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その歌姫の歌う歌は。  作者: 奔埜しおり
死を歌う歌姫。
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お見舞い。

 誰かが私の頬に触れる感触で、ふ、と意識が戻った。

 ガサガサしているけれど、なんだか温かくて。

 なんとなく、その手が誰のものかわかる。確かめたくて瞼を開こうとするけれど、なぜだか力が入らなくて瞼は開かない。

 瞼だけじゃない。身体も、力が入らない。どうして?

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえて初めて、自分が今、どこかの建物の中にいることがわかる。

 そういえば、なにか柔らかい物の上にいる。ベッド、かな。ならきっと、ここはどこかの村の宿、なんだと思う。

 頬を撫でていた手が離れる。さみしい。

「なんだ。ヴィル、ここにいたんだ」

 トレイさんの声だ。

 ということは、やっぱり、私の頬を撫でたのは、ヴィルさんだったんだ。

 嬉しくて、でも、嬉しがっていいのかわからなくて。

 動かない身体が、少しだけありがたかった。

「トレイ……」

「ああ、俺は薬がちゃんと効いているか確認に来ただけだよ」

 薬……ということは、きっと身体に力が入らないのは、トレイさんの薬のせいなのかも。

 すぐそばにあった気配が、少しだけ離れる。代わりに、また別の気配、恐らくトレイさんが近づいてくる。

 トレイさんは私の首などを、なにか確認するように触れる。

「……うん、だいぶマシになってるね。顔色もよくなってるし、呼吸だって、だいぶ楽そうだ。今日ちゃんと寝れば、明日の朝には完治してると思う」

「そうか」

 どこか安堵したような声に、胸が苦しくなる。

「トレイ。……少し、いいか」

「なに? 改まって。あ、もしかして、ホロちゃんを俺に下さいってやつ? いいよ、お父さん許しちゃう!」

「ちげーよ! 誰がお父さんだ!」

 どこか楽しそうなトレイさんに、ヴィルさんが速攻で反応する。

 いつも通りのやりとりに、ホッとしつつも、嫌な予感がして怖い。

「……そうじゃなくて。むしろ、逆だ」

「逆?」

「……トレイ。俺と交代してくれ」

「それは、ヴィルがフリーになって、俺がホロちゃんの騎士になるってこと?」

 心臓が、ドッドッドッと、低い音で早く鼓動を刻んでいく。

「……ああ」

 どうして?

 なんて、訊かなくても、心当たりはたくさんあって。

―― 歌姫が傷つかないように、汚れることがないように……そのためなら、どんな残酷なことでもする覚悟を持っている。

 いつだったかの、あの言葉。

 その覚悟を、踏みにじってしまったからかもしれないし、ヴィルさんの想いを、言葉を無視していたからかもしれない。そのすべて、かも。

 見捨てられた。

 そんな気がした。

「理由は?」

 今度はふざけることなく、真面目なトーンでトレイさんが訊く。

「……いつも否定する俺よりも、お前のほうが傍にいやすそうだし……俺じゃ、きっと傷つけるだけだから」

 そんなことない。

 そう言いたいのに、口が動かない。唸ることさえできない。

 私の騎士でいてください、なんてどの口が言うのか。

 散々裏切っておいて、そんなこと言えない。言えるはずが、無い。

「恩返しは? 忘れたわけじゃないんでしょ?」

 恩返し?

 どういうことだろう。

「……忘れるはず、ないだろう。こいつの歌がなかったら、俺は今頃生きていない」

 私の歌がなかったら? どういうこと?

 私の記憶の中では、ヴィルさんと会ったのは、あの日、一人で歌っていたときが初めてのはずで。

 ヴィルさんの口ぶりはまるで、それよりも前のことを言っているようで。

「……汚れを知ることなく、守ってやりたかったんだけどな」

「汚れちゃったら、守る価値はない?」

「……歌姫じゃなかったら、たぶん幸せになれたんだろうなって、ときどき思う」

「うん、俺の質問無視したね。でも確かに、歌姫や、ましてや女神には向かない子だろうね。素質はあるし、いい子。だけど、この子の中心にあるのは常に特定の人たちで、世界中の不特定多数の人々、ではない。……だから、時として極端な行動にでれるんだと思う。勿体ないよね? その気になれば世界中の人を助けることだって簡単にできる力を持っているのに。操ることができるような器用さも、なにもない。宝の持ち腐れってやつ」

 ドキッとした。

 そんな風にみられているだなんて思わなかったから。

「随分と分析してるんだな」

「彼女がわかりやすいだけだよ。だけど、この子の歌声がなかったら、ヴィル。君はこの世にいなかったわけだろ。君はこの子を守りたくて騎士になった。なのに、簡単に手を放していいのかい?」

「……」

 無言。だけど、ヴィルさんの気配は近づいてきて。

 そっと頭を撫でられる。その手が優しくて、辛い。

 手が、離れる。

「トレイ」

「ん?」

「俺は、信じてるからな」

 足音が離れていく。

 待って。

 おいていかないで。

 傍にいて。

 言いたいことはたくさんあるのに、声にならなくて。

 ドアが開いて、静かに閉じる。

「ホロちゃん、起きてるでしょ?」

 その言葉に、驚く。

 だけど体は動かない。

「……まあ、反応はできないだろうから、実際今起きてるのか、それとも寝てるのか、俺にはちっともわからないんだけど。いやこれ、もしも寝てたら俺相当危ない人みたいになる? まあいいや。もしも起きてたら聴いてほしいんだけど。ヴィルは決して、君のことが嫌いだから交代したわけじゃないから。君を人殺しの道具として扱っている俺が言うのもおかしな話だけど、誰だって、大切な人が汚れていく様を見たくないんだ。できるだけ、綺麗なまま、真っ白でふかふかの柔らかい綿で包んで大切に大切に箱の中に仕舞っていたい。……たぶん、少し距離を置く時間が必要、なんじゃないのかな。まあ、それは俺の勘だけども。ヴィルも俺も、リターナやヌドクだって、それに、きっとエラちゃんやシスちゃんも、大切な人を汚したくない、と思っているはずだよ。汚れの種類に違いはあってもね」

 ふっと、耳元になにかが近づく。

「もう少し寝てなよ。今日はおやすみだ」

 小声でささやくと、トレイさんの気配が遠ざかる。

 そのまま、ドアはゆっくりと開き、そして再び閉じた。

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