裏切りと。
リターナさんの言葉に、エラはもちろん、私たち歌姫やヴィルさん、女神様たちまで固まる。
ただ一人、冷静なヌドクさんがリターナさんに問いかける。
「それは、確実なことなのですか?」
静かな問いかけに、リターナさんは頷く。
「本当だよ。だって、リターニャ、見たもん。エリャの太股の付け根に、アンディスに落とされた人の印が付いてるんだよ?」
アンディスに落とされた人には、目印として落とされる際に印が押されることになっている。
だけど、そんなの、エラにあるはずがない。
「そんなの、ありえません!」
「リターニャ、嘘吐いてない」
「私もシスも小さい頃から何度も一緒にお水を浴びたり、着替えたりしてたけど、そんな印を見たことないもん!」
「おい、落ち着け――」
「ヴィルさんは黙ってて! エラはいつだって私たちのこと見守っててくれてたもん! お姉ちゃんなんだよ!? 裏切るはずない!」
「リターナ、本当なんですか?」
「本当だよ? ヌドキュは信じてくれるよね?」
「リターナさん、いい加減なこと言わないで! エラは――」
「やめて!」
それまで黙っていたシスが、叫ぶようにして私を止める。
シスは私が口を閉じたのを見ると、スッと視線をエラに移す。
「エラ。嫌かもしれないけれど……。一度、その部分を見せてくれるかな。きっと、それでしかどっちだとも言えないから」
「シスもエラのこと疑うの……?」
私の言葉に、シスは首を横に振る。
「違うよ、ホロ。その印がそこにないことを証明すれば、エラは裏切り者じゃないってことになるでしょう? それに、今目の前にいるエラが裏切り者なら……私たちの知っているエラが殺されて、別の人がエラに成り代わっている可能性がある」
「え……?」
ポソリ。
私にだけ聞こえる音量で呟いたシスは、再びエラを見つめる。
「エラ」
「見せるわ」
神官たちの手を借りて、再び女神様は起きあがる。
それを確認してからエラはしっかりと頷くと、裾を上げ始める。
左足首には、よく見知ったあの歌姫の印があって、ホッと息を吐く。
よかった、私たちの知っているエラは、生きている。
そのまま視線をあげて、私は固まる。
皮が歪に引っ張られてできたその印は、とても痛々しくて、エラにはまったく似合わなくて。
「エラ……?」
エラはふわりと私に微笑むと、手を放す。
すとん、と裾は元通り、印を隠す。
「ごめんなさい」
そしてエラは、言葉を失ったままの女神様たちに身体ごと顔を向け、その場にひざまづく。そして静かに頭を垂れる。
女神様は少しの間、瞼を閉じた。
そして開くと、無表情で言い放った。
「エラ・スタン。アンディスからの逃亡、そして私たちへの裏切り行為により、あなたを罰します」
*
「シスは、エラは本当に裏切っていたんだと思う……?」
あの広間から出て。
私たちは自分たちが使っていた部屋に戻っていた。
とても久し振りな部屋は、神官たちが掃除をしてくれていたのか、埃一つ落ちていない。
次の旅の支度をしていたシスは、手を止めて私を見、少し考えるような間をおいたあと、首を横に振りながら、視線を自分の手元に戻す。
「わからない」
「わからないって……」
「だってわからないもの。歌姫の印は複雑な模様で、しかも歴代の歌姫全員、少しのずれもないくらい、完璧に同じなのよ。角度も、長さも、大きさも。だから、エラは、間違いなく歌姫なの。でも、アンディスの印が付いていた」
「……そっか。歌姫の印は生まれたときからわかっているわけで、歌姫をアンディスに落とすなんてあり得ない。だから、誰かに仕組まれてる可能性もある。……それか、あんまり考えたくはないけれど、本気で私たちを裏切るつもりだったのかも」
「シス!」
「冗談。そんなの一番ありえないって私もわかってる。……ねえ、ホロ」
シスが私に向き直る。その表情はすごく真剣で。
「なに、シス」
「ここに、残っていてくれないかな?」
「え?」
一瞬なにを言われたのかわからなくて。
言葉の意味を理解するよりも先に、シスは言葉を続ける。
「私が、リターナさんとヌドクさんと一緒にアンディスへ行く。その間、ホロが歌を歌ってルアディスを支えていてほしいの。きっとそのうち、トレイさんと一緒にファルンの人たちもここに来る。そしたら人数が増えるでしょ? ルアディス・ウィションが直るまでの間、ルアディス中の人がこの国にいることになる。あなたの歌でなら、その人たちを無事に生かすことができるし、なにか問題が起きたとき……あまり好ましくないことではあるけれど、あなたの歌でならどうにかできる」
「私、アンディスへ行くよ?」
「償いだから、だよね?」
私が頷くと、シスは首を横に振る。
「ホロ。考えてたんだけどね? それはたぶん、償いにならないと思うんだ」
「え?」
「あなたは歌で人を殺した。私たち歌姫としては、間違った歌の使い方をした。だからこそ、ちゃんと正しい使い方をして、今度は人に希望を与えられる歌姫になる。……そこまではいかなくても、今度は誰の命も奪わない歌を歌うこと。それがきっと、一番の償いになるんじゃないかな、と思うんだ」
「シス……」
シスの言葉は間違ってはいない気がする。でもいいのだろうか。アンディスにはきっと、ルアディスや、女神様、歌姫を恨む人だっている。そんな人たちの中へシスたち三人だけを放り込んでしまって、自分は安全な場所にいる、なんていいのだろうか。それでもし、三人とも帰ってこなかったら、私はきっと自分を許せなくなる。
「私は――」
「それに、女神様たちだけじゃなくって、私もエラも、あなたの歌声に希望をもらったの。そんなあなたの歌が、人殺しの歌、なんて言われたままなの、すごく嫌なんだ。……あと、歌姫だから大丈夫だとは思うけれど、エラにもしものことがあったとき、ホロの歌でならなんとかできる」
「……私、そこまで万能でも有能でもないよ?」
「ねえ、ホロ。私にあのときの恩返し、させて?」
そこまで言われてしまえば、跳ね除けることはできなくて。
私は頷いたのだった。
翌日。
シスたち三人はアンディスへと旅立っていった。
そしてその日の夜。
とうとう女神様は力尽きて、亡くなってしまった。
数日後。
女神様のお姉さまも、女神様のあとを追っていった。




