へたくそな笑顔
目を開く。
階段があるところから差し込む光から、朝が来たんだと気付く。
朝が来たのなら、やることは一つ。
きちんと背を伸ばして、前で手を組む。
そして目を閉じ、息を吸う。
流れてくる旋律に、声を乗せたときだった。
「いっ!?」
石を投げられた。
しかも、何回も何回も。
「歌うなと何度も言っているだろう!」
柵が蹴られる。
石も投げられて。
次から次へと暴言を吐かれる。
慣れない怒声。痛み。
怖い。怖くて、歌えない。
でも、歌わないといけない。
私は、歌姫だから。
歌以外に、なにも、ないから。
それなのに、声が出ない。出るのはうめき声だけで。
わいてくる恐怖心が、私ののどを縛り付けているように、息が詰まって声が出ない。
首元を爪で引っ掻く。
実体のないものだから触れやしないけど、そうでもしないと、歌えないような気がして。
いっそこのまま声が出ないのなら、変なところに爪が刺さってしまえばいいのに。
「このアーニストが! さっさと死んじまえ!!」
「わ、私はっ、アーニストじゃ……」
本当に?
本当に私は、アーニストじゃない?
わからない。
なにもわからない。
それが、そのことが、ただただ怖い。
この八年でなにがあったんだろう。
私はなにをしでかしてこんなところにいるんだろう。
なにがあって、アーニストだと言われているんだろう。
私は、アーニストになっている?
わからない、怖い、助けて、誰か、誰か――……っ!
「お楽しみのところ申し訳ないんですけど、交代のお時間ですよ」
「……チッ」
舌打ち。同時に番人の男はこちらに背を向けて出ていった。
代わりに、次の番人――トレイがこちらに来る。
そして柵の前まで来ると、手を伸ばしてきた。
「大丈夫だった?」
ポン、と頭の上にその手が乗る。
温かい手。
優しい手。
きっと、この人は信用して大丈夫。
そう思ってしまうような、安心してしまうような手に撫でられて、鼻の奥がツン、と痛む。
「……っ」
気づけば涙が流れていた。
「ああ、ああ、怖かったんだねぇ。大丈夫、大丈夫だよ。俺はあの人たちみたいに暴力は振るわないから」
「うう……」
泣きじゃくる私の頭を撫でながら、トレイは私を慰めてくれる。
優しい人。
「今日はっ、抱きしめて、くれないんですか……?」
「流石に何度も開け閉めしてるとばれちゃうからね。ごめんね、抱きしめたいのは山々なんだけどね」
困ったように笑うトレイに、私は慌てて首を横に振る。
「いいえ、ごめんなさい、わがまま言って……」
「ううん、大丈夫。むしろ、そういうこと、言ってくれるのは嬉しいかな」
ヘラッと笑うその顔に、胸がキュウッと苦しくなる。
「トレイって、笑うのへたくそ、ですよね」
「泣きながらそういうこと言うかなあ」
ていっと、軽く、本当に軽く額を叩かれる。
「痛いです」
「ええ?」
まだトレイは笑っている。
トレイの笑い方は、なんだか、心が伴っていない気がする。
不気味とか、そういう悪いほうにじゃなくて。
なんだろう。
相手を見ているからこその笑顔というか。
気遣いの笑顔。
そう、そんな感じ。
「慰めていただいて、ありがとうございます」
だけど、どうしていいかわからないから、私は話を逸らす。
「ううん、どういたしまして」




