大切な形見。
「それで、タウファさんのもとであなたはいったいなにをしてきたんですか?」
「なーいしょ」
「まだですか……」
私がため息を吐くと、クスリと笑われる。
「まあ、無事に色々と終われば、わかるんじゃないかな。……それまでお互いに生きてるといいけど」
色々と終ったときにお互いに生きている。
そんな可能性、あるはずない。
あったらそれは、私がものすごく後悔をするときだ。
二人のうち少なくともどちらかを失うことになるのだから。
「そんなことよりも。だいぶ傷だらけになっちゃったね。大丈夫? ああ、私なんてー、とか、考えちゃってない?」
からかうような口調。
でも、どこかに案じるような響き。
その響きに少しだけ涙腺が緩みかけて、慌てて堪える。
泣いちゃいけない。
泣いたら、自分の中で認めてはいけないなにかを認めてしまいそうで。
私は強くないといけない。
肉体的ではなくて。
常に精神的に二人の支えでありたかったから。
姉として。二人の前で折れるわけにはいかなかったから。
最後に涙を流したのはいつだろう。
きっと記憶が正しければ、ホロの歌声を聴いたとき。
気づいたら頬が湿っていた。無意識に涙を流していたのだ。
あれからずっと泣いていない。
「傷はすぐにふさがりますし、全然大丈夫です。自暴自棄にもなっていません」
すっぱりと答えれば、トレイさんは表情を変えることなく微笑んだまま一つ頷く。
「予想の範囲内の回答ありがとう」
「なんですかそれ」
少しむっとして返す。
「俺さ、今日から番人の一人になったんだよね」
「どうして――」
「ヴィルとホロちゃんからのお願い。なにかあると怖いから、もしものときのために、できるだけエラちゃんの傍にいてほしいんだって。二人とも純粋だよね。内部に裏切り者がいるって話なのに、俺を疑わない、なんて」
「……ほかに騎士がいないからだと思いますよ」
「ま、そうなんだけどね」
「裏切り者なんですか?」
「もし俺がそうだとして、はいそうですよ、なんて答えるはずないでしょ」
「わかってますよ、そのくらい」
私の返答に、ふふ、とトレイさんが笑う。
「……その裏切者が私だって、信じてくれていないんですね」
「念のため訊くけど、それはホロちゃんが?」
「はい。むしろだからこそ、ヴィルさんは裏切り者を見張るためにトレイさんを私につけたのかと思いますけど」
「裏切り者だと思ってほしいの?」
「……どうでしょう」
私は曖昧に笑ってみせる。
裏切り者ではないと言えば、ホロとシスが殺されるかもしれない。
裏切り者だと言えば、二人は生きていられるかもしれない。
でも、嘘を吐くのは嫌だった。
それは、私の思い描く歌姫の姿に反しているから。
だから、笑って誤魔化すしかなかった。
トレイさんは、必要がなければ追わない人だと思うから、誤魔化したとわかったうえで話を変えてくれるだろう。
「そういえば、毎日歌を歌っているそうだね」
ほら、話を変えてくれる。
「私は、歌姫ですから」
左足首にある見慣れた印をちらりと見せる。
「前見たときも思ったんだけどさ」
「前? ……ああ、捕まったとき、ですか」
「そうそう。綺麗な足してるよね。白くて細くて……」
「……」
なんとなく恥ずかしくなり、パッと手を放す。裾が印を隠す。
「なんで隠すの」
「まじまじ見るものではないと思いますよ」
「確かにね」
笑ってからふっと真顔に戻り、トレイさんがじっと私を見る。
「……なんですか」
「いや、他に見る人も物もないから暇だなと思って」
「暇って……だからって私を見る必要ないじゃないですか」
「ま、そーなんだけどさ。そうだ、暇だからなにか話してよ」
「なにかって、例えばなんですか」
するとトレイさんは、考えるように顎に手を当てる。
「例えば? 例えばかー……あ、旅、どんな感じだった?」
「旅……? 一緒にいたじゃないですか、ほとんど」
「そうだけどさ。人によって感じ方違うじゃない?」
「……確かに、そうですね」
ふ、と思い出し、懐を探る。
そしてそこから一つの袋を出した。
「それは……」
「二人の球です」
袋の中から、燃えるように真っ赤な二つの球を出す。
「よく、没収されなかったね」
「私がこの球を使えるはず、ありませんから。大切な人たちの形見なのだと言えば、見逃してもらえました」
「そう……」
彼ら騎士たちは、この球を武器に変えて戦う。
だけど、この球をその形にするためには必要な素質があって。
ちゃんと訓練して、試練を乗り越えて。その上で素質がなければその武器を巧く使いこなすことはできない。
もしも無理矢理使おうものなら、試練を乗り越えた者なら球を武器の形に変えることはできるけれど、代わりに大切な物を失う。試練を乗り越えられなかった者は、無理矢理使おうとしたところで球は形を変えない。
騎士様が迎えに来るまでは家の手伝いをしていたし、こちらに住んでからは歌姫として、そして女神になるための日々を過ごしていた。
そんな私が、騎士になるための訓練をしているはずも、試練を乗り越えたはずもない。
それは他の人だって知っている。
だから私を捕らえ、監視している彼らは、私からこの球を奪わなかった。
「アイラさんは本当に賑やかで、明るくて、優しくて……。クレハさんはしっかりしていて、そんなアイラさんを優しく見守っている方で。そんな二人と一緒に旅ができて、嬉しかったです」
私にもう少し力があれば。
そう呟きかけた口を閉じる。
それは言うべき言葉じゃない。むしろ、言ってはいけない言葉だ。
精一杯守ってくれていた二人に、そして、他の騎士にも失礼だ。
「……エラちゃんはさ。身体、鍛えたい?」
「それは、どういう意味で、ですか?」
私の問いかけに、トレイさんは小さく笑う。
その笑い方はどこか自嘲的で、儚い。
「もしもちゃんと石が元に戻って、君がきちんと証拠を残していれば、俺らの中の数人は今の君みたいに捕らわれるわけ。……まあ、普通に考えたら死刑だろうけど。だから、君たちのことを守れる人間は先代までと比べてかなり数が少なくなる」
「……鍛えませんよ」
驚いたように目を丸くするトレイさんに、私は少しだけ息を吐く。
「鍛えません。歌姫として必要な分は鍛えますが。誰かを守るために鍛えるのは、騎士の仕事です。私はその仕事を盗ることはしたくないです」
私の言葉に、トレイさんは苦笑を浮かべる。
「そっか。うーん。君は俺の期待通りの答えをくれるのに、こういうときはくれないよね」
「はい?」
「俺のお誘いにのってくれないんだなぁって」
「お誘いを受けた覚えないんですけれど」
「あら、じゃあ、たんに俺の力量不足ってことか」
「……」
反応に困って、視線を球に戻す。
「アイラは歌姫さんに憧れていたからね」
「憧れ……?」
顔を上げると、トレイさんが頷く。
「そ、憧れ。八年前、君たち歌姫さんの歌声を聴いて、歌姫に憧れた。だけど自分は歌姫になれないことに気がついて、それなら騎士になるって言い出したらしい。それに巻き込まれたのが、クレハさんってわけ」
「そう、なんですね……」
「意外と多いんだよ、八年前に歌声聴いて、騎士になりたいって思ったやつ。今の騎士だとアイラとクレハさん、ヴィルと、俺かな」
「リターナさんとヌドクさんは?」
「あの二人は……なんというか、家庭の事情、みたいな感じかな」
妙に歯切れが悪い。
「家庭の事情って……」
階段を降りる足音が聞こえる。思わず口を閉じるのと同時に、足音の主が姿を見せる。
「おい、交代の時間だ」
足音の主は番人の男だった。
トレイさんは返事をすると私を見て、パチンとウィンクする。
「また明日も来るね。おやすみ」
ヒラヒラと手を振りながら笑顔で去っていくトレイさんに、会釈をする。
おやすみ、という言葉に、もうそんな時間なのか、と鉄の柵の隙間から階段を見る。
暗い闇を、ぼんやりと光石が照らしていた。




