平凡な私
少しだけ痛い場面があります。
歌うことが好き。
他のなによりも。ずっとずっと。
だけど、あの日聴いた歌声は、私なんかよりももっとずっと歌うことが好きだと言っていた。
言葉にしなくても、表情や声色、歌っているときの仕草でわかる。
歌っているあの子は、誰よりも輝きに満ちていて。
好きの気持ちと、歌声の力が比例していて。
素直にすごい、と思った。
圧倒的な才能に、嫉妬することも出来なかった。
きっとこの子が次の女神になる。
その子の歌声を聴いた誰もがそう感じたはずだ。
だけど、あの子は歌で人を殺めてしまった。
結果的に、両方の手足の指を使っても足りないくらいの人数の命を奪った。
どうしてこうなったんだろう。
あの二人がいなければ、変わったんだろうか。
私がちゃんとしていれば、もっと変わったんだろうか。
私を守ってくれていた騎士が二人共死んでしまうことも、あの子が自分の手を血で染めることもなかったんだろうか。
私はほかの二人と比べて平凡だ。
変わった生い立ちがあるわけでも、特徴的な外見をしているわけでも、ましてや、歌の力が強いわけでもない。
むしろ、三人の中で一番弱いくらい。
女神様曰く、ほかの二人が強いだけで、私の力は平均だと言ってくれた。歌姫として、そのくらいの力があればたいてい大丈夫だと。
そのたびに安心する自分と、残念に思う自分がいた。
私に力があれば。
そう思うことは何度もあった。
今だって思っている。
冷たい柵の向こう側から、宿で見たよりもずっと大きい、そして私たちにとっては見慣れた大きさの光石の淡い光が私のいる場所をうっすらと照らし続けている。
その光とは別の、温かな光が、対角線上にある階段の上から遠慮がちに差し込んでくる。
耳を澄ませれば、聞き慣れた、あの柔らかな音。
少しだけ、時間が早いかもしれない。
でも、忘れないうちに。
やることがないと、いつの間にか寝てしまうことがあるから。
ゆっくりと息を吸う。
頭の中で思い浮かべるのは、橙色の薄い布。
その布で、できる限り多くの人を包み込むイメージ。
慎重に、正確に、流れていく旋律に沿って音を置いていく。
もしもあの子のような強い力があれば、できる限り、なんかじゃなくて、もっともっと多くの、それこそ世界中の人みんなを包み込むイメージでも歌えるかもしれない。
だけど私にはあそこまでの力はないから。
そんな風に歌ってしまったら最後、私はすぐに死んでしまうだろう。
今はまだ死ぬわけにはいかない。
ルアディス・ウィションを、元に戻すまでは。
「エラ・スターン、歌をやめなさい」
足音と共に、低い声が私に呼びかける。
だけどその言葉を無視して、私は歌う。
決められている長さだけは歌い切りたい。
この世界に住んでいる人たち、そして、今頃アンディスにいるであろうあの子たちのためにも。
「歌うのをやめなさい」
先ほどよりも声色がやや強くなる。
「歌うのをやめろ」
さらに口調が強くなる。
それでも私は歌う。
「やめろと言っている!」
「――っ」
ちょうど歌い終わったとき。
柵の中に勢いよくなにかが投げ込まれる。
それは鈍い音を立てて私にあたり、床に落ちる。
あたった部分に触れようとしたら、もう一発、二発、と立て続けに物を投げられる。
痛い。
投げられているのは、石だ。
最初の頃は、注意されるだけだった。
それを無視し続けていたら、柵を蹴られるようになった。
それでも無視していたら、いつの間にか石を投げられるようになっていた。
ここには、見張りの番人しかいない。
ほかには誰も来ない。
交代して人は代わるけれど、あとが残っている私を見ると、どこか安心したように、笑う。
そして歌えば、遠慮なく石を投げつけてくる。
歌わなければいいだけなのかもしれない。
それでも、歌い続けないといけない気がした。
だって、私は歌姫だから。
私が歌姫であり続けるためには、歌っていないといけないのだから。




