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12話 聖女

 洞窟の奥で出会った見知った女性。

 それはこの国で王族貴族と対をなす最も高貴な存在の一つ。

 魔法やスキルなどを管轄するという神々を祭る大神殿の最高責任者の一人、『聖女』オルディエ・メパメール。

 神殿に訪れた者達は多くの場合、まずこのオルディエに謁見する事から始まり、容姿の良さと社交性の高さも相まって非常に神殿の『顔』として機能している存在。


 そんな聖女様がなぜこんな所に、しかも単独でいるのか。

 それも気になったが、それ以上に俺の存在がこの身分の人間にバレる事は宜しくない。

 なるべく世間的には死んだ存在でいたいのだが、オルディエが『勇者パーティのアッシュ・テンバーは生きている』と発すればそれは瞬く間に国中に広まるだろう。


 Sランク冒険者パーティの一員であった俺も何度か出会ったことがある。が、相手は非常に多忙で極めて多くの人間と日々を送っている女だ。

 元勇者パーティとはいえもっとも影の薄い俺を覚えているかどうか、一応襟巻で顔半分を隠している俺の事がわかるかどうかと言えば可能性は低いだろう。

 俺は国中に数溢れるEランク新米冒険者の一人アラン。それで通す。


 と、ここまで考えた所で聖女オルディエは、大きく手を上げながら笑顔で俺のほうへ駆け寄ってきた。


「アッシュ様! まさかこんな所でまたお会いするなんて!」


 訂正。出会って5秒でバレた。

 どうする? 誤魔化すか? 相手はかなり確信をもって話しかけている。難しそうだ。が、やるだけやってみよう。


「いや、人違いだろう。俺の名はアラン────」


「アッシュさん聖女様とお知り合いなんですか!?」


 作戦は一瞬でパーになった。

 俺は頭を抑えながらその場にうずくまる。


「あら、可愛らしいお連れね。こんちにはエルフさん」


「え? あ、はい! 私、リリティアって言います! 聖女様! お初お目にかかれて光栄です!」


「ウフフ、私も嬉しいわリリティアちゃん。素敵な恰好ね、魔法の付加効果があるのかしら」


 頭を抱える俺を余所に会話を始める二人。

 この未知の難易度である洞窟で、踊り子の服などと言う軽装過ぎるリリティアの恰好が気になったようだ。


「あ……いえ、何もついてないと思います……」


 リリティアはやや照れながらオルディエに返事を返す。

 オルディエはそれに対し、少しだけ意外そうな顔をしたが微笑みを絶やさずに返す。


「あら、それだと本職の踊り子さんかな? それともご趣味? どちらにしてもこんな所で理由もなくその恰好はちょっと危ないわよ?」


 ドレス姿のオルディエも中々言えた事ではない気もするのだが。


「わ、私の趣味なんかじゃありません! ……その、無理矢理……」


 顔を赤らめて話すリリティアを見て、オルディエは俺の方へ視線を移した。

 これまで微笑みを絶やさなかった偉大な聖女様の目が、一瞬だけゴミを見る様なモノに変わる。

 オイ止めろ、俺の趣味でもねえよ。


「いや、あの……」


 俺が何を言い返す前に、オルディエの表情は元の微笑み顔に戻った。


「あら? 別によろしいですわよアッシュ様。貴方がキチンとパートナーさんを守るというのならば、部外者がとやかく言う事じゃありませんものね」


 全く伝わっていない。

 しかし、『聖女がなぜこんな所にいるか』『俺の生存がバレているのは不味くないか』の疑問を前にして、更にリリティアの【色欲】の説明までしてもいいものか。

 とても心外ではあるが、取り合えずこの問題は後回しにしよう。


「……お久しぶりですオルディエ様。しかし、貴女はお一人でどうしてこのような場所に? それも隠し扉の奥から出てくるなんて……」


 俺が質問を投げ掛けると、オルディエはやはり微笑んだまま、今度は人差し指を立てて自分の口元に持ってきた。

 そしてやや困ったような顔を作りながら少しだけ首をかしげ、俺の問いに返事をする。


「それなのですけど、出来れば何も聞かないで頂けないかしら? そして、私がここにいるという事も他の方には言わないで欲しいのですけど」


 オルディエからのまさかの言葉。

 隠し事がありそれを通したいようである。しかし、聖女たるものがこんな訳のわからない所に一人でいて、それを見られた相手に他言無用を持ちかける。

 別に俺は無駄に他言するつもりはない。が、通常、人の口は止められない。こんな口約束を持ちかける事自体がおかしいのではないか?


 そう考えている間にオルディエは俺の眼前まで顔を近付け口を開いた。


「アッシュ様であればきっと約束は守って頂ける方だと信じていますし」


 そして更に顔を近付け、今度は耳元で、やはり笑顔のまま囁く。


「貴方がここにいる事、追及も他言もしませんし、おあいこって事で、ね?」


 ……コイツ! 俺の心境を見抜いてやがる。

 と、言うことはやはり俺は勇者パーティやお偉いさんの間では既に死んだことになっているようだ。


 さて、どうしたものか。

 聖女の秘密にしたがる内容自体には然したる興味はないが、それでも秘密にする理由は知りたい。

 この秘密がオルディエにとってどれくらいの価値があるか次第で、明日以降俺が『口封じ』される可能性があるかどうかが変わってくるのだ。

 誰にでも優しく常に微笑みを絶やさない模範的な聖女様ではあるが、人間ってのは、ましてや権力者ってヤツらは腹に何を持っているかわかったものではない。


 と、ここまで思考した時、横から俺の服の裾が引っ張られた。

 そちらに目を向けると、頬っぺたを膨らませたリリティアがこっちを睨んでいる。


「アッシュさん、そんな汚ない格好で聖女様に近づいちゃダメです。聖女様のお洋服が汚れちゃいます」


 近寄って来たのはその聖女様のほうから何だが。

 そんな言葉を出す前に、リリティアは裾を強く引っ張り無理矢理俺とオルディエを引き離す。

 その様子を見てオルディエが嬉しそうに口を開いた。


「あらあらウフフ。ごめんなさいねリリティアちゃん、そんなつもりじゃなかったのだけど」


「何を言っているのですか、聖女様は気にしなくて大丈夫です。全部アッシュさんが悪いのです。全部」


 オルディエの言葉に、リリティアはそっぽを向きながら答えた。

 そんなリリティアを見ながら、オルディエは元々の笑顔を更に強くし、リリティアを抱きしめた。


「きゃー! アッシュ様ったらもう! こんな可愛い子を捕まえちゃって、ウフフフフフ!」


「わっぷ! ちょ、聖女様! そんな!」


「ウフフフフフフフフフフフ!」


 リリティアの言葉に意を返さず、胸元に押し付けたリリティアの頭をひたすら撫で回すオルディエ。

 しばらく続けた後、ようやく満足したのかリリティアを優しく手離す。

 離されたリリティアは、放心したほうに地面にへたりこみ、顔を赤くしながら自分の顔をペタペタと触れ、胸元を見下ろした。


「ほわひゃあ……おっきい……勝てない……」


 何かを呟くリリティアを尻目に、オルディエの目付きが少し変わった。


 ────それと同時に、俺の中で何かがざわめく。

 これは、例えば殺気を向けられた際の直感とかそういう類いのものではない。

 俺自身とはまた別の感覚。

 そう、これは魔物を目の前にした時のあの声(・・・)の持ち主がざわついている。


「あ、あ、アッシュさん……」


 へたりこんでいるリリティアが震えるような声で俺を呼ぶ。

 俺がそちらに目を向けると、リリティアは泣きそうな、それでいて困ったような顔をしている。


「な、なんだか変です……私の中が……【色欲】が……震えて、いる…… ?」


 リリティアの中でも何か異変が起きている。

 なんだコレは? こんな事は初めてだ。何が起こっている?


 疑問に溢れる俺達の前で、聖女オルディエが見たことのない真剣な顔をしながら口を開いた。


「アッシュ様、リリティアちゃん、もう1つお願いを追加します。……これから起こる事も他者には内密でお願い致します」

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