか俺は依頼報酬より魔物食が目当てだからな。
しかしイオス達には【暴食】の事までは言ってはいない。わざわざ説明する意味もないだろう。
適当な事言ってはぐらかしておこう。
「冒険者たるもの常に周囲の流れには気を配っておかないとな、それで何かいい依頼は見つかったか?」
「いや、いつも通りの小さな依頼ばかりだね。ただ、少し気になる話は耳に挟んだ」
「ほう、それは?」
「ここから結構遠い距離になるけど、ボベリウの町で不遜な声も上がっている。貧富の差が激しくなり町外れには乞食や盗人がよく出るようになった、とか、非合法な薬品が裏で出回っている、とか」
ふむ、まぁ治安の良い王都付近でもなく、商人が中心に発展していった場所ならばわりとよく聞く話だな。
……ってボベリウの町、だと?
「ボベリウの町と言えば、この辺りとそう変わらない田舎町だったと思ったが?」
「そう、そこなんだよ。ボベリウの町はここたった数年で異様な発展を遂げているみたいなんだ。そしてちょうど発展し始めの時期に、とある商人グループが町に移住してきたらしい」
一つのグループが来た途端に、か。なるほどその商人達とやらは怪しい、が、勇者パーティにいた時ならばいざ知らず、今の俺は別に正義の味方なんかじゃあない。
一つの町の情勢がどうだろうが、わざわざ首を突っ込んでいく事もない、か。
と、そこまで考えた時に、隣でリリティアが俺の服の裾を引っ張った。
「ねえねえアッシュさん、そこ行ってみません?」
珍しいな、コイツがそんな事を言うなんて。
「どうしてだ?」
「今は私達、お金に余裕があってそこまでギルドの依頼にこだわる必要もありませんし、新しく発展した場所なら新しい発見もたくさんあると思います。大きな町ならそちらにも冒険者ギルドあると思いますし、なにかまた楽しい事もあるかなーっと」
「……最先端の町なら、また【色欲】が気に入る服も見つかるかもな」
「う"……ま、まあそれはそれです! どこにいたって何してたって可能性は変わりませんから! それにほら、新しい町なら新しい美味しいものとか、新しい魔物とかいるかも知れませんし!」
積極的に自分の意見を言うようになったものだ。明らかに昨日オルディエと接触した事が理由だろうな。
新しい料理はともかく新しい魔物ってなんだ。それはダンジョンの奥地とかにいるものだろう。
それはともかく、事実今現在大してそそる依頼もないのであればこの場に留まる理由も特に無い。いっちょパートナーの考えを尊重してやりますか。
「ま、いいだろう。数日の旅になるだろうからまた準備しないとな。イオス、情報ありがとよ、俺達はボベリウの町に行ってみるよ」
「ああ、使える情報だったなら何よりだ。俺も仲間たちと相談して、ひょっとしたらそっちに行く事になるかも知れない。この田舎町じゃあどうもギルドに回ってくる依頼も遅かったり限られたりするみたいだしな。もしボベリウの町で出会う事になったらそっちの情報教えてくれよアッシュ」
「おう、任せときな」
こうして俺達は次の町を目指すことになった。
────後から思えばリリティアはこの時既に、何かを感じ取っていたのかも知れない。




