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お父さんの小指

作者: 奈宮伊呂波

 私のお父さんは会社員です。そこらへんにいるサラリーマンの一人。失礼な話だけど、収入も平均的。でもお父さんは平日はもちろん土曜日も遅くまで帰ってきません。日曜日だって家にいる確率は二分の一に達するか達しないか微妙なところです。でも私は全然寂しくありません。平日や土曜日にはいつもお母さんがいるからです。なかなか家にはいないけど、でも私はお父さんが大好きです。私といる時はいつも優しい笑顔で、楽しそうに私と遊んでくれます。話しています。お仕事がお休みの日には、いつもどこかに連れて行ってくれます。遊園地、水族館、動物園、それに博物館や美術館にも連れて行ってくれます。あ、もちろんお母さんも一緒ですよ?


 ある日、お父さんとお母さんと公園に遊びに来ました。


「痛いっ!」


 あんまり走ると転んじゃうよ。というお父さんとお母さんの注意も無視して走り回っていると、私は転んじゃいました。公園だから走り回ってもいいじゃん。私が痛くて泣き止まないとき、お父さんは優しく言いました。


「こらこらあんまりはしゃぐんじゃないよ」


 そう言っても泣き止まない私に、少し悩んでからお父さんはこう言いました。


「いいか。痛くなった時や辛くなった時には、自分の小指を口にくわえるんだ。ちょっと噛んでも構わないよ」


「小指を?」


 私は少し泣き止んで、お父さんの言葉に耳を傾けました。


「そう。小指には自分を守ってくれる神様が住んでるんだよ。口にくわえてお願いするんだ」


「神様、口にくわえるの?」


「そうだよ。おばあちゃんが言ってたおまじないだから間違いないよ」


 変なおまじないだけどおばあちゃんが言ってるなら間違いない。と私は小指を口にくわえました。


「ああ、汚れちゃったから手を洗ってからにしようか」


 手を洗ってから。指をくわえると、お母さんは私を見て笑っていました。私も釣られて笑います。お父さんも私とお母さんを見て笑っていました。

 あれ、笑ってたら痛くなくなってる。お父さんすごい!


 それから私は、友達と喧嘩した時やけがをした時は小指を口にくわえるようになりました。そうすると不思議と落ち着くのです。友達に何で口に小指をくわえるの、と訊かれた時はおまじないだよと答えます。


 またある日、お母さんと一緒にお父さんのアルバムを見ていました。若いころのお父さんはかっこよかったです。将来はお父さんとけっこんする! と言いました。お母さんは「お父さんに言ってあげなさい」と笑っていました。

 しかし、アルバムを見ているうちにあれ? と思うことが増えてきました。それは昔のほうのページに行けば行くほど大きな違和感となりました。そして決定的な違いを発見することに私は成功しました。


「ねえねえお母さん。この時のお父さん何かあったの?」


 その写真を指差して、お母さんに訊いてみました。


「そうねえ。えっと、この写真はちょうど二年前の写真、今の会社に入って三年のころね。それがどうかしたの?」


「ううん。この写真ちょっと持っててもいい?」


 どうやらお母さんは私と同じような違和感は持っていないみたいです。だからお父さんに直接聞いてみることにしました。


「いいわよ」


 その日もお父さんの帰りは遅いものでした。いつもは寝てる時間だけど頑張って起きていました。どうしてもこの写真のことをお父さんに聞きたかったのです。


「おかえりなさい、あなた」


「おかえりお父さん!」


 お父さんが帰ってきました。でもどうしてでしょう。お父さんはいつも動物園や遊園地や公園に連れて行ってくれる時のお父さんとは別人のようでした。表情は強張っていて優しさなんてものは持ってない人にも見えました。ごめんなさい……。

 怖いお父さんは私を見ると、ふっと笑顔になりました。いつもの優しいお父さんです。安心した私はお父さんに勇気をもって聞いてみました。


「何でこの写真のお父さんは小指があるの?」


 それからしばらく後のことです。お父さんは永遠に家には帰ってこなくなりました。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして、ツイッターのRTから飛んできました!(∩´∀`∩) あ…ああぁ…!ってなりますね。 最初は暖かくていい家庭なんだなぁ、と思いながら読んでいたのですが、終わり方がぶっつり系で、…
[良い点] エッセイのような語り口調。 子供のモノローグ。気持ちのまま、優しい文体。 読み進めてみようかという気になる。 [気になる点] もう終わり?唐突で悲しい。 父さん元はやくざ?帰ってこなくなっ…
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