女の子でいられた日。
私はよく走り回る子だった。
同じくらいの年の子たち数人と、ずっと動き回って、素っ転んでも立ち上がってまたはしゃぐ。
そんな性格だった。
自分と一つ違うだけの、リターナとヌドクとも、そんな関係だった。
ずっとはしゃいで、遊んで。
親が片方だけの子供なんて、珍しくなかった。
私はお母さんだけだし、リターナとヌドクに至っては、生んですぐに亡くなってしまったようで、両親はいなかった。
それも、珍しいことじゃない。
守ってくれる人がいない子供が殺されることも、見ず知らずの大人に家族として育てられることも、珍しくない。
一緒に暮らしている人は味方。
それ以外は、注意しなければならない人。
それが、アンディスに暮らし始めてすぐ、もしくは物心がついてすぐに教えられることだ。
「あ、ティアナ見つけた!」
リターナの言葉に、私たちはその小さな指がさす方向を振り向く。
そこにはクシャッとした黒髪が特徴的な男性が、困ったように笑ってこちらを見ている。
男性、ティアナは私たちにとってお兄ちゃんのような存在で、暇なときはよく遊んでくれる。
今も暇だったみたいで、頭を掻きながらこちらに歩いてくる。
「リターナは目がいいなあ」
「だってティアナ、白い服で目立つんだもん!」
リターナの言う通り、ティアナの白い服は黒い空の下を照らしてくれる光石の光に反射して、目立っている。
「白い服が好きだからな」
「へー」
「ふーん」
「お前らなあ……」
双子の反応に、ティアナは苦笑を浮かべる。
「ね、ね、ティアナ! ティアナって騎士だったって本当?」
光石のようにキラキラとした瞳でティアナを見上げる。
ティアナは苦い笑みを浮かべる。
「リターナ。あんまりその話はしないでほしいなぁ」
「えー? ニナが言ってたよ、裏切られて可哀想にーって」
「誰が言ったのかと思えば……。ニナは本当、おしゃべりだな」
小さくため息を零すティアナ。
リターナは首を傾げる。
「色んなこと教えてくれるよ?」
「余計なことも教えてるみたいだけどね」
「ティアナが騎士だったってこと?」
「うん」
「ねえティアナ。騎士ってなに?」
ずっと黙っていたヌドクが口を開く。
ティアナはもう一度ため息を吐くと、私たちに座るように言って自分もその場に腰を下ろす。
「……三人は、歌姫や女神について、知ってるかな」
「知ってるよ。ルアディスの人たちを、歌で生かしている人たちのことだよね」
ルアディスの人は、アンディスに住んでいる人のことを良く思っていない、と教えられている。
ここにいる人のほとんどは、もともとルアディスに住んでいた人たちなのに。
新しく私たちの家族になる人は、皆なぜかいつも傷だらけだった。
ここに来る人は皆、罪を犯してやってくる、とお母さんに言われた。
人を殺めてしまった人が来るのだと。
だけど本当は、ほとんどの人が罪を擦り付けられた人なんだと。
お母さんも、そうなの?
そう問いかけると、決まってお母さんは、寂しそうにほほ笑んで答えてくれない。
「そうだね。その人たちを守るのが、騎士の仕事」
「じゃあ、ティアナも歌姫と女神を守ってたの?」
「守ってたよ。だけど俺、天才だったからさ。頭もよかった。神官、はわかる?」
私たちは首をフルフルと横に振る。
「神官っていうのは、歌姫と女神の身の回りのお世話をしたり、罪を裁いたりする人のこと。あとは、罪を犯した人をルアディスからアンディスに連れてくるのも、大きなくくりで言えば神官の仕事かな」
「もしかして、ティアナ、神官だったの?」
「正しくは、神官でもあった、かな。本業は騎士だよ、あくまでも。ただ、そういう風に神官も、騎士もってするのってほとんどないことだったから。嫌がらせも受けた」
「嫌がらせ?」
「ティアナ、傷つけられたの?」
「殴られたの?」
「蹴られたの?」
「痛かった?」
「苦しかった?」
「双子よ。そんなに俺のこと虐めたいか?」
「だってティアナが嫌がらせを受けてるところ、想像できないんだもん。ね、ヌドク」
「ね、リターナ」
二人の言葉に、ティアナは苦笑する。
「まあそんなわけで、罠にはめられて人殺しに仕立て上げられて今に至る感じかな」
「裏切られてって」
「騙されたってことなの?」
「そういうこと」
すると双子がお互いに頷き合う。そして私を見る。察した私も頷いて、私たちはほとんど同時に立ち上がって、ティアナに駆け寄った。
そしてそのまま抱きしめる。
「ちょ――」
「いい子いい子」
「痛いの痛いの飛んでいけー」
「私たちはティアナのこと、大好きだよ」
「……あー、はいはい。ありがとうございます!」
やけになったように大声を出すティアナ。だけど、その耳は赤くて。
「照れてる」
「照れてるね」
「ティアナが照れている」
「……お前らうるさい」
どこか拗ねたような口調に、私たちは笑ってしまった。
私たちの遊び場は、守ってくれる大人の目が届くところだ。
大人の目が届かないところへ行ってしまった子がもう一度私たちのもとに戻ってきたことはない。
よその家族になったのか、それとももうこの世にはいないのか。きっと、後者。
それがわかるからこそ、少しでも年が上の子は、下の子がどこかへ行ってしまわないように注意をするし、下の子も気を付けて遊ぶ。
ちゃんとルールを守ってさえいれば、平和だから。
そんな日々が、ずっと続くと思っていた。
*
「シス。あなたはね、ティアナのおかげで生まれてこれたのよ」
事あるごとに、お母さんはいつもそう話す。
「ティアナがね、私のお腹を切ってね。そこからあなたを取り出したの。ティアナがいなかったら、あなたも私も、生きていなかったわ」
お母さん曰く、それまで、もとは女神や歌姫に仕えていたティアナのことをよく思っていなかった人が多かった。けれども、その一件以来、ちょっとずつ皆からの接し方が変わっていって。
リターナとヌドクが生まれるときにも出産を手伝ったことから、皆からの信頼を得たのだと言われた。
他にも、病気になった人を看たりだとか、怪我を治療したりだとか。
ティアナは、私たち家族にとって、なくてはならない存在になっていた。
いろんな人から頼られるティアナは、うらやましくて。
いつか自分も、ティアナみたいに皆の役に立てるようになりたいな、なんて思っていたりする。
そんなある日のことだった。
私の生活が変わったのは。
私はその日、四歳の誕生日を迎えた。




