女神様からの手紙。
「そういえば、女神様からの手紙、ヴィルから預かってたんだ」
「はい?」
いや、うっかりだよねー、なんて笑いながらトレイさんは懐から一通の封筒を出して、私に手渡す。
「忘れてたの?」
「ちょっとドタバタしててね。こっちに戻ってきたときに、ヴィルから渡しておいてって言われたんだ」
「そう……」
ヴィルさんが直接渡しに来なかったのは、この場所が伏せられているからということと、女神様からの手紙を、誰が敵か味方かわからない状況で、託せる人間がトレイさんしかいなかったからだろう。
あとは、ホロから離れるわけにはいかなかったから、かな。
「開けてみたら?」
「うん……」
女神様からの手紙。
そんなの、初めてだ。
緊張しつつも、封を切る。
そして、中に入っている、三つ折りにされた数枚の紙を、読んでいく。
それは、幼い頃の私の疑問と、歌姫の人数を知ったときのヴィルさんの疑問。
その二つにこたえるような内容だった。
女神様は、知っていたのだ。
アンディスの女神が誰なのか。
アンディスの女神は、シスだった。
今から十五年前。
夫を殺した罪でアンディスに落とされた女性がいた。
その女性から生まれたのが、シスだった。
女神様は、シスが無事に生まれる可能性は低いと感じながらも、一人の神官を、アンディスへと送った。
その神官は、私のお母さんが私を生むときに立ち会った方で、いろんな学問や武道に詳しい方だった。
テアナというその神官は、私が幼い頃、よく相手をしてくれた青年だった。確かに、急に姿を消した覚えがある。
それでもやっぱり不安だった女神様は、彼女が歌姫として騎士が迎えに来るまでの間、親しくしてくれていた友人を思い出し、その友人を訪ねた。
久しぶりに会った友人は、とても病弱になっていたらしい。
事情を話せば、彼女は快く引き受けてくれたと言う。……自分の身に歌姫を宿すことを。
そうしてその友人から生まれたのが、ホロだった。
本当は、ホロが五歳になるまで、騎士をむかわせることはしないつもりだったらしい。
だけど、ウィションが危ういことに気付き、女神様は、ホロが三歳のとき、ホロを連れてくることを決めた。
このとき、シスと、テアナとは、連絡がつかない状況だったようだ。
そうして二人の歌姫を育てていた矢先、シスが二人のアンディスの民を連れて現われたのだと言う。
誰のもとに、とは書かれていないけれど。
シスが何をする気かも、アンディスの民を何故連れてきたのかも、女神様は知っていた。
知ったうえで、ある意味野放しにしたのは、以前女神様が言っていた、賭けのためなんだろう。
もしかしたら、この代でルアディスもアンディスも、すべてが滅びることを、覚悟していたのかもしれない。
最後には、自分勝手な女神でごめんなさい、と言う言葉と、うっかり見過ごしてしまいそうなほど微かな文字で、女神にはあなたがなってください、と書かれていた。
*
「なにが書かれていたの?」
トレイさんからの問いかけに、私はどこまで答えていいのか迷う。
少し悩んでから、私は、秘密だと答えた。
――もしも実の妹が、敵として目の前に現われたら、あなたはどうしますか?
ふと、あのときのみこんだ質問が頭の中をめぐる。
きっと、シスがトレイさんの妹だ。
二人のアンディスの民というのは、きっとヌドクさんとリターナさん。
あの質問が、現実になってしまった。
私は、シスと対峙することができるんだろうか。
初めて会ったときとは比べ物にならないくらい、明るい目をするようになったシス。
優しい子だった。
そして、もろくて、でも芯はすごく強くて。
ただ、なにかを支えにしていないと、あっけなく折れてしまいそうな、危うい感じはあったけども。
シスは今、どうしているんだろう。
アンディスへ行って、なにをしているんだろう。
あの子は……どれだけ心細い気持ちでいたんだろう。
あのとき暗い目をしていたのは、髪や瞳のせいじゃない。
あのあと、ホロが人を殺めてしまうまで、あの子はどれだけルアディスの民を憎く思っただろう。
もしかしたら、まだ憎いのかもしれない。
傷ついて、苦しんで。
私はなにも知らなかった。
知りたかった。
ホロのことも、シスのことも。
もう少し早く知りたかった。
そしたら、なにかを変えられたのかもしれない。
――女神にはあなたがなってください。
それはつまり、二人のことを背負ったまま、そして片方を代償として生きていけと、そういうことだった。
どうして女神様が私を選ぶのか。
私は、どこまでも平凡で、歌の力だって、二人よりも劣っているのに。
どうして私は、歌姫なんだろう。




