外は見えない、聞こえない。
少しだけ、残酷描写出てきます。
ご注意ください。
壁にもたれて、ただじっと考える時間は、少し前じゃ、考えられなかった。
シスとホロは無事なのかな。
怪我をしたり、怖い目にあったり、していないかな。
グルグルと頭の中でよくない想像ばかりしてしまって、慌てて首を横に振る。
ちゃんと騎士がついているのだから、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
ここは特殊な石を使用して作られた建造物で、中の音が外に漏れることも、外の音が中に入ってくることもない。
だから、外でなにが起こっているのかはまったくわからない。
女神様の歌、久しぶりに聴きたいな。
ふ、とそんなことを考えた。
女神様の歌声は、質の良い布のようになめらかで、ずっと聴いていたいほど飽きの来ない歌声だ。
まだ女神様や、お姉様が歌っているんだろうか。
でも、捕らえられる前に見た状態だと、あともっても数日から数週間くらいだと思う。
だとすれば、今は誰が歌っているんだろう。
まだ二人とも生きているんだろうか。それとも、シスかホロ、どちらかが残って歌って、もう片方がアンディスへ行っているんだろうか。それか、アンディスをあきらめて、ルアディス・ウィションだけ戻して、片方が女神になっているんだろうか。
わからない。
だけど、最後の考えの通りになっていたら嫌だ。
それはつまり、どちらかが代償として死んでしまったということなのだから。
それだけは嫌だ。
二人とも、まだ若いし、それになにより、姉である私が守るべき、大切な妹なのだから。
血が繋がっていなくても、それは絶対だから。
ジクリ。
あの傷が、私の左足の付け根にあるアンディスの証が痛む。
取っ手が付いている、金属でできた丸い板に、模様を刃で作ったものを嵌めた道具。
その道具の刃の部分を、身体に当てて、上から金槌などで叩いて食いこませる。そして取っ手についている頑丈な輪に、専用の道具を通して引っこ抜く。
そうしてできる傷痕が、アンディスの証だ。
人によっては、そのときの出血が酷かったり、痛みに耐えられなかったりして、そのまま死んでしまうこともあるらしい。
いくら回復の早い歌姫であったとしても、痕は残る。
そっと、布の上からその部分を撫でる。
――変なことしでかしたら、仲間を皆殺すよ?
耳の奥で響く、あのときの声に、吐き気を催す。
胃が痛い。
目の前が歪んで見える。
聞こえてくる息の音は荒い。
すがるように、両腕を掴む。爪が食い込む。痛い。怖い、痛い。
「うるさいぞっ!」
頭に石が当たる。腕にも、肩にも当たる。
痛い。
でも、少しだけこちら側に戻ってこれた気がして。
息を吸って、吐く。また吸って、吐く。
ゆっくりとその動作を繰り返せば、次第に呼吸も落ち着いてくる。
あの声の主は……裏切者は、ホロとシスの傍にいる。
みんな、無事だろうか。
外を知りたい。
どうなっているのか。
まだ私も、番人も生きている。
だから、まだ世界は終わっていない。それだけは確実。
もしかしたら、このままウィションを元に戻さなくても、ルアディスは大丈夫なんじゃないか。
もしもそうならまた、前までのようにこれから先も三人一緒にいることができるんじゃないのか。
そんなことを考えている自分に気がつき、俯いて、小さく笑う。
外が見えないからこそ、そう思えているだけなのだ、と言い聞かせる。
もしかしたら今頃、外は酷いことになっているのかもしれないのだから。
なっていなかったとしても、ウィションを元に戻さないことでこれから酷いことになるのかもしれないのだから。
そんなのんきなことを、考えてはいけないんだ。
「……欠片を元に戻すとき、私はそこにいられるのかな」
ポツリ。
誰にも聞こえないように、静かに呟いたつもりだった。
それなのに。
「そのときが来たら、お教えしましょうか?」
肩が跳ねる。
慌てて顔を上げれば、いつの間にか交代の時間が来ていたらしく、番人が変わっている。
しかも、その番人は。
「トレイ、さん……!?」
目の前にいるのは、ファルンで寝ているはずの、白髪の青年。
驚く私に、トレイさんはパチン、とウィンクをする。
「名前を憶えていてくれたみたいで嬉しいなぁ」
「どうしてあなたが……」
「あ、それ訊いちゃう? 気になっちゃう?」
「……」
どうしよう。
この人の扱い方がまったくもってわからない。
「そこ黙っちゃう?」
「相方さんはいないんですか」
「相方……ああ、ヴィルのこと? ヴィルは自分の歌姫さんの護衛で忙しいからね。一緒にはこれなかったかな。俺よりもヴィルのほうが良かった?」
「いいとか悪いとかではなく……」
常識人かそうじゃないかといえば、間違いなく常識人。
だけど、常識のある上に頭の良い人は、常識がない人よりもたちが悪い、と私は思う。
つまり、トレイさんは、真面目に会話をしようとしてないときほど、面倒くさくてたちが悪い人だ。……守ってもらっている分際で、面倒くさいはあまりにも失礼だから、口が裂けても言えないけれど。
「やること終えたから、寝たふりをやめてこっちに帰ってきたところ」
サラリとトレイさんは言う。
「寝たふりって……ああ、そういえば、そんな感じでしたもんね」
「そんな感じっていうか、話したでしょうに」
トレイさんは肩をすくめてみせると、座り込んだままの私と目線を合わせるためなのか、しゃがんでくれる。
「まさか目が覚めたら見慣れた仏頂面じゃなくて歌姫さんだったのはびっくりしたけどね」
「あれはたまたまですよ」




