表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/28

例え何が待っていても

「………っっ!!」

飛び起きた。全力疾走した後のように心臓が五月蝿い。汗で寝巻きはぐっしょりと濡れていて、酷く不快だ。

嫌な予感がする。

すぐにでもどこかへ走り出してしまいたいような、泣き出してしまいたいような。

何か、嫌だ。

私はいてもたってもいられずに部屋を抜け出した。


裸足でいるのも構わずに駆け出す。

王女にあるまじき姿だ。

それでも走らずにはいられない。

「ティーナ、そんなに走ってどこへ行くの?」

私の前に現れたのはシェリエール。

いつも通りのような様子でいて、何故か妙な違和感を覚える。

まるで何かを隠しているかのような……。

「…何かあったのですか、シェリエール様」

「君が心配することは何もないよ」

返答が早すぎる。それにさっきシェリエールは私に「どこへ行く」のかと聞いた。

最初にどうしたの、と聞くのが普通ではないだろうか。「どこへ行く」と聞くのはどこか行くべき場所がある場合出る言葉ではないのかーー。

「シェリエール様。グレースに何があったのですか」

静かに問うとシェリエールは苦い笑いを零す。

「やっぱり君にはお見通しなんだね…」

「教えて下さいませ」

じっとシェリエールを見つめていると、シェリエールは肩を竦めて深い溜息をついた。

「……詳しいことはわからないけど、リヒトから連絡があったんだ。

作戦は失敗した、と」

瞬間駆け出した私をシェリエールが抱き込んで阻む。

「シェリエール様、離してください」

「離さない。君を行かせはしない」

その言葉で頭に血が上った私は振りほどこうともがく。

「……離してっ!!グレースが、グレースが……っ」

「君は、王女だ!」

シェリエールの言葉に息を呑む。シェリエールは腕に力を込めて続ける。

「……君は王族で彼は騎士だ。

王族は最後まで守られるべき存在なんだ。

彼が帰って来るまでは僕が君を守る」

シェリエールの顔を見ると、こちらが痛々しくなるくらい切ない表情をしていた。

鈍い私は漸く、シェリエールは私のことを本気で想ってくれていたのだと理解した。

黙ってシェリエールを見つめる。

私のことを慈しみ、大事にしてくれる人。

……きっとこの人と歩む穏やかな未来なら100点の幸せは得られるだろう。

それでも。

あの人と髪が、声が、目が、眼差しが、手が、匂いが違う。

「……ごめんなさい。きっとあなたの言うことが正しい。それでも私、ここであの人の元に行かなかったら一生後悔する」

シェリエールの腕が緩んだと同時に駆け出す。

ごめんなさい、シェリエール。

私は欲張りだから、例え0点の未来が待ってるとしても120点の未来を掴みに行かずにはいられないの。



「リヒトから、作戦は失敗したとの連絡があった」

努めて冷静に言ったアルベインだったが、その顔は青白い。

「今の戦況は…」

「詳しいことはまだ分かっていない。

リヒトから再度連絡があり次第俺はヴァレンティンへ向かう。シェリエール、お前はクリスティーナを引き留めてここであいつを守ってくれ」

作戦の失敗。状況の詳細は不明だが、最前線にいるあいつは……。

「殿下っ、クリスティーナ王女のお姿が見当たりません!」


ティーナの部屋から続く廊下。

靴も履かずに走る彼女を見つけた。

「ティーナ、そんなに走ってどこへ行くの?」

声を掛けると彼女は訝しげに僕を見る。

「…何かあったのですか、シェリエール様」

「君が心配することは何もないよ」

答えた後に、少し不自然な程早い返答だったと気付く。聡いティーナはすぐに気付く。

「シェリエール様。グレースに何があったのですか」

有無を言わさない確信めいた口調。

やっぱりこの子は僕のことをよく分かってくれてるけれど、今だけは気付いて欲しくなかったなあ。

「やっぱり君にはお見通しなんだね…」

「教えて下さいませ」

強い意志のこもった目で見つめられる。

この子は初志貫徹なところがあるから、僕が教えるまで諦めないだろう。

「……詳しいことはわからないけど、リヒトから連絡があったんだ。

作戦は失敗した、と」

瞬間駆け出すティーナを抱きしめる。

「シェリエール様、離してください」

「離さない。君を行かせはしない」

力を込めて抱きしめる。

「……離してっ!!グレースが、グレースが……っ」

「君は、王女だ!」

ティーナの身体が一瞬強張るが僕は続ける。

「……君は王族で彼は騎士だ。

王族は最後まで守られるべき存在なんだ。

彼が帰って来るまでは僕が君を守る」

例え君に嫌われたとしても。

憎んでも、恨んでも構わない。

ただ君に無事でいて欲しい。

そんな想いで懇願する。

静かな瞳が僕を見据える。

こんな時でも君の瞳は乱せないんだね。

「……ごめんなさい。きっとあなたの言うことが正しい。それでも私、ここであの人の元に行かなかったら一生後悔する」

ああ、愛とはこういう強さのことをいうのだろうか。王女が敵軍のいる戦地へ乗り込む。

はっきり言って無謀だ。僕には出来ない。

僕はアミュール国の王太子だ。

それはどんな状況であっても変わらないし、それを捨てることは出来ない。

それでも。

手紙が来る度に馬鹿みたいにはしゃいだり、手紙を送った途端に返事を待ちわびてそわそわしたり、贈り物を貰って舞い上がったり。

ねえ、ティーナ。

僕は王太子という立場を投げ捨てることは出来ないけれど。

それでも君との文通を心待ちにするぐらいには。僕の弱さを知ってほしいと思うぐらいには。君との未来を描くぐらいには。

今心が引きちぎれそうな程痛むぐらいには。

僕は君を愛していたよ。

緩く下ろした両手を見つめる。

さよならティーナ、僕の運命。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ