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その歌姫の歌う歌は。  作者: 奔埜しおり
愛を歌う歌姫。
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内緒の置いてけぼり

 あの日。

 朝目が覚めたら部屋にホロがいなくて。

 黒いマントのあの人が言っていた言葉を思い出して、嫌な予感に、慌てて男子の部屋へ行った。

 ドアを開けば、そこにはトレイさんのベッドに伏せて眠っているホロと、眠そうに目をこするヴィルさんがいて。

 ヴィルさんは、突然入ってきた私に、驚いたように目を丸くした。だけど隣で眠るホロを見て、ああ、と頷く。

 そしてホロを起こすと、ヴィルさんは部屋へ戻るように言った。ホロは迷うようにトレイさんとヴィルさんを見ていたけれど、そのまま戻っていった。

 本当は、私も部屋に戻ろうと思っていた。

 だけど、あまりにも疲れ切っている様子のヴィルさんと、そして何故か男子の部屋にいたホロ、そして男女どちらの部屋にもいないヌドクさんとリターナさんが気になってしまって。

 申し訳ないと思いつつも、ヴィルさんにその理由を訊くことにした。

 ヴィルさんは少し考える間をあけたあと、昨夜の出来事をかいつまんで教えてくれる。

「……つまり、アーニストの命を奪いに行ったホロとトレイさんが返り討ちにあって、それをヴィルさんとリターナさんが助けてくれたってことですね」

「それで、あいつを庇ったトレイの意識が、戻らなくてな」

 ホロは途中まで、ヴィルさんと一緒にトレイさんを看ていたらしい。

 寝てしまったホロと、傷だらけのトレイさん。その二人を、寝ずにずっと見守っていたのであろうヴィルさんは、明らかに疲れていて。

「……どこかで休んできてください」

「え」

「酷い顔してますよ。そんな顔だと、ホロが心配します」

「……」

「心配しなくても、弱っている隙に誰かを殺めるようなことはしません。そんなことをしたら、ホロもシスも悲しみますから」

 なにより、そんなことをしてしまえば、私は歌姫ではいられない。私の目指す、歌姫では。

「ホロのこと、ありがとうございます」

 私は頭を下げる。

 そして頭を上げると、ヴィルさんは面食らったような表情をしていた。

「……どうされましたか?」

「いや……礼を言われるとは思っていなかった」

「言いますよ、それくらい。いつも、ホロのことをちゃんと守ってくれているんですから。……この先も、ホロと、そしてできればシスのことも、お願いしますね」

「お前はいいのか」

 一瞬、言われた言葉の意味がわからなくて、考える。

 少ししてから、意味を理解する。

 お願いした人の中に自分が入っていなかったのだ。だから、私のことは守られる対象ではないのか、と問われたのだ。

 うっかりしていた。

 自分のことを、守ってもらおうとは思えなかったから。

 私はきっと、結果として私のことを信じてくれている皆を、その気持ちを、踏みにじることになる。私の意思とは関係なく。

 だから、そういう対象として考えていなかったのだ。

 むしろ、無意識に、自分がいなくなったあとのことを考えていたのかもしれない。

 きっと私にアンディスの証を付けたのは、ホロとシスの精神を弱らせるためだ。近いうちに裏切り者として、告発されるだろうから。

 そうなってしまえば、傍にはいられないから。

 二人がどれだけ私のことを信じてくれても、第三者の視点から見れば、裏切者が歌姫の傍にいるのは、あまり印象はよろしくない。

 もしかしたら二人まで、この世界を、ルアディスの民を裏切るんじゃないか、と疑われてしまうかもしれないから。

 でも、ばれていない今、そんなことを彼に言うことはできない。

「私には、リターナさんがいますから」

「それなら、もう片方にもヌドクがいるだろ」

 確かにそうだ。

「ヌドクさんはどちらかというと、頭脳で戦う方だと思うので、反射的な部分では、やはりリターナさんとヴィルさんかなと思ったんです」

 少しわざとらしいか。

「……なにか、理由があるんだな」

「さあ、なんのことか」

「そうか」

 どうやら察してくれたようで、ヴィルさんは軽く伸びをすると、部屋を出ていった。

「さて」

 先ほどまでホロが座っていたほうの椅子に腰かけ、トレイさんに視線を向ける。

 手当ては済んでいる。

 呼吸も、死にそうなほどひどいわけではなさそうで、おそらく、峠は越えたと思われる。

 毒を抜く歌はホロが歌ってくれたそうだから、その心配はない。

 本来なら、このまま眠らせておくのがいいとは思うのだけれど、今の私たちは、ただでさえ戦力が不安な状態だ。

 そこからさらに、周りをよく見れて、なおかつ頭の回転が速く、なにより人との距離感の掴み方が他の騎士と比べて器用なこの人を、このままの状態にさせておくことに、メリットはない。

「私にできることは……」

 一瞬で傷を完治させるような歌を歌えるほどの力はない。

 ならば、一部だけ、治そう。

 チラリと、視線を動かす。

 そこには、包帯を巻かれた足。

 両足どちらも完治……できるかはわからない。そもそもそんなことをしたことも、する場面に遭遇したこともない。

 だけど、やってみよう。右足を治して、できそうなら、左足を。


 これは、世界のためになるのだろうか。


 ふと浮かんだ言葉に、ハッと、私は開いた口を閉じる。

 私たちの歌は、世界のためにある。自分のためでも、誰かのためでも、特定の一人のためのものでもない。

 今私が歌おうとしている歌は、世界のためになるだろうか。

 ううん、そうじゃない。

 世界のために歌おうとしているだろうか?

 違う。世界のためじゃない。自分が不安だから、歌おうとした。自分の不安を消すために。それは、世界のためじゃない。

 歌うのは、やめておこう。

「俺の足になにかついてる?」

「ついてるというか、包帯が巻かれて……はい?」

 振り向けば、さっきまで寝ていたはずの彼が、軽く手を挙げて微笑んでいる。

「動かないでください」

「突然だね」

「怪我してるんですよ、しかも死にかけたそうじゃないですか」

「確かに、死ぬかも、とは思ったけどね」

 ケラケラと笑う。

 どうしてそんなに明るく笑えるのか。

 今こうしていても、絶対に身体中、痛いところだらけだろうに。

「痛くないんですか?」

「まさか。脱げるもんならこの身体脱ぎ捨てたいくらい痛いさ」

「変態ですか」

「服を脱ぐとは誰も言ってないからね」

 なんだか、調子が狂う。

「いいから寝ていてください。今ヴィルさんに、目が覚めたこと伝えてきますから」

「ああ、待って。その前にちょっといい?」

 呼び止められて、立ち上がりかけた私はもう一度椅子に座りなおす。

「なんですか」

「エラちゃんって、どこの出身?」

「……生まれはファルンですけど」

「そうなんだ」

「どうしてですか」

「ううん、歌姫って皆ウォルテで生まれてるのかな、と思ってたんだけど、ちょっと気になって」

「……両親は、ファルンからウォルテへ小物を売りに行く商人をやっていたんです。幼い頃しか一緒にいなかったのであんまり覚えてないんですけども」

 小物を売りに行って、女神様の歌を聴いて……そのときに、女神様に口づけをされて、母は私を身ごもった。

 そして五歳になったとき、女神様の騎士が迎えに来て、私はウォルテで、歌姫になった。

「なるほどね……」

「なにがですか?」

 考え込むような声に、私は首を傾げる。

 すると、何でもないと首を横に振られる。

「これから、タウファさんのところに行くんだよね?」

「そうですけども……」

「じゃあ、ちょっと頼まれてほしいんだけど」

「ものによります」

 即座にそう答えれば、小さく笑われる。

「だろうね。で、内容だけども。ちょっと、タウファさんに色々相談したいから、俺を置いていってほしいんだ」

「はい?」

 意味がわからない。

「今戦える人数、どのくらいかわかっていますか?」

「俺を除いて三人かな」

「歌姫は」

「三人だね」

「少ないとは思いませんか?」

「大丈夫だよ。三人とも強いから」

 そういう問題じゃない。

「タウファさんに相談することって、あなたを置いていかなければならないようなことなんですか?」

「まあ、ね。ちょっとばれたらまずい人が数名いるかな」

「……どういうことですか」

 まるで裏切者が内部にいることが確実であるような、そんな言い方。

「君も気付いてるでしょ? まあ、あんまり言うと俺らの命なくなるかもだから言わないけれど」

「なにをするつもりなんですか」

「なーいしょ」

「……それは、他の人には言えないこと、なんですか」

 トレイさんは私にヴィルさんを呼ばせなかった。

 私から見て騎士の中でトレイさんはヴィルさんを一番信用しているように見える。

 その人にさえも言えない、なんて。

「まあ……ヴィルは素直過ぎるよね。ヌドクは頭硬いし、リターナはうっかりだし。シスちゃんとホロちゃんはそこまでよくわからないし」

「私のこともよくわからなくないですか」

「まあね。ただ、ヴィルほど素直ではないし、ヌドクほど頭が固いようには見えない。リターナみたいにうっかりでもなさそうだし。歌姫二人からの絶対的な信頼を得ているみたいだから」

「……褒め言葉として受け取っておきますね」

「そうしてくれるとありがたいかな」

 どう聞いても他のメンバーの悪口にしか聞こえなかったことは黙っておこう。

「私たちを、裏切るわけではないんですよね」

「……少なくとも、君にとっては悪いことにはならないんじゃないかな」

「答えになってませんけど」

 私の言葉に、トレイさんは、確かに、と笑う。

 私は小さくため息を吐く。

「……わかりました。あなたを信じます」

「意外とあっさりだね。もうちょっと粘られると思ったけど?」

「あなたはちゃんとホロを守ってくれました。私たちの中で一番他人を見ているのは、あなたです。その人が必要だと感じたことなら、きっと本当に必要なことなんでしょう」

 トレイさんが、曖昧に笑う。

「……君たちってほんと、もう……ありがとう」

「じゃあ、ヴィルさん呼んで大丈夫ですか?」

「ああ、うん」

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