21話 翼竜
山を更に登っていくと頂上付近に到着した。そこに一つの洞穴が見える。
辺りに散らばっているのは大小様々な動物の骨。
俺達はその近くの木々の間に潜むように姿勢を落とし、視線を向けた。
「あれがワイバーンの住処だな」
「! わかるのかアッシュ」
俺の発言にイオスが反応した。
「ああ、以前見たことがある。アイツは獲物を巣まで持って帰ってから食う。で、巣の中は綺麗にしておきたいのかその残骸は外に放り出すんだ」
しかしそれはそうと中にはいないな。超音波で調べているけどそんなに大きな洞穴じゃあない。その中で生き物が動く気配が感じられない。
そこで超音波を解除する。この技は腹が減るからな。
しかし、さほど時間を置かずにリリティアが声を上げる。
「あれ……」
明後日の方向を指さすリリティア。ここからだと豆粒の様な大きさであるが、何かがこちらに向かってきている。
ソレは見る見るうちに大きくなっていき、その全貌が明らかになった。
『翼の生えたデカいトカゲ』。
一言で表現するならこれだろう。全長は3メートルほどだろうか。身体の中でも頭がデカく胴はやせている。ややアンバランスだが飛行には身体は軽い方がいいのかも知れない。思ったより食える所は少なそうだな。ん? じゃあなんで頭がデカいんだ? まあいいや。
「おいでなすったな、ワイバーンだ」
その口には鹿のような生き物を咥えている。
獲物を仕留めて巣に置きに、もしくはそのまま食事を取るために戻ってきたことは間違いない。
ワイバーンが巣に入ったところで俺とイオスで入り口をふさぎ、後は5人でボコ殴り。
如何に強靭な翼竜といえど狭い地形で多勢から襲われてはなすすべもないだろう。
と、ここまで考えた所で事態が変わった。
ワイバーンが口に咥えた獲物を空中から落としたのだ。
「うむ?」
ドーマが疑問の声を上げる。
相手も生き物だ。誤って落としてしまったか? とも思ったがそうではない。
ヤツは飛行の軌道をやや変えた。巣穴から数十度角度を変え、そのまま飛行する。
その方角にいるのは────
「アイツ! 私達に気づいてやがる!」
そう、俺達がいる方角。
ミトロが声を上げる。
確かにそうとしか考えられない。上手く隠れれていると思ったんだがな。
「予定変更だ。この場で迎え撃とう」
俺はそう言うと木々の間から腰を上げ巣穴の近くの平地に向かった。それに続いてイオスも飛び出す。
「デカいの喰らわしてやるぜ……!」
俺は左手に力を込めた。それと同時に手中に電気がバチバチと展開される。
「【サンダースネーーーーク】ッ!!」
久々に技名っぽく言ってみたかった。ただそれだけ。
しかし溜めと気合十分な雷撃はいつも以上の太さと速度のものとなりワイバーンの方へ真っすぐ伸びる。
が、ワイバーンはその高速の一撃を身を翻して回避した。
距離はまだまだ遠いがアレをなんなく躱すか。
俺の攻撃で警戒させてしまったのだろうか。ワイバーンはそこでまた軌道を変え、一定の距離を保ちながら俺達の周囲を回り始める。
「はあッ!」
「【フルフレイム】!」
ミトロとドーマがそれぞれ矢と炎筒を放つ。
が、その速度は雷撃以下。先ほど以上に余裕を持って回避された。
そして今度はワイバーンの喉が大きく膨らみ、口から煙を漏らし出す。
「火炎息吹が来るぞ!」
その一瞬後に吐き出される強力な炎。
それは地上を目掛けて真っすぐ発射され、周囲一帯を覆うほどの攻撃範囲を発揮する。
(マズイ! これほど強力なモノとは!)
【暴食】の力に目覚めてから、俺の身体は力や速度だけでなく耐久度も跳ね上がっている。
俺はこの攻撃にも耐えられるだろう。即座に動いてリリティア一人くらいは担いで退避する事も出来そうだ。だが、四人全員となると流石に不可能。
「【巨大化】ッ!」
その時、イオスが盾を大きく掲げて叫んだ。
声と同時にその盾が、一瞬にして10メートルほどの巨大な物に変化する。
物質を瞬時に巨大化!? こんな強力な魔法など聞いた事が……いや、これがイオスの固有能力か!
ワイバーンの炎はその盾で完全に防ぎきった。
数秒と立たずに盾のサイズが元の物に戻る。
イオスはその場で膝をついた。盾を超巨大化させたことにより、その重量も何倍になったはずだ。それを支える力に加え、肉体ではなく物質に並み外れた効果を発揮するこのスキル、それ自体の消耗も激しいのだろう。
「はあああぁッ!!」
その効果が解けると同時にミトロが三発の矢を放った
が、その矢はワイバーンが回避するまでもなく狙いが反れ、彼方へ消える。
「【フルフレイム】!!」
それに続くようにドーマが再び炎筒を発射。今度は両手で二発。
こちらの軌道も丁度ワイバーンの左右をかすめる程度に狙いが外れていた。
動いている相手に刹那の攻防の中飛び道具を当てる事は簡単な事ではない。この二人の攻撃が外れた事は仕方がない事だろう。
しかしそれにより相手は炎筒の間にいる。今なら簡単には逃げられない。
リリティアもそれを察したのだろう。魔法の構えに入っていた。
「【サンダースネーク】!!」
「【ハイウインド】!」
電撃と風の刃が真っすぐワイバーンの下へ跳ぶ。
しかし、それでもワイバーンは素早かった。
今尚ドーマの拳から放たれ続けている炎筒により左右に回避は不可能。
それならばと今度は上方向へ身体を翻し攻撃を回避したのだ。
「甘いよ」
そこでミトロがニヤリと笑った。
────その瞬間、ワイバーンが奇声を上げる。
ワイバーンの翼に風穴が空いたのだ。
風穴を開けたのは先ほどミトロが放った三本の矢のうちの一つ。それが背後からワイバーンに飛来していた。残りの二本は先ほどワイバーンがいた位置、及び更にその下あたりを狙った軌道でこちらに帰ってきて地面に突き刺さる。
ミトロのスキルは『物質操作』か! 先ほどの矢は外れたんじゃあない。ワイバーンの俊敏さを考慮して敢えて外したんだ。
更にドーマの魔法で逃げ道を制限し、残った逃げ道全てに操作した矢を戻させる。打ち合わせしたわけでもないのに見事な連携だ。恐れ入った。
そのまま翼竜の巨体はバランスを崩す。
────だが、そこでワイバーンはそのままただ落下するだけの行動は選ばなかった。
再び飛びなおす事は出来ないだろう。ならばと俺達がいる場所目掛けて急降下を始めたのだ。
「な!?」
ミトロが叫びを上げる。
仕留めたとおもった相手からの巨体による体当たり。予想出来なかったその動きはこちらの回避を一瞬遅らせ、更にこちらには力を使い果たしうずくまっているイオスもいる。回避は出来ない。
「【トルネード】ォッ!」
リリティアが風の魔法を唱えた。
【ハイウインド】のような風の刃ではない。小規模な竜巻を手から起こし、それをワイバーンに命中させる。
それにより、ワイバーンの突進の軌道が多少ブレ、速度にもブレーキがかかった。
そこで俺は、ワイバーンの方へ自ら跳び上がった。
「うおおおおおおおおおッ!!」
ぶつかり合いならばデモンタウラス相手にも五分を誇る俺の力。
ワイバーンの指定ランクはせいぜいBランク。単純なパワーはAランク推奨のデモンタウラス程ではない。
しかし今相手からの攻撃は、空中からの捨て身の突進。十分な助走と重力落下に身を任せての加速が加わったためその破壊力はデモンタウラスを上回るだろう。
だが同盟パーティがここまでやってくれた。
更にリリティアの援護が加わった。
ならば俺がここで決めないわけにはいかないだろう。
「だりゃああああああああッ!!!!」
渾身の拳がワイバーンの脳天に炸裂。
空中でぶつかった俺は、相手の力を殺し切れずに押し返され地面に落下した。
────そして、俺の一撃を喰らったワイバーンもまた空中でのけぞり、更に軌道がズレて誰もいない地面に落下した。
「いてて……なんとかなったかな?」
ワイバーンはもう動かない。
周囲を見渡すと誰も負傷していない。
そこまで確認して安堵の息を漏らした時、他の四人から歓声が上がった。
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