オレにとっての光はあんただった
「………で?
今度はどうしたんだ?」
駆け込み寺に来ております。
リヒトさんいつもごめんね。
私は事の顛末を話すと、
「はあっ……!?き、き、キ……」
真っ赤になって仰け反ってしまいました。
リヒトさん、意外と初心なんですね。
「……それで?結局今まで以上に気まずくなってんのかよ?」
う……はい。そうなのです。
しかし今度は私の方が避けてしまっているのです。
「あー……で?
あんたはどう思ったんだよ。
そもそもあんたの気持ちはどうなんだよ」
「どうって……」
思い出すと赤くなってしまう。
「あーーーー、もう!
赤くなるな!
だから、嫌だったのか嫌じゃなかったのかって話だよ!」
「嫌、じゃない。
でも、なんか、そんなんじゃなくて…」
嫌なわけがない。
だってグレースは私の推しなのだから。
推しだからこそ、なんていうか、そんな簡単に私が触れてはいけないっていうか。
推しとは黙って合掌して尊ぶものなのだ。
「……いいか、嫌だったら拒否しろよ」
そう言って近づくリヒト。
その唇が重なりそうになる。
え、え、待って今これどんな状況!?
リヒト?リヒト!?
「….……これで分かっただろ」
私は咄嗟に手で私の口を塞いでいた。
リヒトは溜息をついて私の頭をグシャグシャと乱暴にかき乱す。
「……あんたはあの時嫌じゃなかったんだ。
これでもう答えは出ただろ」
「……リヒト、ありがとう」
「あいつなら自分の部屋にいると思うぞ」
私は立ち上がって走り出した。
分かっていたんだ、本当は。
右も左も分からないままこの世に生まれて。
貴方に会うことを目標に、心の支えにして生きてきた。
どこか寂しげなその瞳に、自分と重ねたのかもしれない。
強さの中に儚く崩れてしまいそうな危うさに惹かれたのかもしれない。
推しだと思っていたこの気持ちは、いつからか成長して私の一部になっていた。
拒否されるのが怖くて、推しだなんて言って自分の気持ちを誤魔化して。
グレースともきちんと向き合わないままで。
本当はその手で抱きしめて欲しかった。
その唇で私に触れて欲しかった。
この手であなたに触れたかった。
「グレースっ!!」
後先のことなんてちっとも考えてない。
後悔するかもしれない、それでも今伝えておきたい。
ねえ、遅くなっちゃったけど聞いてくれる?
自室にいたグレースの元を訪ねる。
「姫様、どうなさったのですか」
「私っ…!私はっ…!
私は貴方がとても大切なの!」
グレースは目を見開く。
「だから……だから……っ!
「愛しています」
この世界の言語によく似た別の言語ってあったかな?
今、私は何を言われた?
あいしてる、アイシテル、愛してる
………って、何だ!?
「……今はまだ、私には貴女の愛を乞う資格がありません。
……ですから少し、待っていて下さい。
貴女に相応しい男になったらもう一度誓わせて下さい」
……あれ?
私フラれて、気まずくてもこれまで通りよろしくねって言うパターンじゃなかったの!?
「え、っと、グレース?
こ、これは、つまり、ど、どういう…?」
混乱の極みに達した私はどもりが止まらない。そんな滑稽な私にもグレースは優しく微笑みかける。
「つまりですね……。
私も貴女が、大切なんですよ」
思考停止、思考停止。
そんな良い声のウィスパーヴォイスでクリティカルヒットを狙いに来ないで下さい。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、つまりは、
ええと…、とりあえず……。
推しから萌え殺されそうです!
去っていく背中を見つめる。
「はあ……」
その背中が遠くなっていく。
本当に、世話が焼ける二人だ。
「オレはお前に、姫様を傷付けたら許さないと言った筈だ」
今まで以上に挙動不審になってしまった姫様がいたたまれず、オレはグレースに警告した。なんだってこいつは状況を悪化させてるんだ。
「……これ以上そのハッキリしない態度を貫くならオレにも考えがある」
ともかくこの二人には話し合いが必要だ。
オレはグレースを部屋で待機させ、姫様に事情を聞いた。
……その事情は想像していたよりもずっと衝撃的なものだったが。
自分でも何故あんなことをしたのか。
きっと魔がさしたんだ。
オレだったらあんなに傷つけたりしない。
オレだったらもっと大切にするのに。
……分かっていた。分かってはいたんだ。
オレは姫様から親愛の情は感じるけど、その瞳に熱はこもってはいない。
もし、少しでも可能性があるならば、オレの方が幸せにしてあげられるならーー。
そう思って賭けに出た。
「……いいか、嫌だったら拒否しろよ」
しかし姫様からの反応は顕著だった。
「….……これで分かっただろ」
分かっていたことだった。
それでもなんだ、この身体の一部を引きちぎられるような痛みは。
オレはなんとか自然に見えるように歯を食いしばった。
「これでもう答えは出ただろ」
自分にも言い聞かせながら。
「黒ってね、どんな色にも負けない、一番強い色なのよ」
「私には、あなたが必要なの。
私に力を貸してくれる?」
あの時からオレの世界は色づいたんだ。
見事な洞察力、新たな視点で誰も思いつかなかったことを次々と成し遂げていく。
その反面無鉄砲で、どこか危なっかしい。
オレが傍で見守ってやれたら。
オレが涙を拭ってやれたら。
何度そう思ったか分からない。
でもそれはオレの仕事じゃないんだな。
オレが出来るのは遠くから見守ることだけ。
前髪をかき乱す手に知らず力が篭る。
好きだよ、姫様。
これからもずっとあんたが大切だ。
どんな顔も好きだったけど一番はやっぱり太陽みたいな笑顔かな。
「……じゃあ、私が名前を考えてあげる
……リヒト。光っていう意味よ」
オレにとっての光は姫様だった。




