欠片一つ目。
あのあとはとても忙しかった。
バタバタと大慌てで旅の支度をして、一度寝て。
そして今。
さまざまなことをやり終えて、神殿を出て、しばらく歩いたところ。
振り向けば、今まで自分たちがずっといた神殿が、豆粒のように小さく見えて。
朝日の色を浴びた真っ白なそれは、静かに、いってらっしゃい、と送り出してくれている気がして、胸がツキン、と痛む。
「おい、置いていくぞ」
乱暴な声をかけられて私は慌てて数歩歩いてからもう一度振り返る。
今度帰ってくるのは、ルアディス・ウィションを完成させるとき。
欠片の集め方も、魂を代償にして元通りにするやり方も、すべて頭に詰め込んだ。あとは、実行するだけ。
次、あの場所に戻るのはいつになるんだろう。
わからない。だけど、だからこそ。
「行ってきます」
絶対、九人全員、無事に帰ってくるから。
そう、心の中で呟く。
「本当に置いていくぞ」
声のほうに目を向ければ、そこには機嫌がいいとは到底言えないような表情をしたヴィルさんがいて。
「……待っててくれたんですか?」
そんなはずない。
わかっているのにそう問いかければ、ヴィルさんにフン、と鼻を鳴らされる。
「お前になにかあれば俺たち騎士が責任を問われるんだ。置いていけるはずないだろ」
確かに、もっともだ。
「……ごめんなさい」
納得したので素直に謝る。
「どうでもいいから早く前歩け」
でも、その言い方はないと思う。
どうでもいいって……まあ、ヴィルさんにとってはどうでもいい存在なんでしょうけども。
「もっと言い方あるんじゃないの?」
私たちの前を歩いていたはずのトレイさんが、ふらりと私とヴィルさんの間に来る。
「たとえば?」
「うーん……。守りづらいから前を歩いてほしいんだよね、ヴィルは。それならとりあえず、どうでもいいっていうのはちょっとやめた方がいいんじゃないかな」
「……」
沈黙はどっちなのかわからないけれど、ヴィルさんはそのまま無言で私の後ろに行ってしまう。トレイさんが苦笑する。
「気にしないでっていうのは、ちょっと難しいかもしれないけど。でも、悪いやつではないから……説得力ないかもだけど」
「あはは……」
否定することも、肯定することもできず、とりあえず笑う。それが伝わったのか、トレイさんはさらに困ったように笑う。
「まあ、しょうがないよね。あんなにぼろくそ言われてたら。でも大丈夫、あいつは君のことは確実に守るよ」
私のこと、どうでもいいって言ってるのに、ですか? 裏切り者だって思っているのにですか?
思わず口から出かけた言葉を飲み込む。
私のことをどう思っていたって、彼らは騎士なのだ。
なにかあれば、命をかけて私たち歌姫を守る存在。
こんな、死の歌姫なんて呼ばれる私に、トレイさんも、ヴィルさんも、命をかけなきゃいけないんだ。
歌姫ということを除けばそこまでの価値がないのだから、あんなに言われても仕方がないのかもしれない。
そう思うと、どう返すのが正解なのかわからなくて黙ってしまう。
「……信用できない?」
その沈黙を、ヴィルさんのことを信用できていないからだと解釈したらしいトレイさんが、クスリと笑いながら訊いてくる。
「まだ数日前に会ったばかりなので、信用できるかどうかはわからないです。でも……」
とっくに前を歩いていると思ったら、すぐ傍にいて、私が前を歩くまで待っていてくれた。
私に前を歩かせたのは、守るためだと思う。……後ろから刺すためではないと思う。
「守ってくれようとしているのは、なんとなくわかります。……少し、恐いですけど」
最後、小声で呟けば、トレイさんはさらに笑う。
「そうだね、ちょっと怖いかもね」
つられて私も笑う。と、なにかが聞こえた。
その音にハッと足を止めて耳を澄ませる。
ゆったりと上がってくる朝日のように、明るくて、希望に満ち溢れていて、そして清らかで純粋。そんな音。
聞き慣れた、でもはるかに小さな音。
顔を上げれば、前を歩いていたエラとシスにも聞こえたみたいで。
私たちは顔を見合わせて頷き合う。
音が聞こえていない騎士たちは、首を傾げている。
それを視界の端で見つつ、さらに集中する。
どこから聞こえる音なんだろ……? あなたはどこにいるの……?
「なにか聞こえるのか?」
「ひゃっ!?」
音に集中していたものだから、すぐ真後ろからの突然の声に、変な声が出てしまう。思わず耳をふさいで振り向き、灰色の三白眼を睨む。
「急に話しかけないでください!」
「急にって――」
「欠片の音が聞こえるんです!」
なにかまだぶつぶつ言っているが、無視する。ついでに、驚いた表情をしてから吹き出したトレイさんも無視する。
「……あっちのほう、だね」
エラの言葉に私たちは頷く。私たちの視線の先にはところどころ木が生えている高原。場所がざっくりとでもわかったのなら早く見つけ出さないと。そのまま走りだそうとした私の腕を、待ちなさい! とエラが掴む。
「だって、早く行かないと――」
「昨日聞いたでしょ? なにかあったらいけない。お願いだから、せめて自分の騎士の人と行動して」
真剣なその表情に、私はなにも言えなくなって。チラリと振り向けば、トレイさんとヴィルさんと目が合う。
「行くんだろ?」
意外とあっさりとした言い方に驚く。そして、今はそんなときじゃない、と我に帰り、私は頷く。
エラもシスも自分の騎士に報告をする。
そして、再び私たちは耳を澄ませながら、一歩、また一歩、と音に近づいていく。
徐々に音が大きくなっていき、そして。
「見つけたわ」
音が一際大きくなったとき。エラは一度しゃがむと、なにかを手に取って立ち上がる。
そして、そっと握りしめた手を開くと、そこには橙色に透けた欠片が。
「ルアディス・ウィションの欠片だ……」
「よかった……」
いくつあるかはわからないけれど、でも、一つは見つけられた。しかも、思ったよりすぐに。
もしかすると、意外と早くすべて集まるかもしれない。
そう、思えた。




