クリスティーナ・エデュ・ヴァレンティンは死にました
「行くのか」
転移ゲートの前に立っていたのはお兄様。
「はい」
私は迷わず固い意志を示す。
「お前は昔俺に言ったな。
仕事をする者が偉い、と。
権利を得るには
義務を果たさなければならない、と。
お前は王女という義務を放り投げるのか?」
鋭い眼差しに怯みそうになる。
「……偉そうな口を利いた身で矛盾することをしているのは自分でも分かっています。
申し訳ございません、お兄様」
背筋を伸ばし、胸を張る。
「ヴァレンティン王国第一王女、クリスティーナ・エデュ・ヴァレンティンは今ここで命を落としました」
全てを捨てる私を愚かだと人は言うだろう。
無責任だと言う人もいるだろう。
たくさんの人々を支える未来を作るアミュール国の王妃になるのがきっと王女としての正解。
でも私は愛する人の元へ今駆け付けたい。
お兄様は暫く厳しい顔をしていたが、やがて諦めたように肩を竦める。
「……何でお前はそんなにバカなんだ。
……ったく、世話が焼ける。
ヴァレンティン王国王太子、アルベイン・ヤン・ヴァレンティンの名において命ず。
必ず帰って来い。俺に妹を殺してくれるな。
…大切な妹なんだ」
そう言うとやっぱりお兄様は私の頭をグシャグシャにした。
「お兄様……ありがとう」
そう言って抱きつくと、お兄様は更に私の頭を掻き回した。
真っ赤になった耳は見なかったことにしてあげよう。
「姫様!?
あんたどうしてこんな所に…!?」
転移ゲートをくぐりぬけた私を出迎えてくれたのはリヒトを始めとする精鋭魔術部隊。
遠隔魔法で敵を攻撃している最中だ。
「リヒト、現状を説明してくれる?」
「あんた、ここが戦場だって、危険な場所だって分かってんのか!?今すぐ戻れ!」
「リヒト、現状を説明しなさい。
全て覚悟の上でここにいます。これ以上時間を浪費することは許しません」
リヒトは静かに膝をつき報告する。
「……失礼致しました。
報告致します。
現在、魔法装置を発動させた際に魔力が枯渇した者が半数。残りの者も残存魔力は僅かです。現在は魔力電池で敵に攻撃をしていますがそれもいつまで続くか…」
予想以上に酷い状態だ。
大掛かりな魔法には詠唱も時間がかかるし何より魔力が足りない。今は軽い攻撃魔法を単発で撃っていくことぐらいしか出来ないのだろう。
「前線の様子は?」
声が震えるのは抑えられなかった。
「……ノヴァルディ軍の生存者はアロガン王と魔術師の二名。アロガン王は気を失っているようですが、魔術師の方は裂傷を負ってはいますが致命傷には至っていません。
……制圧軍隊長グレースは魔術師により魔法を行使され再起不能です」
再起不能、さいきふのう、サイキフノウ。
その意味を理解する前にもう私は走り出していた。
「よお。フラれ王子」
廊下に立ち尽くしたままのシェリエールに話しかけると、奴は顔を歪めた。
「……五月蠅いな。
君だって似たようなものだろ?」
そう返すも覇気がない。
「まあな」
俯くシェリエールの頭を、クリスティーナにするようにグシャグシャと搔き回す。
「わっ……もう!何なのさ!」
驚き、不満げな顔をして口を尖らせる様子が妹と被り、笑みが零れる。
強がっているやつの表情を崩すのは楽しくてやめられない。
「一段落したら飲みに付き合ってやろう、
元義弟よ」
俺がそういうとシェリエールは嫌そうな顔をした。
「どうしてもと言うなら付き合ってやらなくもないですよ、元義兄上」




