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その歌姫の歌う歌は。  作者: 奔埜しおり
愛を歌う歌姫。
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私は私。

残酷描写があります。

エラが痛い目にあっています。

苦手な方はご注意。

 朝が来た。

 番人は、トレイから別の男の人に代わっている。

 トレイは昨日、ずっと頭を撫でてくれていた。

 優しい手で。

 子ども扱いされている気がしない、と言えば嘘になるけれど。

 すごく、安心できた。

 二十歳の私は、ホロやシスちゃんに、あんな風に接することはできているんだろうか。

 そんなことを考えて、フルフルと首を横に振る。

 今は、考えているときじゃない。

 歌姫として、歌を歌わないと。

 息を吸う。

 そして、聞こえてくる旋律に乗せようとして――音がのどに詰まる。

 声が出ない。

 のどが絞まっている。

 たぶん、これは、怖いから?

 また暴力を振るわれることが?

 うん、きっとそう。

 だって、歌姫は暴力を振るわれるはず、ないんだから。

 私は、歌姫じゃない?

 いやでも、歌姫の印はある。


 だから私は歌姫で。

 だから私は歌わないといけなくて。

 だから私は、歌ったことで暴力を振るわれるなんてこと、ありえないわけで。


 どれだけ歌声を出そうとしても、のどがそれを止めていて。

 とても苦しい。

 どうしよう。

 どうしたらいいんだろう。

 私、私は――。


「歌姫さんやあ、今日は歌わないのかい?」

「ひっ」

 ニタアッと笑った番人が近づいてきて、私の顔を柵越しに覗き込む。

 怖い。

 変なことを答えたら、なにをされるのか想像ができなくて。

 なにも答えられない。

 震える身体を、必死に自分の腕で抱く。

「歌わないのなら、その印は、いらねえよなあ……?」

「え……?」

 言葉の意味を理解するよりも先に、鍵の開く音がして。

 番人が柵のこちら側に入ってきた。

「な、なんで――つあっ!!」

 思いっきり左足首を引っ張られて、私はその場にひっくり返る。

 盛大に頭を打つ。同時に勢いよく懐から袋飛び出す。その袋の中から、燃えるように真っ赤な二つの球が転がり出る。球はゴロゴロと転がり、壁に跳ね返って、少ししてから動きを止めた。

 男は、私に背を向けるように、私のお腹の上に乗る。

 そしておもむろに刃物を取り出すと、振りかぶって――。

「――――……っ!!」

 言葉になんてならなかった。

 左足首刺さった刃物は、そのままその中を進み、そして、刃物の上に乗っているそれを地面に落とす。

 それを、何度も、何度も繰り返される。

 痛い。

 痛い。

 痛い。

 助けて。

 苦しい。

 燃えるように痛い。


 あれ、こんなこと、前にも、あった……?


 ふっとなにかが頭の中で閃く。

 響くのは、男女二人の笑い声。



「なんかさ。死の歌姫、熱出したよね」

 シスに用事があって、宿の中をうろうろとしていたときだった。

 そんな声が聞こえてきたのは。

 その声は、物置として使われている部屋から聞こえてきた。

 いつもだったらきっと、なにか話し声が聞こえてきても、私は無視をしただろう。

 だけど、そのときは、その声に不穏ななにかを感じて、思わず足を止めてしまったのだ。

「そのまま死んでくれれば、相手にする人数減るから楽になるよねー」

 女の子の声。

 この声は、リターナさん?

 どうして……。

「まーね。目的の最終段階まで来たとき、ルアディスの歌姫は一人残ってればいいだけだからね」

 この声はヌドクさんだ。

 なんでこんなことを……?

「でさ」

 ふっと声色が変わる。

 あ、と思ったときには目の前のドアが開いて。

「いつまでそこできいてるのかなあ、愛の歌姫さん?」

 猫目の女の子が、ニッコリと微笑む。

「私は――」

「立ち話もなんですから、中に入りません?」

 拒否する暇も、逃げる暇もなかった。

 腕をグイッと引っ張られて、見た目からは想像できないような力強さに、私はそのまま部屋の中に入った。

「なにを話していたんですか」

 見つかってしまったのなら、しょうがない。

 それなら、あの二人が危険な目に合わないようになんとかしないといけない。

「やだなー。もうわかってるんでしょー? 愛の歌姫さん」

「そうそう。僕たち二人とも、アーニストなんだってこ・と」

 クスクスと二人が笑う。

 おかしい。

 ばれたらまずいのは、二人のはずなのに。

「ヌドク、違うよ。リターナたちはアンディス出身なんだから、アーニストではないってば」

「でも、ルアディスにいる以上、今はアンディス側のルアディスの民としているから、アーニストでしょ、リターナ」

「あっ、確かに!」

 キャハハッとリターナさんが笑う。

 寒気がする。

 静かな圧力に、息ができない。

「でも、二人とも印は……」

「ないよ?」

「なら――」

「当たり前ですよ、愛の歌姫さん。僕たちはアンディスで生まれたんです。印は、落とされるときにしか付けられません」

 思わず目を丸くした。

 そうか、印は、落とすときにつけるものだ。

 だから、そこで生まれた人にはつけようがない。

「で、愛の歌姫さんは僕たちの話を聞いて、どうするつもりだったんですか?」

「どうするって――」

「変なことしでかしたら、仲間を皆殺すよ?」

 リターナさんが笑う。

「そうそう。あなたの大事な大事な妹さんは、どんなふうに泣くんだろうなあ……」

 ヌドクさんが、笑う。

「やめてください!」

「じゃあ、僕達のこと、誰にも言わない?」

 誰にも?

 もしもこの二人がなにかをするつもりなら、絶対に私達にとって悪いことになる。

 それを阻止するためには、二人がアーニストだと知っている少しでも仲間が欲しい。

 だけど、恐らく誰かにそのことを言えば、シスとホロが殺される。

 それは駄目だ。

 それに第一、この二人がアーニストだと言ったところで、その証拠がない。

「無言ですか?」

「なら、しょうがないよね? ね、ヌドク……?」

「そうだね、リターナ」

「え」

 気づけばヌドクさんに押し倒されていた。

 よいしょ、と声を上げてリターナさんが私のお腹の上に乗る。

「なにを――」

「暴れたら二人を殺しますよ」

 ヌドクさんの一言に、動きが止まる。

「愛の歌姫さんが悩んでるみたいだから、すこーし後押ししてあげようかなって」

 左足首を握られる。

 そのまま上に。

 そして、冷たいなにかが当たって――。

「ちょっとごめんなさいね」

 ヌドクさんが私の口に布を詰める。

 そしてその上からさらに布を重ねる。

 抵抗したら、二人が殺される。

 だから私は、抵抗なんてできない。

「えいっ!」

 可愛らしい声に合わないくらいの力強さで、冷たいなにかが足に食い込む。瞬間、鋭い痛みが走る。

「――――……っ!!」

 悲鳴はすべて、布に吸い込まれる。

 痛い。

 痛い。

 痛い。

 助けて。

 苦しい。

 燃えるように痛い。

 少ししてリターナさんがなにかを抜く。

 そして少しすると、ぐったりとした私の目の前に、そのなにかを出してくる。

 それは、資料で何度か見たことがある、アンディスの民の印をつける道具だった。

「これで愛の歌姫さんは、アンディスの民の仲間入りだね。ま、アンディスの人たちが愛の歌姫さんを仲間として見てくれるかわからないけどっ!」

「とにかく。愛の歌姫さんが僕たちを訴えたら、逆に愛の歌姫さんが捕まっちゃいますね。そしたら残りの歌姫さんは、僕たちの好きなようにできちゃいます」

「私たちのこと、誰にも言わないよね?」

 リターナさんが、左側から私の顔を覗き込む。

「誰にも言いませんよね?」

 右側からは、ヌドクさんが覗き込んでくる。


 私は、頷くしかなかった。



 痛みと共に記憶が頭の中になだれ込んでくる。

 もうなにがなんだかわからない。

 助けてほしい。

 この痛みと記憶の渦から、誰かに掬い出してほしい。

「ハハッ。肉が動いて元に戻ろうとしやがる! 楽しいなおい!! 怪物がっ!」

 違う、私は。

「うあっ!」

「痛いか? いい気味だなあ。俺は女神と歌姫が大っ嫌いなんだよ!」

 私は。

「おい、アーニスト、返事くらいしろっ!」

「あ……っ、つ……うっ」

 私は。

「なにやってるんだよ!」

「ああん? ぐはっ!」

「私……は……」

 左足首が地面に叩きつけられる。

 言い争う声。

 番人は、外へと出ていく。

 檻が開く音。

 近づく足音は、私のすぐそばで止まって。

 音の主がその場にしゃがむ。

 ポン、と頭に触れたのは、優しくて温かい手。

「エラちゃん、大丈夫?」

 言っていいのだろうか。

 私は二人の姉なのに、歌姫なのに、こんなことを言ってもいいのだろうか。

 大丈夫じゃない、なんて。

 彼らにとっては罪を与えられて当然の私が、言ってもいいのだろうか。

「エラちゃん」

 柔らかな声色。

 頭に乗っていた手が肩に回って、グイッと身体が相手の、トレイさんのほうへと傾く。

「今ここには、君が守りたい……支えにならないといけない子は、いないんだよ」

 だから、思ったように言っていいよ。

 そう言ってくれたような気がして。

「……大丈夫じゃない、です……全然、ちっても、大丈夫じゃないです……!」

 一度吐き出してしまえば、言葉は流れるように唇から落ちていく。

「痛いです、苦しいです! 悲しい、寂しい、怖い……! 私、私は! アーニストじゃない!! 裏切り者なんかじゃない!!」

 言葉が出れば、それに呼応するように涙までこぼれていく。

 そうすると言葉は出てこなくなって、かわりに嗚咽が出てくる。

 もう、どうしていいかわからなくて。

 止め方なんてわからなくて。

 止めようと下唇を噛んだら、トレイさんに止められた。

 ならもういっそ、涙が枯れるまで泣こうと思った。

 わんわん、喚いて泣き散らかした。

 トレイさんは、ずっとそれに付き合ってくれた。

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