2話 九死に一生 そしてエルフとの出会い
(死ぬ……!)
流された俺の頭に過った絶望的な言葉。
濁流。
流れは速い。
なんで俺がこんな目に!
呼吸が持たない。
上も下もわからない。
裏切られた?
大木か何かが身体に当たる。
空気が吐き出される。
殺されるような事をしたか!?
クソ! クソ! クソ!
俺の人生、こんな所で……
「う、うぅ……」
気がついた時、俺は川辺に打ち上げられていた。
身体中が痛い。
が、しばらくは動けなさそうだ。
しかも、
「腹……減ったな……」
裏切りによる絶望と全身に走る痛みもそうだが、俺が猛烈に腹が減っていた。
繰り返しになるが、この世界では生まれた時に一人一つ固有のスキルが神から授けられる。
勇者達が冒険の中で開花させていった力もそのスキルに基づいてのものだ。
で、俺が持っているスキルは何かというと、この空腹感。
人一倍腹が減り慣れない事をしたりストレスを感じたりすると余計に腹が減る。ただそれだけ。スキル鑑定士お墨付きの『外れスキル』、名付けて【暴食】だ。
他の者達も冒険を続けていく中でスキルをより昇華させたり使い方を見つけたりしていたため、この【暴食】にもなにか使い道があると思って頑張ってきたが、今現在に至るまで何もない。しいて言うならばよく食い良く動いてきた身体は人よりまあまあいい筋肉はついたかもしれん。それでそこそこの身体能力は手に入れたが、天性の強力なスキル持ちにはそれも敵わない。
そして今、俺は死にかけている。ケガもさる事ながら腹が減りすぎて動けん。
ああ、意識が朦朧としてきた……俺は肉体的ダメージで死ぬのか? それと餓死するのか……?
完全に意識が消える瞬間、俺の嗅覚が何かを察知した。
「これは……肉の匂い……?」
匂いを察知すると意識が戻ってくる。
動かなかった身体も、力を振り絞れば動かせそうな気がする。
「うおおおおぉ……!」
立ち上がれた。我ながら何という食い意地。そしてその時────
「きゃああああああぁッ!!」
女の悲鳴が鳴り響いた。方角は肉の匂いの方と同じ。なんかよくわからんが行くしかない、か?
……いや、その必要もなさそうだ。何故だかわからんが、肉の匂いの方から俺に近づいて来ている! 飯が俺の下へやってくる!
そう思った矢先、木々の奥から飛び出してきたものがいた。
「人!? た、助け……きゃああああぁッ!」
人間の女……? いや、耳が尖っている。エルフだ。飛び出してきた女は俺の目を見るなり腰を抜かしたように倒れこんでしまった。レオタードのような色っぽい格好をしている。だがそんな事はどうでもいい! お前の後ろから! 肉がやってきているんだ!!
その後から飛び出してきたのは二匹の犬のような生き物。『フォレストウルフ』と呼ばれる獰猛な魔物だ。
……なんだ? この魔物から旨そうな匂いがしているのか? そりゃ肉には違いないが。
ボロボロの今の俺に勝てるか? いや、凶悪なコイツらの視界に入ってしまったからにはどの道倒すしか生き延びるすべはない!
女を追ってきたフォレストウルフは俺をみるなり身構えた。どうも俺の方を危険因子とみなしたらしい。
腰につけていた剣を抜き、臨戦体勢に入る。
二匹のフォレストウルフは俺に向かって飛び掛かってきた。
先ほどまで立つことも困難な程傷ついている俺は────自分でも驚くほど素早く正確に、二匹のフォレストウルフを斬り捨てた。
「わあ……凄い……」
尻もちをついているエルフが声を漏らす。
しかし俺はそれどころではなかった。
俺の心の奥底にナニカがいる。その何かが俺に命令している。
────『目の前のコイツらを食え』、と!
今まではSランク冒険者パーティとして金銭的にも余裕があった。魔法使いメイが使う『空間収納魔法』により食料保存の問題も解決していた。故に魔物など食った事はない。
しかし今の俺は、なぜかこの犬っころ共が何よりの御馳走に見える。
心の声に従い、俺は倒したばかりのフォレストウルフにかぶりついた。
「ええええええええええええぇッ!?」
エルフの女が声を上げる。
それはともかく美味い! フォレストウルフの肉ってこんなに美味かったのか!
俺は更に二口三口とドンドン肉を食いちぎっていった。
「ああああああああいけません! いけませんったら!!」
女エルフが更に声を上げる。
いけない? 魔物を食うことか? 確かにそうだろう! 今までの俺でも考えられん! 出会ったばかりの男が急に魔物の肉を貪り出したら誰でも以上に思うだろう! だが今はどういうわけかそうは思わん! こんなにも美味いんだぞ!!
「ちゃんと火を通さなきゃお腹壊しちゃいます! 【ファイアー】!!」
掛け声と共に、女エルフの手から火球が発射された。
その火球はもう一体のフォレストウルフに直撃し、倒れた身体がメラメラと燃え出す。
って言うかソコ!? 生肉だからダメって事!?
そして匂いが香ばしいな! チクショウ確かに美味そうだ!
俺は焼けたほうのフォレストウルフに手を伸ばした。
熱い……が、我慢できない程でもない! 食う! 美味い! なんだこれは! 雑に火を通しただけだというのに、調理されたフォレストウルフはここまで美味かったのか!! 今ならば勇者にも勝てそうだ!
……と、そこで俺は自分の身体の異変に気が付いた。
先ほどまでは確かに立つのも困難な状態だったはずだ。
フォレストウルフを斬った際は最後の火事場の馬鹿力だったという解釈も出来る。
しかし今、俺の身体は明らかに調子がいいのだ。
……いや、調子がいいどころじゃない。濁流に流され体中を打ち付けられ、傷だらけだったはずの身体が、いつの間にか完治している。
咥えた肉を噛み千切ると、俺は女エルフの方を見た。
改めて見てみると幼さが残るながら非常に整った顔立ちをしている。長く綺麗な金髪に白い肌。しかし格好は通常のエルフのそれとはかけ離れているな。露出の多いレオタードのような衣装を身に纏い、あどけない表情に笑顔を浮かべさせてこちらは見ている。
「あ、落ち着かれました? 私もちょっとビックリしちゃいましたけども、助けて頂いてありがとうございます! 私、リリティアって言います」