儚い笑顔。
久しぶりに泣いてから、私はなんだかとてもすっきりしていた。
「トレイさん」
「トレイ、でしょ」
即座に返ってきた言葉に、ムッとする。
「トレイ。私、あなたのことを信じることにします」
「ってことはエラちゃん、俺のことずっと疑ってたんだ? ひどーい」
「この状況下でだれよりも怪しいのはあなただと思うんですけど……」
「ハハッ、まあね。で、どういう心の変化なの?」
トレイさんが首を傾げる。
「いつでも私を殺せたのに、殺さなかったこと」
「ただチャンスを伺ってるだけかもよ? それか、信用した瞬間に……とか」
トレイさんは言いながら、自分の首の前で手をスッと横に動かす。
「まあ、そうだったとしたら、信じた私が悪いんです。ただ、私は欠片を元に戻すつもりなので、それまでは待ってもらえると助かります」
「うん、それ、殺すまでもなく君死んでるよね」
「確かに、そうですよね。それとあと」
「まだあるの?」
「あなたはなんだか、落ち着きます。二人と一緒にいるときとはまた違う意味で」
そう。
よくわからないけれど、なんとなくトレイさんの傍は落ち着く。
もしかしたら、記憶を失っていたあのときに、優しくしてもらったからかもしれないけれど。
「そう。それは……よかった」
どこか複雑そうな笑みを浮かべたトレイさんに、私は首を傾げる。
「トレイさん?」
「ん?」
「いや……なにか私、まずいこといいましたか?」
「あー……、俺、変な顔してた?」
「思いっきり」
「酷い」
ケラケラとトレイさんは笑う。
「ちょっと色々考えてただけ。あと、トレイさんじゃなくて、トレイね」
「慣れないですよ」
「十二歳の黄身は迷うことなく俺のことトレイって呼んでたけどね。あ、あと敬語禁止ね」
「流石にそれは」
「いいよ、俺が許す」
「なに様ですか、あなた」
柵越しに二人で顔を見合わせて、思わず笑う。
「エラちゃんずっと笑ってたらいいのに」
「なんでですか」
「敬語禁止」
「なんで?」
「女の子は、笑顔のほうが可愛いから」
「……私は女の子である以前に、歌姫だから。可愛くなくていい」
私の言葉に、トレイさんはふーん、と反応する。
「俺は逆でもいいと思うけどな」
「逆?」
「歌姫である以前に女の子」
なんだかトレイさんらしい言葉に、私は小さくため息を吐く。
そして、じっとトレイさんを看る。
「なに? 俺のかっこよさに気付いた?」
「その口縫いますか?」
「敬語ー」
「よし、縫おう、今すぐ縫おう」
「いやん、痛いことはよして」
「気色悪……」
自分のことを抱きしめて言うトレイさんに、思わずそう返すと、トレイさんはまた笑う。
どこか心とは違う……例えるのなら、薄い仮面をつけて笑っているようなトレイさんに、胸が少しだけ痛む。
「……トレイって、なんだかんだ気を遣ってるよね」
「ほら、俺紳士だから」
「あんまり気を遣いすぎてると、壊れるよ」
「ハハッ、そりゃどうも」
会話の中で、少しだけ距離を取られた気がした。
身体の距離は変わっていないのに。
それがなんだか悲しくて。
思わず手を伸ばして、トレイさんの頭をクシャっと撫でる。
トレイさんは少し驚いたような表情で私を見る。
「私相手じゃなくてもいいから、……弱音くらい、吐きなよ」
私の言葉に、トレイさんは目をパチクリとさせる。
それを何度か繰り返したあと、いきなり噴き出した。
「ちょっと、私変なこと言ったつもりないんですけど」
「いやあ、十二歳の頃はあんなに素直だったのに二十歳になってからなんとか意地を張って自分を保ってたような子が、こんなこと言うんだなあって」
「流石に怒るわよ……」
「冗談だって。まあ、せっかくの歌姫様からのお言葉だし? 遠慮なく甘えさせてもらおうかな」
そう言って、トレイさんは自分の頭を撫でている私の手を取ると、クイクイと自分のほうへ引っ張る。
私は左足を引きずるようにして、座ったままなんとか移動して、柵にもたれかかる。
するとトレイさんも、私に合わせるようにして、柵にもたれかかった。
頭が、コツンと音を立てて、少しだけ、身体が触れ合ってるような、触れ合っていないような、そんな微妙な距離。
「……」
「……」
「え、これでいいの?」
「うん、これでいいの」
すぐ耳元で聞こえた声は、すごく柔らかくて、優しくて、なのにどこか寂しそうで。
解こうと思えばすぐにほどけるくらいの力で握られている手を、思わずギュッと握り返した。




