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その歌姫の歌う歌は。  作者: 奔埜しおり
愛を歌う歌姫。
43/61

そして私は『私』を失う。

暴力描写入ります。ご注意ください。

 歌う。

 歌う。

 ただ、歌う。

 そして、最後のフレーズを歌い終えたときだった。


 バシャッ。


 突然の冷たさに悲鳴を上げかけたのを、唇を噛み締めてなんとか堪える。

 髪の毛を伝って落ちる滴。

 濡れて張り付く服。

 水をかけられたんだ。

「あらら。あの歌姫みたいに髪の毛の色を染めてたりするんじゃないかと思ったけど、色変わんねぇなぁ! 水足りねぇか?!」

「――っ!!」

 立て続けに何度も、かけられる。

 髪の毛云々は、きっと本人も、私が染めていないことはわかっている。

 わかった上で、水をかける理由にしている。

 顔を隠すと、なんだか負けた気がして嫌で。

 目と口は閉じたまま、顔にかかる水を遮ることもしない。

 次の水が来るまでの一瞬で、息を吸う。

 たまにタイミングをずらされて、鼻や口に水が入ってむせる。その上から、まだまだ水をかけられる。

 歌っている間、意識は歌に集中する。

 集中すると基本的に周りが見えなくなる性格の私だ。

 きっと、歌っている最中に、水を運んだのだろう。

 だから今日は、一度も止められなかったんだ。

 カラン、と音がする。

 むせつつも目を開けば、床にいくつもの空の桶が転がっている。

 ぬっと目の前に手が出てくる。

 と思えば、その手は濡れた髪の毛を掴むと勢いよく引っ張った。

「――っあ!」

 鈍い音とともに柵に頭を打ち付ける。

 それを何度も何度も繰り返される。

 痛い。

 なんで、どうして。

 番人は何が言っている。

 笑い声も聞こえる。

 助けてなんて、言えるはずがない。

 言える状態にないこともあるけれど、彼にとって私はきっと、それをしても許されるくらいの立場なのだから。


 本当に?


 違和感。

 私は彼にとって、殺すことが出来ない立場だ。

 それなのに、ここまで……ああだめだ。

 しこうがまとまらな――。


――……。



「今日から、あなたたちの妹になる、シスですよ。仲良くしてくださいね」

 女神様に背中を押されて、真っ白な髪をサラリと揺らしながら一歩前に出た少女は、紫水晶のような瞳を私たちに向ける。

 俯いているからなのか、前髪の隙間から見えたその瞳は、睨んでいるように見える。

 その瞳の、あまりの暗さに、ゾクリと鳥肌が立つ。

「シス・クォルテ、です……。七歳、です……よろしく、お願い、します……」

 ペコリと頭を下げた彼女に、私はボーッと彼女を見つめているホロの頭を押しつつ、頭を下げる。

「私はエラ・スタン。十二歳。こっちは妹のホロ・サニーユ、五歳。これからよろしくね」

「……」

「えっと……」

 無言で目をそらされた。

「シスちゃんは、七歳、なんですね」

 女神様に言えば、少しだけ表情を曇らせる。

「本来歌姫は五歳の誕生日に迎えに行くものですから、エラの質問ももっともですね。ホロのときは、三歳のとき、でしたし……」

「そのときも、エラ、理由訊いてたよね! でも、女神様、教えてくれなかった」

「ホロ!」

「だって、私も気になるんだもん!」

「でも、ホロ――」

「いいですよ、エラ。黙っていた私が悪いんです」

 女神様が困ったように笑う。

「ただ、難しい話はそのときが来たら、教えます。……考えれば、わかることかもしれないですが。ホロ。あなたが三歳のときに迎えをよこした理由は、あなたの力が思いのほか強かったからですよ」

「私、強いの?」

「ええ。そしてシスだけど……この二年間、行方不明になっていたんです。そして今朝、やっと見つけたんです」

「行方不明……? シスちゃん、今までどこに……」

「言いたくないです」

 明かな拒絶。

「じゃあ、誰と――」

「この髪と目を見れば、どうしてなにも言いたくないのかわかりますよね?」

 ぎろりと睨まれる。

 自分より年下の少女。しかも、とても儚い雰囲気の。

 それなのに、その視線の圧力はすさまじくて。

 一瞬にして身体が強張る。

「ごめ、ん……」

 なんとかそういうと、シスちゃんは私から視線をそらした。

 同時に、強張っていた身体から力が抜ける。

「これから、三人で仲良くね」

 女神様の声。

 本当に仲良く出来るのかな。

 不安。

 ふ、と視界がグニャリと曲がる。

「――、――ん」

 声が聞こえる。

 それに気がついた瞬間、グン、と意識が上がるような感覚があって――。



「エラちゃん」

「あ、れ……」

 目を覚ます。

 ホロも、シスちゃんも、女神様もいない。

 長い白髪を一つに束ねた知らない男の人が、私を横から覗き込んでいる。

 男の人は、私が目を覚ましたことに気が付くと、ホッと息を吐いた。

「よかった、気が付いて……大丈夫? 気分悪くなってたり、どこか痛んだりしてない?」

「え……と……」

 あれ? 本当に知らない人? 知ってる気がする。

 気分……うん、吐き気が少し。

 痛みは……頭が、痛い……。

 でも、それをこの人に言っていいの……?

「……エラちゃん?」

「……」

「もしもーし。俺のこと、わかる?」

 私の目の前で、男の人は手を振る。

「……誰、ですか? あなた……」

 男の人は笑顔のまま固まってしまう。

 知ってる人だったみたいだ。

 少しだけ胸が痛む。

 しばらくすると、男の人は息を吐き出してから、また私に微笑む。

「俺は、トレイ・ブラウズっていうんだ。トレイ、でいいよ」

「とれい……?」

「うん」

 男の人が頷く。

 トレイ。

 聞いたことはある気がするのに、思い出せない。

 どこで会ったんだろう。

「あの、どうして私の名前を知ってるんですか?」

「……それはね、俺がエラちゃんとシスちゃんとホロちゃん、三人の騎士だから。自分が仕えている歌姫さんの名前くらい、ちゃんと覚えておかないとね」

 騎士?

 私たちに騎士が付くのはもう少し先だって聞いた気がする。

 なんで今?

「……ここはどこなんですか?」

「ここは、牢屋だよ」

「牢屋?! 私、悪いことなんてしてないです!」

 目の前にある柵に手を伸ばそうとして、その手を掴まれる。

「やめてください! 私、なにもしてないです! 出してください! ここから出し……うっ……」

 ぐらっと地面が揺れたような感覚に、私は頭を押さえる。

「ほら、あんまり激しく動くもんだから……。大丈夫?」

「私……なんで……」

 頭を押さえている手から伸びた腕の隙間から見えたそれに、私は顔に熱が集まっていくのを感じる。

「ん?」

「なんであなたに抱きしめられてるんですか!? ……っ」

 むしろ、どうして今まで気づかなかったのか。

 私はトレイに横向きに抱きかかえられていた。

「はいはい、暴れない、暴れない、どうどうどう」

 私を抱きしめている腕が私の目の前を通過して、ポンポン、と頭を撫でる。

「やめてください、私はもう十二です、子供じゃないです!」

 ムッとしてそう言えば、トレイは一瞬キョトンとした顔をしてから、なるほど、と一つ頷く。

「エラちゃん。君は今、二十歳なんだよ」

「はい?」

「自分の身体、よく見てみなよ」

 言われて、恐る恐る自分の両手を見る。

「……大きい」

 ふと、自分の髪の毛に触れる。

 なぜか濡れている髪の毛は、私が覚えている長さよりも伸びていて。

「……」

 信じていいのか、わからないけれど、いきなり身体がここまでの成長を遂げる、なんてことはないはずだから、もしかしたら本当なのかもしれない。

「君はね、悪いことをしちゃったんだ。そのせいでこの中にいれられて、暴力を振るわれて……水をかけられて、頭を殴られて今に至るってこと」

「私、なにをしたんですか……?」

 暴力を振るわれるだなんて、絶対に私はなにか、許されないことをしてしまったんだ。

「それは……君自身が頑張って思い出すしかないんじゃないのかな、なにがあったのか、を」

 トレイが私を、そっと地面に下ろして立ち上がる。

 途端に寒くなって自分を抱きしめて、初めて服が濡れていることに気が付く。

 そういえばさっき、トレイが、私は水をかけられたのだと言っていた。

 もしかして、だから熱が奪われないように、抱きしめて温めてくれていたのだろうか。

 キィッと音を立ててトレイが柵の外へ出る。

「鍵、開いて――」

「俺、今は騎士であり、番人でもあるから。鍵、持ってるんだよ」

 トレイが鍵を閉める音が響く。

「……出ようとしないんだね」

 意外そうなその言葉に、私は頷く。

「自分が何をしたのか記憶はありません。でもなにかをしたのなら、罰を受けるべき、だからです……」

「模範解答だね。こっちおいで」

 トレイの言葉に、私はなんとか立ち上がると、柵にもたれられるところまでゆっくりと壁伝いに歩き、座り込む。

 トレイの顔が、私の耳元に近づいてくる。

「早く思い出してあげてね、大切な人たちのこと」

 それだけ言うと、ちょうど階段を降りてきた番人と交代して、ここから出ていった。

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