罠には気を付けて。
残酷描写有。お気を付けください。
次の日。
私がなんとか回復したため、数日間お世話になった宿を離れた。
私が倒れている間に、エラとシス、そしてリターナさんとヌドクさんの四人で残りの村のほとんどに訪れ、歌を歌ってくれていた。
騎士学校があるトナイ村から左回りで旅をしてきた。残すはあと一つ、トナイ村の右隣にあるシフォン村のみだ。
欠片も集めてくれていたので、残すところあと一つか二つくらいでルアディス・ウィションが完成する。
結局私が集めることができたのは少しだけだった。
特に問題が起こることはなく、無事にシフォン村に着く。
その頃には日も暮れて、月が顔を見せていた。
村の中央で一度歌を歌い、高熱に苦しんでいる人々を助ける。
それを終えてから、私たちは宿に泊まる。
「ホロ、一緒にお湯浴びに行かないかな?」
自分たちの部屋に入るとき、ちょうど後ろにいたシスに声をかけられた。
久しぶりに一日中歩きとおしたから、汗と疲れがすごくて。
私は即座に頷いていた。
「うん、行く! あ、エラ」
先に入っていたエラが、私たちの隣をすり抜けて部屋から出ようとする。私は慌ててその腕を握る。と、ビクッとエラの身体が震えた。
「エラ……?」
「……ホロ。どうしたの?」
ふわりと笑うエラ。だけど、その笑みは引きつっていて。
「一緒にお湯を浴びに行かないかなと思って……エラ、どうしたの?」
「どうもしてない、いつもどおりよ。心配してくれてありがとう。でも私、リターナさんと話すことがあるから、一緒には行けないや。ごめんね」
「あ……」
それ以上の会話を拒否するように、エラはどこかへ行ってしまった。
「エラ、なんか変だった。どうしたんだろ……」
「うん……。でも、今ここで話していてもどうにもできないよ。お湯浴びて、ご飯食べて、寝よ?」
ね? とシスに言われて、もやもやしたものを胸に抱えながら、私は頷いたのだった。
*
月がだいぶ高くなった頃。
私は、数日ぶりにトレイさんと二人でアーニストがいるであろう場所へ向かう。
胸騒ぎがするのは、今日のエラの様子が気になったからだろうか。それとも、夕飯を食べるときに、疲れたから、と食事を断って先に部屋に戻ってしまったヴィルさんのことが気になるからだろうか。
そういえば、今日はヴィルさんと話してない。最後に会話をしたのは、いつだっけ……。倒れる前? うん、きっとそう。ちゃんと食べろよって言われた。自分だってご飯を抜くくせに。
なんて考えていたら、いつの間にか目的地についていて。
トレイさんがいつものごとく、どこで知りえたのかわからない方法で壁を動かせば、下へと通じる階段が現われる。
その階段を降りているときも、胸騒ぎが収まらない。
どうして?
なんでこんなに――怖いんだろう。
これから私は人を殺す。
今までだって何度もやってきた。
人の死体を見て、呼吸が荒くなるようなことも、意識が遠のくこともなくなった。
それなのに、どうして。
――歌姫じゃなかったら、たぶん幸せになれたんだろうな。
ヴィルさんの言葉が、頭の中で響く。
私は、歌姫じゃなかったら幸せになれた?
じゃあ、今の私は幸せじゃないの?
大切な人を守れる力を持っているのに。ちゃんと、その力も操れるようになってきているのに。
最後の一段に足を下ろそうとして、トレイさんに腕を引かれた。
「ちょっと待って」
「どうし――」
「人の気配がまったくしない」
言われて初めて、それに気が付いた。
サアッと血の気が引く。
「もしかして、罠に――」
「危ない!」
上から覆いかぶさられるように庇われる。同時に、風を切る音が複数。そして、それがトレイさんの身体に刺さる音がいくつか。
頭上から、低いうめき声。
「……っ」
叫びそうになった自分をなんとか抑えようとするけれど、その間にも近づいてくる足音に、心臓が飛び出しそうなほど激しく暴れていて。とてもじゃないけど、満足に息なんて吸えそうにない。
歌おうにも掠れた声しか出なくて。
どうしてこんなときに使い物にならなくなるんだろう。
歌わなくちゃ。
声が出ない。
でも、歌わなくちゃ。
足音が、間近で止まる。相手が屈むのが、影の動きで分かる。と、トレイさんが跳ね上がった。
「ふ……っ!」
「な――っ」
屈んできた黒いマントの胸に、トレイさんの手にあったナイフが刺さる。
素早く抜かれれば、栓を失ったそこからは一瞬にして紅色の液体を噴き出す。その人が倒れた直後、トレイさんが私を見る。
「だいじょ――」
「後ろっ!」
質量のある音がする。
それと同時に、トレイさんの身体が傾いで。私に倒れる。なんとか受け止めようとしたけれど、男性の身体は重たくて、押し倒される。
「ごめ――ゴフッ!」
謝罪の言葉を言い切るより前に、トレイさんがお腹を蹴飛ばされる。壁に思い切り傷口を当てたようで、そこはべったりと染料で塗ったようなドロッとした紅が貼りついた。今度こそ、抑えるより先に悲鳴が出る。
歌わなきゃ、なにがなんでも。そうしなきゃ、トレイさんも私もここで死んでしまうかもしれない。私はとにかく、誰か手当てができる人がいないと、トレイさんは死んでしまう。だって、転がされたまま、ぐったりとして動いていない。
息を吸おうと口を開く。
「ぐふっ!?」
それよりも先に、お腹を蹴飛ばされる。起き上がる間もなく、膝でお腹を押さえつけられて。そのまま凄まじい力で首を絞められる。
「お前ら歌姫が、女神が、騎士が、俺の娘がアンディスに落とされることなんてなかったんだ……っ!」
加減なんてされてない。きっとこの人は、言い方はおかしいけれど、生粋のアーニストなんだ。
だから今、私は殺されかけているんだ。なんて、どこか冷静な自分が考える。
苦しい。
痛い。
私、死ぬのかもしれない。
どうしよう。このままじゃ、トレイさんが死んでしまう。
霞む視界の向こうには、私たちが逃げきれないように、なのか、弓を構えた黒いマントの人たちが数人。
せめて誰か、トレイさんだけでもここから連れ出してくれれば。
そう思ったときだった。
突然、一番後ろの黒いマントの人が倒れた。
その後ろにいたのは、ヴィルさんだった。
横から閃くように、リターナさんが両手に短剣を握りしめて黒いマントの人に飛びかかっていく。
突然の出来事に、黒いマントの人たちは動揺していて。その隙をついてリターナさんとヴィルさんは確実に彼らの命を奪っていく。
私の首を絞めていた人が、懐からナイフを出すのが見えた。
急に手を放されて、勢いよく入ってくる空気に、思わずむせる。だけど、目だけはナイフから逸らせなかった。
高く振りかざされ、光石の輝きを反射するそれは、まるで夜空に浮かぶ月か星のようで。
ああ、死ぬんだ。
そう思った。
当たり前だ、とも。
だって、私はひとの命を何人も奪ってきたのだから。
大丈夫、今はヴィルさんとリターナさんがいる。だからきっと、トレイさんが死ぬことはない。
そっと力を抜いたときだった。
目の前のその人の腕が、肩から切り離される。
驚くよりも先にその人の胸から鈍く光る切っ先が飛び出して。
それが後退したと思えば、横から入った蹴りで、転がり、壁にあたり、動かなくなる。
ぽかん、と見ていたら、大丈夫か、と聞き慣れた声が聞こえた。
ゆっくりと顔を上げれば、ヴィルさんがいて。
「ど……して……?」
「詳しい話はあとだ。宿に戻るぞ。立てそうか?」
差し出された手は血でべったりと汚れているのに、とてもきれいに見えて。
私が触れてしまえば穢れてしまうような気がして、触れていいのかと悩んでしまう。
すると、ヴィルさんはため息を一つ吐いてから、私の手首をつかんで立ち上がらせた。
「い……っ!」
左足首に痛みが走る。たぶん、庇われたときか、受け止めようとしたときに痛めたんだと思う。歩けないことはない、と思う。でも痛い。
「どこか痛むか?」
「大丈夫です」
だけど、それを言うのはなんだか申し訳なくて。私は痛みをこらえて微笑む。
「じゃあ、全速力で走るが、大丈夫なんだな?」
「速さ的に間違いなく追いつけないので、その際は置いていってください」
「本当に馬鹿だな。リターナ」
「はーい」
黒いマントの人たちを倒し終えたリターナさんは、トレイさんの傷の応急処置をしていた。
パッとこっちを見ると、元気よく両手を上げる。
「いや、本当にだい――」
「左足首を痛めてるみたいだから、肩を貸してやってくれ。俺がトレイを担いでいく」
「あいあいさー! リターニャ、頑張るよ!」
「だからだいじょ――」
「ホリョ、リターニャのこと、嫌い?」
大きな猫目が悲し気に私を見つめる。
罪悪感がチクリと胸を刺す。
「……お願いします」
結局、頭を下げて、私はリターナさんに肩を借りて、宿に戻った。




