25話 深夜の女子会
大神殿への献上品として貰ったという隣国の高級焼き菓子。
私がこんなもの食べちゃっていいのかな、と思いつつ一口食べてみればあっという間に虜になってしまった。
焼き菓子ってちょっと固いイメージがあったけれど、ふっくら柔らかくてとっても甘いのに後味もスッキリ。ちょっと熱いお茶と一緒に食べると小さな悩みなんて吹き飛んじゃいそう。
中にはクリームやチョコレートが入っているものもあって一口一口が私をそれぞれ別の天国へ誘う。
「ほわ~……」
目をぱちくりさせているだろう私を、オルディエ様は優しく微笑みながら見ている。
「ウフフ、お口に合うかしら?」
「お口に合うだなんてそんな……私のお口なんかがこのお菓子に合いません……とっても、とっても美味しいです!」
「ウフフ、良かった……うん! 確かに美味しいわね! これは蜂蜜をくわえてじっくり焼いたかしら……?」
「オルディエ様、材料やつくり方もわかるんですか?」
「ええ、私も趣味でたまにお菓子作ったりもしてるから」
「へー! お仕事も忙しくて【憤怒】の事とかもあるのに凄いです!」
「ウフフ、ありがと。リリティアちゃんにも今度教えてあげましょうか?」
「ホントですかー! 是非!」
お菓子をきっかけにそのまま色々な事を話した。
エルフの森で暮らしていた時の事。アッシュさんとの出会いの事。【色欲】で苦労している事。冒険者としての活動の事。最近の事。日常の事。些細な事。
この人は優しいだけじゃない。話に耳を傾けるのがとっても上手い。
目の前の相手と会話をして、目の前の相手の話を聞いて、目の前の相手の気分を上げる技術。
やっぱり聖女様ってそんなところまで考えているんだなー。
楽しくお話しているのに、私は心のどこかでそんな裏側の所まで考えちゃう。悪い癖だね。仕方ないか、これが私だし。
でも私は話していない。オルディエ様は私が送った感情を心配してここに来てくれた。その話をしていない。
オルディエ様はお話が上手だから、どこかでタイミングを見て聞いてくるのかな? 聞くのが上手な人は聞き出す事も上手なはず。そのテクニックの一つでも学べるかな?
でもいつまでたっても聞いてこなかった。
お喋り自体はとても楽しくて、気がついたらすっごい遅い時間になってしまった。
「あら、もうこんな時間。楽しい時間は早く過ぎるものね。そろそろ戻らなくちゃ。……アッシュ様、もう寝ちゃったかしら。挨拶はいいかな?」
オルディエ様は帰ろうと椅子から立ち上がった。私もこんなに遅くなるとは思わなかった。
オルディエ様は私の悩みを聞きに来てくれたのに、どうして何も聞いて来ないの? 私もまだ悩んでいるのに、どうして私は何も話さないの?
「あの、オルディエ様……」
「ん? なあに?」
オルディエ様は、やっぱり優しく微笑みながら聞き返してきた。
忙しい身なのに。もう帰らなきゃならないのに。
「あの、もう少しだけ……お話聞いてもらっていいですか?」
「ウフフ、ええ勿論いいわよ」
そう言ってオルディエ様は椅子に座り直した。
そっか、オルディエ様の目的は『私の悩みを聞く事』じゃあない。……『私の力になる事』だ。
だから私から何かを無理に聞き出す事なんてしない。お菓子を用意してくれたのも、殆ど聞き手に回っていたのも、全部私が気持ちよくこの時間を過ごせるための事だ。
……馬鹿だな私。オルディエ様はこんなに優しいのに、こんなに甘えさせてくれるのに、どこか試すような事なんかしちゃった。
「私、最近悩んでいるんです……」
「うんうん」
「アッシュさん、【暴食】のスキルを使いこなせるようになってから、凄い勢いで強くなっていっているんです」
「えぇえぇ」
「最初のほうは戦闘なんかも私が色々魔法でフォローしたり料理の時は私が火を付けてたりしてたんですけど、火も吹けるようになっちゃって、戦闘も本当は全然フォローなんか必要なくて」
「あらあら」
「でも優しいんですよね。私が何かしたら必要なかった事でもお礼言って来てくれて」
「そんな人よねえアッシュ様は」
「私は【色欲】の使い方もわからなくて……今回の冒険も一緒に戦ったイオスさん達の方が凄くて……」
そこで少し言葉を区切った。でも、こんな時間にここまで話したのに黙っていても悪いよね。
「私、ただアッシュさんに気を使わせているだけの存在なのかな、って……」
そこまで言うとオルディエ様も少し真剣な顔をしてちょっと黙ってしまった。
でもそれほど時間を空けずにまたいつものように微笑みだす。
「なるほどね~……わかるわぁ~」
予想外の言葉に私はまた目を丸くしただろう。
「わかる……ですか?」
「ウフフ、ええ、私も昔は聖女としての立ち振る舞いも全然わからなくてね。神殿の偉い人との接し方もよくわからなくて悩んだわ。でも心が不安定だと【憤怒】が暴れそうで、それも何とかしなくちゃいけないし」
「へぇ~……オルディエ様が、ちょっと意外です」
「ええ、私でもそんな悩みあるのよ。……それである日、吹っ切れちゃった」
「吹っ切れた?」
「ええ! お客様方にはそうもいかないけれど、神殿の人にはもう自分の思う事全部言ったわ! そうしたら最初は問題もあったけれど、なんやかんや認められていったわね、ウフフ」
そこでオルディエ様は私の鼻先に指をあてた。
「むぎゅっ」
「そこでリリティアちゃん! 私にここまでキチンと話せた貴女ならもう大丈夫よ! どんな方法選んだって何とでもなるわ! 困った事あったらまたいつでも月のネックレスから気持ち送って頂戴、その度に転移してきてあげる」
この人は本当にしてきそうで怖い。
「それで一つお勧めの方法もあるの、聞きたい?」
「え? ……はい! 聞きたいです!」
「ウフフ、素直ねっ。……そう、その素直さ! アッシュ様にもなんでも全部素直に言ったらどうかしら?」
「え……」
「それでももしアッシュ様が嫌そうな顔したら教えて頂戴? その場で私がボッコボコにして差し上げますわ!」
笑顔のまま拳を握りしめるオルディエ様。
【憤怒】すら力で黙らせるこの人がコレを言うとちょっとシャレにならない。でも……
「そっか……素直に、か。そうかも知れませんね……うん、ありがとうございますオルディエ様!」
「ウフフ、良かった。でも無理はしないでね。……それと、『オルディエ様』ってまだちょっと堅苦しいわよねえ」
「え?」
「ねぇねぇ私たち、愛称で呼び合わないかしら?」
「え、ええ?! オルディエ様に? 聖女様ですよ??」
「はい、『オルディエ様』も『聖女様』も今から禁止! 様付けは絶対に禁止! リリティアちゃんはそうね『リリちゃん』って呼んでかしら?」
「え、あ、はい、嬉しいです……でも……」
私からはなんて呼べば……
そんな疑問を察したのだろう。オルディエ様はまたウフフと笑うと指を立てて続けてきた。
「次合う時までに考えておいて頂戴? 可愛いの期待してるわ!」
戸惑う私に強引に話を進めるオルディエ様。
この日はとりあえず後は『オルディエさん』と呼ぶことで一応納得してもらったが、それも今日まで。
あとは数言かわしてお休みなさいの挨拶をすると、転移の魔法で帰ってしまった。
私に極めて重大な宿題を課せて。




