裏切りはすぐそこに。
「……」
「……」
声が、聞こえる。
誰かわからないけど、二人分の声が。
フゥッと上昇していく意識に、ああ、自分は寝ていたんだと気付く。
目を開きかけたとき、ここで聞くはずのない声が耳に入り、私は慌てて寝ているふりをする。
「どうしてまだ愛の歌姫が生きてるんですか!」
苛立った声。
ヌドクさんの声だ。
そして。
「しょうがないでしょうに。チャンスを伺ってるけども、なかなか隙がないんだから」
それは、驚くほど冷たい、トレイさんの声だった。
どういうこと?
頭の中が、グルグルと回り始める。
「僕たちの女神様からの指示ですよね、トレイがその歌姫を殺すのは!」
「もう一人の歌姫の寿命が怪しい。贄にする前にそっちが死んでしまったら、贄になる歌姫がいなくなるよ」
「……本当にあなたは! ああいえばこういう!」
「しょうがないよね、今に始まったわけじゃないんだから、この性格」
壁を蹴る音。
「だから嫌だったんですよ! あなたに愛の歌姫の見張りをさせるのは! あなたたちは似てるんですよ! 似すぎて、自分と重ねすぎて、あなたは絶対に手を下せなくなるから!」
「ヌドクったら、思いの外俺のこと、見ててくれたんだね」
「気持ち悪いこと言わないでください! あなた、愛の歌姫の家族をどこへやったんですか!」
私の家族……?
「さあ? 俺に訊かれても」
「とぼけないでください! 変な気を起こされてもめんどうなんで、アーニストの、罪人の親だからという名目で殺そうと思ったら、どこにもいないじゃないですか!」
「逃げたのかな?」
もしかして。
私に家族のことを聞いたのは、私の家族を逃がすため?
でも、どうして。
「早くこの計画を終わらせて、武器を手放さないと、リターナの記憶、なくなるかもしれないんですよ!?」
「……自分に素質がないことを理解して、その上で球を扱うことを決めたのは、リターナ自身でしょ。その決意を、君は、尊重してあげないの? リターナのお兄さんなのに?」
「尊重することばかりが、相手を大事にしていることと等しくはならないでしょう! 自分が何者かわからなくならないために、アーニストとして動くときと、騎士として動くときとで名前の呼び方を変えて、なんとか自分を失わないように気を付けて。知ってますか? もう、今のリターナは、毎朝僕がちゃんと双子の兄妹だと言わないと、自分たちが双子だってこと、知らないんですよ!?」
「俺の妹は、兄がいることを知らないけどね」
「……っ、もういいです!」
「はいはい。カリカリしすぎてドジ踏まないようにね」
「早く殺してくださいよ!」
「あー、はいはい。ほら、早く行きなよ。歌姫さん起きちゃうから」
違う。
これ、たぶん、ばれてる。
そう思いながらも、私は寝ているふりを続行する。
乱暴な足音が遠ざかっていって、外へ出たのか、やがて完全に聞こえなくなる。
すると今度は、それとは別の足音が私に近づいてくる。
その足音は隣まで来ると止まる。
衣擦れの音。
しゃがみこむ気配。
「ごめんね、騒がしくて。でも、寝てるふりしててくれてよかった。たぶん、起きてたら殺さざるを得なかったから」
「……やっぱりばれてたんですね」
「いや、今の割と賭けだったんだけど、やっぱり起きてたんだ?」
私は起き上がると、トレイさんを睨む。
「ごめんごめん」
「……どうして嘘、吐いたんですか?」
「それは、どの嘘を指してるのかな?」
その言葉に、その冷たい目に、貼り付けた薄い仮面の上の笑みに、胸が刺される。
つまりは、今まで私にかけてくれた言葉も、関係も、その中に嘘が沢山入っていたというわけだから。
「……ヌドクさんに」
「ヌドク?」
私は頷く。
「殺す隙がなかったって。私、隙だらけでしたよね。記憶を失ったときも、そのあとも。なんで殺さなかったんですか、トレイさん」
トレイさんは、一度口を開きかけて、そして閉じると、小さく首を横に振る。
そしてあの、儚い笑みを浮かべる。
「君の思いたい答えでいいよ、歌姫さん」
私たちは、目をそらす。
そして、視線は交わることはなかった。




