私の女神様。
あれから三年が経った。
今日は私の七歳の誕生日。
つまり、例の試験の日。
結果を言えば、三人とも合格した。
だけど、ティアナが認めても、絶対に認めてほしい相手に認められない、なんてこともあるのだと思い知らされる。
「おめでとう。三人とも合格だ」
ティアナの言葉に、擦り傷だらけの私たちは、目を見開き、そして顔を合わせると微笑みあった。
息が上がっていて、とてもじゃないがはしゃぐことは出来ない。
無傷のティアナは、そんな私たちを見て優しく微笑みながら続ける。
「頑張った君たちには、これをあげる」
手を出すように促され、私たちは右手を差し出す。その手には、青い玉が一つ置かれた。
「これは……?」
「特別な武器。ちゃんと鍛えて、鍛えて、そしてその玉に認められて初めてそれは、武器に形を変えるんだ。……守りたい人や物を思い浮かべたら、強く握ってみて」
守りたい人や物……。
ニナたち家族に、お母さん、ティアナ、そして今目の前にいる双子たち。
皆の笑顔を思い浮かべて、ギュッと玉を握りしめる。
「……っ!?」
玉が熱を持ち、指の隙間から紫色の光が溢れ出す。驚いて声を出すまでの僅かな時間でそれは小振りのナイフに変わった。
「すごい……」
「ぼ、僕も変わった……! シスと同じ、ナイフだ!」
「あ、本当だ! リターナは……」
話を振って、あ、と口を塞いだが、もう遅い。
「なんで……」
右手の上に重ねられた小さな左手は、力いっぱい握りしめているのか、真っ白だ。
だけど、握られているはずの武器はなく。
恐らくその両手の中心には、青い玉がある。
「どうして?! 私だけ変わらないの?!」
丸い猫目からぽろぽろと涙を流すリターナ。
その手の上に、大きくてしっかりとした手が乗る。
「君は、その武器に認めてもらえなかったんだよ」
ハッとリターナが顔を上げる。
「あたし、一人になっちゃうの……?」
「リターナ……?」
なにを言い出すのか、と私は目を丸くする。
一人になるはずなんてない。
ここにはティアナが残るんだし、ニナたち家族だってここにいるんだから。
だけどヌドクは、リターナの言っている言葉の意味がわかったらしい。
「大丈夫だよ、リターナ。君だけ残して僕だけ死ぬ、なんてことはないから」
その言葉に私も、リターナの言葉の意味を理解した。
この世界で、親が片親だけ、もしくは両方いない、なんて珍しいことじゃない。
でもだからって、親がいないことに、なにも感じないわけではない。
思えば、二人がバラバラでいるところを、一度も見たことがなかった。
いつも一緒にいる二人を見て、仲がいいんだな、としか思っていなかったけれど、もしかしたらそれだけじゃないのかもしれない。
例えば、そう。唯一の本当の家族を、自分の目の届かない場所で失うのが怖かったから、とか。
だから、なのかもしれない。
離れたくないから。そのために必要だから武器を手にしようとした。
誰かを守るためじゃなくて。
守るために離れないことを選ぶわけじゃなく、離れないために守ることを選んだから、武器はリターナを認めなかったのかもしれない。
でも、今それを教えたところで、もしもリターナが考え方を変えたとしても、武器が認めてくれるとは思えない。
だから私は、口を閉じた。
「……それでも、あたし、行きたい。ヌドクとシスと一緒に、ルアディスに行きたい!!」
「リターナ」
「ティアナ、どうにかできないの?! 私、行きたいよ!!」
「どうしても?」
「どうしても!」
「ここで俺が止めたら?」
「ずっと前にあげたアンディス・ウィションの欠片を奪ってルアディスに行く!」
「そう……。もしもそれをすることで、自分が命を落としても?」
「もちろん!」
勢いよく頷くリターナに、ヌドクと私は慌てて首を横に振る。
「リターナ! 僕は嫌だよ! リターナが死ぬのも、痛い思いするのも僕は嫌だよ!」
「私だって嫌だよ? リターナ、そんなに軽々しく頷かないで!」
「二人とも、落ち着け。命は奪わないから。リターナ。もしも方法があるとしたら、どうする?」
「教えて!」
「教えはする。が、力づくだ。相応の物を失うと思えよ?」
「ティアナ、命はなしだからな!」
ティアナの言葉に、ヌドクがそう言えば、わかってる、とティアナは頷く。
「リターナ、そのまま玉に力を籠めろ。俺も上から力を籠める。多少痛くても、我慢しろよ?」
「結局リターナに痛い思いさせるんじゃないか!」
「ヌドクうるさい、お前は黙ってろ」
「認められなかったんなら、留守番でいいじゃんか!」
「その結果として、アンディス・ウィションを無理矢理奪いに来たリターナを、俺が殺すことになっても?」
「……っ」
「嘘だよね? いくらなんでも殺さないよね、ティアナ……」
ティアナは、冷たく笑う。
「二人とも忘れてるかもしれないけれど、俺はもともと騎士だからね。守るべきもののために必要なら、どれだけ大切な人でも殺すよ」
つうっと冷たい刃物で背筋をなぞられたような気がした。
何も言えなくなった私たちを見て、ティアナはいつも通りの柔らかな笑みを浮かべる。
「でも、まあ、安心して。今回のは、命を奪うことはないから。リターナ、行くよ?」
「う、うん!」
二人の手に力がこもるのが見える。
リターナの顔がくしゃくしゃになる。
ティアナの眉間にしわが寄る。
そして。
「あ……!」
紫色の光。
それが消えれば、そこには私たちと同じような形のナイフがあって。
「……まあ、うん。一番想像しやすいものになるよね。三人仲良くナイフか」
ティアナがどこか呆れたように笑う。
「……あたし、なにを失うの?」
リターナの問いに、ティアナは肩をすくめてみせる。
「失うものは人それぞれだからな。わからない、としか。とりあえず、命ではないから、安心しなよ」
「わかった……」
どこか不安そうに頷くリターナに、私の胸はざわざわとざわついた。
*
あれから、私たちは計画通りにルアディスへ移動した。
リターナとヌドクは、順調に進めば、ティアナと共にタウファという人がいるファルンについているはずだ。
その場に着き次第、リターナとヌドクの持っている石を回収して、ティアナはアンディスに戻る。
そしてこれからは、ルアディスとアンディスを行き来しながら、アンディスの民をルアディスへと連れていくことになる、はず。
リターナとヌドクはそこでタウファという人に出会い、事情を説明して、巧く行けばそこでルアディスでの騎士になるために、訓練を受けることになる、はず。
私は、一人で神殿のそばに移動した。
そこで私は予定通り、女神に拾われた。
なにもかも、予定通りに進むと思っていた。
*
他の国にも歌を届けるため。
そんな名目で訪れたファルン。
そこで私はリターナとヌドクと久しぶりに再会し、二人の紹介で、私とそっくりの髪をした男の子と出会った。
「初めまして。俺の名前はトレイ。トレイ・ブラウズって言います」
「初めまして、シス・クォルテです」
「二人から、シスちゃんのことは聞いているよ。僕は、お母さんが向こうにいるんだ」
彼、トレイさんのお母さんは、不倫を疑われて口論の末、トレイさんのお父さんを殺してしまったらしい。それが原因で、アンディスに送られてしまったのだ。
お母さんを取り戻す方法を探すために、トレイさんはアーニストの間を渡り歩いているらしい。
だから、アーニストとの繋がりが欲しいのなら協力すると言ってくれた。
それは心強いと思い、私はすぐに頷いた。そんな私に、トレイさんは笑った。もう少し疑う心を持ったほうがいいよ、とも。
「それにしても、シスちゃん、その髪の色で苦労してない?」
「してないように見えますか?」
質問に質問で返せば、見えないね、と返ってくる。
「トレイさんは?」
「俺? 俺は、今の親がタウファさんだからさ。誰も髪の色については突っ込んでこないかな」
「そう、なんだ」
少しだけ、いいな、と思ったのは気のせいだ、きっと。
「歌姫の外見は、自分の母親と、女神に似るようになってるって聞いたことがある。人間のような形を模すために、モデルにしているんだって。女神様の髪の毛は白くないから、お母さんと同じ色なの?」
「うん」
私のお母さんも、私と同じ、白銀の髪の毛だ。
「そう……そっか、そうなんだね。お母さんを、恨まないでね……?」
「恨まないよ」
どうしてお母さんのことを恨まないといけないのか。
お母さんは私を命がけで生んでくれた。
その話は、何度もいろんな人から聞いてきた。
それなのに恨むなんてこと、できない。できるはずがない。
結局そのあとは、作戦の打ち合わせをして、わかれた。
*
殴られることも、蹴られることも、すぐになれると思っていた。
ルアディスでは殺しは罪なのだとティアナから聞いていた。
だから、作戦の邪魔をする人以外はむやみやたらに殺すな、と。
反撃をせず、じっと堪えていた。
痛かった。苦しかった。
気を失うまで暴力を振るわれ続けたこともあった。
じりじりと精神をすり減らされて行って。
ああ、このままだと殺してしまうかもしれない。
そう思ったとき、歌が聞こえた。
この歌声を、私はここに来てから毎朝きいていた。
初めて聞いたときに、こんなにも温かくて柔らかくて、太陽という言葉が似合う歌声があるのかと感動した歌声。
気づけば頬を涙が伝っていたような、そんな優しさに満ち溢れた歌声。
その歌声が、ぞっとするほど無邪気に流れ、私を殴っていた人が、物の数秒で白目をむいて倒れた。
振り向けば、真っ青な顔をした、あの歌声の主がいて。
私は守られたのだと気付いた。
圧倒的な、それこそ、女神という言葉がぴったりな歌声は、私を守ったのだ。
その真っ青な顔からは、殺したかったわけではないことがみてとれる。
人の命を奪えるほどの力を持った歌姫。
聞いた人を包み込むような歌声。
そしてなにより、彼女は愛されていた。少なくとも、この前までは。
すれ違った人からは、頭を撫でられたり、お菓子類を与えられたりしていた。
みんな、笑顔なのだ。
彼女の前では、神官も女神も歌姫も民も。
きっと女神には、彼女が向いている。
なんとなく思っていたことは、この瞬間、確信になった。
今の女神が、私を使ってわざとアンディスとルアディスがぶつかるようにしていることを知っているからかもしれない。
想像していた優しい女神。そう、たとえば、自分の目標のためなら人の命を何とも思わない、そんな冷酷な人じゃなくて。
助けたそうにしていてもなにも手を出さない人でもなくて。
温かさに満ちていて、こんな、他人に暴力を振るってなんとも思わない輩の命を奪ったことをすさまじく後悔するような、そんな人。
ああ、この人が女神だ。
きっとこの人なら、アンディスの民からも、ルアディスの民からも愛される、女神になれる。
ほとんど直感のそれは、でもきっと間違っていないと、私は信じて疑わない。
「私は絶対に、あなたを女神にしてみせる」
そう、彼女に伝えた。
だけどそれは容易ではなかったのだと思い知る。
私を女神にするためにここに来た双子は、きっと嫌がるだろう。
それになにより、彼女が愛していた民たちは、人一人を殺したと言うだけで掌を返したように冷たくなった。
これじゃいけない。
彼女は愛されるべき人なのに。
どうすればいいんだろう。
考えて、考えて。
まずは私が民に愛されるしかないと気付いた。
民に愛されて、そして、大事な瞬間に民を裏切ろう。
そのとききっと、あの子なら、ホロなら、民が望むことをしてくれるはずだ。
そうして私は髪の毛を染めた。
すべては、民に愛されるために、ホロを女神にするために。




