最終決戦はすぐそこに
……ノヴァルディ軍の様子がどうにもおかしい。
ヴァレンティン国は魔法を駆使して攻撃するのが定石だ。
詠唱を必要とするため発動までには時間がかかるが、その攻撃は強力。
しかしその欠点すらも姫様が発明した魔力電池に発動直前までの術式を組み込んでおくことにより最小限にとどめている。
戦力差は圧倒的なものに思われた。
が、しかしノヴァルディ軍の攻撃力も普通ではない。
どこからそんな力が来るのか。
銃の威力に何らかの魔法を行使しているのか、こちら側ほど決定的な攻撃力はないもののとにかく数多く威力の強い銃撃を行ってくる。
そして魔法攻撃に怯む様子が全くなく、防御魔法を自分達に全く施していないのだ。
訓練を受けたものであっても、本能的な恐怖は完全に消し去れるものではない。
それなのに、まるで痛覚がないかのように守りに入らず攻撃に特化している。
こんなことは初めてで、俺たちは攻めあぐねていた。
早くケリをつけなければ姫様が心配する。
もどかしい思いを抱えていたある日。
殿下からの伝達魔法が届いた。
受取人以外の手に渡ると燃えて無くなる高度な魔法だ。俺は暗号化された文書を予め教えられていた通りに魔力を流し解読する。
『ヴァレンティンの国民と物資は全て転移ゲートによりアミュールへと移転済みだ。
ヴァレンティン国の結界に仕掛けをし、ノヴァルディ軍だけを対象とした大がかりな魔術を発動させる案が出ている。
大きな賭けだが、やってみる価値はあると思う。魔力電池の蓄えにも限りがある。
長引く前にケリをつけろ』
相変わらず無茶な王子だ。
だがその通りだった。
姫様が発明した魔力電池は魔力を蓄えておくことが出来るが、今の俺達には勿論魔力を魔力電池に注ぐ余力はない。
魔力電池は消費されていく一方だ。
思った以上の苦戦を強いられていて、予想以上に魔力電池の消費が早い。
早めに手を打たなければならない。
俺は了承の手紙を書いて伝達魔法で送った。
「ぐっ……ごほっ」
「アンジェリカ!?」
込み上げてくる血痰が鉄の味がして酷く不快だ。
目眩がおさまらない。少し力を使いすぎたか。
「……大丈夫です」
「……しかし、無理をすると身体に障る。
やはり少し休んだ方が良いのではないか?」
アロガンが心配そうに私の顔を覗き込むが、休んでいる暇はない。
私の魔法は闇属性の攻撃力強化魔法。
この魔法を行使することによって、ノヴァルディ軍は身体能力、各々の魔力を飛躍的に高めている。
しかし相手は魔法大国。
私がこの魔法を少しでも止めたらあっという間に戦況はひっくり返る。
口元の血を拭う。
「……いいえ、大丈夫です。
休んでる暇はありません。このまま一気に攻め込みましょう」
待っててね、愛しい愛しいグレース。
私がすぐに貴方の目を覚ましてあげる。
ヴァレンティン王国の国境はもう間近だ。
「……お兄様、
それはどういうことですか?」
「これより、我がヴァレンティン王族と国民はアミュール王国へと避難する。
すぐに用意をしろ」
「だって……まだグレースは帰ってきてないのに!見捨てるのですか!?」
声が震えるのを抑えられない。
足元がぐらつく。
そんな。だって。まだグレースは…。
「案ずるな、策を実行するために必要な処置だ。グレースも了承済みだ。
お前はただ信じてあいつの帰りを待ってればいい」
「……はい」
守られてるだけの私は無力さを噛み締めながら拳を固く握り締め俯いた。
ヴァレンティン国民を含めた大移動は転移ゲートのお陰でスムーズに終えることができた。これも人口10万人という、前世からしたら考えられない程の少ない人口であるからこそ為せる業だ。(そもそもこの世界の人口自体少ない)
「久しぶりだね、ティーナ。
我が国、アミュールはヴァレンティン王国を歓迎するよ」
そう言うのはすっかり成長して、眩い美貌の青年になったシェリエール。
会うのは私がアミュール国へと訪問した時以来か。
文通は相変わらず続いているが、君に相応しい男になるまでは会えないとか謎の発言をして頑なに会おうとしなかった。
幼さは完全に消えて精悍な顔つきになっている。
「お久しぶりです、シェリエール様。
この度は寛大な援助をしていただき、感謝の気持ちが尽きません」
「そんなに畏まらなくていいよ。
気楽に、ここを自分の国だと思ってくれていいから。実際、将来そうなるかもしれないしね」
私を励ますための軽口が普段どおりで有り難かった。
「ほら、これでも食べて元気を出して」
差し出されたのは大福のようなもの。
前に私がアミュール国を訪問したときに前世でいう餡ともち米を見つけ、考案したお菓子だ。アミュール国でも好評らしい。
口にすると急に思い出したかのように空腹感を感じた。グレースは大丈夫かな。
ちゃんと食べてるかな、きちんと寝れてるかな、無事かな。
「……大丈夫だよ。あいつはかならず帰ってくる。だから君がするべきことは、あいつを信じてきちんと食べて、きちんと寝て、あいつが戻ってきた時に元気な姿を見せることだ」
シェリエールの言葉に我慢していた涙が抑えきれずに出てきてしまう。
私はシェリエールに優しく頭を撫でられながら、ボロボロと涙を流しながら大福を食べた。
「順調だな。敵は後退している」
「ええ……。そうですね」
私は今アロガンと共にノヴァルディとヴァレンティンの国境へと向かっている。
確かにヴァレンティン軍は撤退を図っているが、私はそこに少しの違和感を拭いきれずにいた。順調すぎるのだ。
相手はヴァレンティン軍だ。こうもあっさりと攻略できるものだろうか。
「アンジェリカ……身体は大丈夫か?」
「ええ……大丈夫です。
このまま突き進みましょう」
そうだ。私には止まっている時間はない。
私達はノヴァルディ軍と合流すべく、ペースを上げた。
最終決戦はすぐそこまで迫って来ている。




