私の歌は、
二人で宿を抜け出して、夜道を歩く。
月が高い。
今の時間に起きている人はあまりいないのか、誰ともすれ違わない。
「……誰も起きなかったのが、すごく意外です」
ポツリと言えば、トレイさんの小さな笑い声が隣から聞こえる。
「今日の夕飯、俺とホロちゃん以外の人の分に、少しだけ薬を混ぜておいたんだよね」
「え」
「ああ、大丈夫。いつもよりもぐっすり眠れるだけだから。身体には特に悪い影響が出るってことはないから安心して?」
むしろ、なんでそんなものを持っているのか。
だけど訊いたところではぐらかされる気がしたので、やめておく。
黙々と歩く。
そして建物と建物の間にある細い道を奥へと進むと、突き当りに出くわした。
「トレイさん、ここ――」
「うん、ちょっと静かにねー」
トレイさんは言うと、目の前にある壁を、コツ、コツ、コツと叩く。
そして壁を押すと、ズズズッと低い音を立てて壁が真ん中で割れて、扉が現われる。
扉は、背が高いヴィルさんやトレイさんだと屈まないと入れないくらいの高さだ。
「すごいですね……」
「ふふ。……扉の下には、階段があるから。途中でアーニストと出くわすかもしれないから、いつでも歌えるようにしておいて」
緊張で、身体の中がすべて上に上がっているみたいな、変な浮遊感を感じる。
でも、やるしかない。
だって、そのためにここに来たんだから。
「わかりました」
私が頷いたのを確認してから、トレイさんはそっと扉を開く。そして近くに誰もいないことを確認すると、私に頷いて、中に入る。私はそのあとを追う。
中は薄暗くて。
壁にはよく家庭で使われるらしい、光石の入った入れ物がかかっている。宿でもこの大きさはよく見かけた。神殿には、もう少し大きい光石が沢山ある。
何度か曲がりつつも降りていくと、ヒソヒソと声が聞こえてくる。
トレイさんが曲がり角で立ち止まり、背中を壁につけるとちらりと中を伺う。そしてこちらを見ると、私に手招きをする。
私は足音を立てないように意識しながらトレイさんのすぐ近くに行く。
「この先にいるんだけど、ここから歌えば、届く?」
「……部屋の広さによります」
「わかった。じゃあ、ちょっと待って。今、弓出すから」
言葉と共に、トレイさんは赤い球を、極力光が漏れ出さないように気をつけつつ懐から取り出す。
それはすぐに弓へと形を変える。
耳を澄ませる。大丈夫、気づいた様子はない。
「よし。じゃあ、歌いながらここ曲がって。大丈夫。切りかかってくる奴がいたら、すぐに俺が射抜くから」
トレイさんがパチンとウィンクする。
久しぶりのそれに、少しだけ笑ってしまう。
これから人の命を奪うのに。
スゥッと息を吸う。
ひんやりとした空気が、静かに肺に満ちていく。お腹にためていく、そんなイメージで。
頭の中では、ただ、人が死ぬ様を想像する。
紅い血。
虚ろな瞳。
異常なほど白い肌。
息を吐き出すと同時に歌を乗せる。
ざわめき。
そして、悲鳴。
足を前に出す。とても軽い。
私の歌は刃だ。
その鋭さとは逆に、鈍く光る刃。
襲いかかろうとする人。
呻き声をあげる人。
苦しげに自分の首をひっかく人。
皆みんな私の歌とトレイさんの矢によって倒れていく。
最後の一人が倒れて動かなくなるのを確認してから、私は口を閉じる。
ふっと力が抜ける。同時に、後ろにいたトレイさんが私の身体を支える。
肩と膝に手が触れたと思えば、そのまま抱えあげられる。
「トレイさ――」
「身体辛いでしょ? 遠慮しないでいいよ」
「すみません……」
お言葉に甘えさせてもらう。
実際、身体が鉛のように重い。このまま自力で帰るとなると、行きの何倍もかかると思う。そういえば今日は、三回も歌ったんだ。ついこの間までは怖くて人前では歌えなかったくせに。
本当は口も開きたくないくらい辛い。だけど、これだけは聞いておかなくちゃいけない。そんな気がするから、私はもう一度口を開く。
「トレイさん……一つ、訊いてもいいですか?」
「なに?」
「トレイさんは、どうして……アーニストについて、調べていたんですか……?」
「……それは、俺を疑っているのかな?」
「……」
疑いたいわけじゃない。
でも、どうして居場所まで知っているのか、気になる。
もしかしたらこのまま殺されてしまうかもしれない。でも、それもいいかもしれない。
どんな理由であれ人を、こんなにも殺しておいて、自分は生きようなんて、考えることはできないから。
殺されても文句は言えない、と思っている。
「……俺ね、下にキョウダイがいるんだ」
突然始まった話に、私は心の中で首を傾げる。
「まあ、妹か弟かわからないんだけど。……そもそもとして、生きているかどうか、生まれてこれたかどうかもわからないんだけどさ」
どういう意味だろう。
「俺が五歳の頃、母親が突然身籠ったんだ。父親にはそんな覚えはなくて。浮気をしたんじゃないかって。それで言い合いになって――気付いたときには、父親が母親のお腹を包丁で刺そうとしていて。母親が死んじゃうと思った俺は、父親にしがみついて、邪魔をしたんだ。そしたら今度は、母親が父親を護身用の刃物で何度も何度も刺して。父親は、徐々に動かなくなってった」
「……」
「母親はそのままアンディス送り。俺は騎士学校のタウファさんの養子として引き取られた。それからは、ちょっとした隙間の時間をアンディスについて調べることに費やした。……人殺しが山ほどいるところにいれられたんだ、母親も、キョウダイも無事ではないかもしれない。もしも助けに行けるのなら、その方法があるのなら……と思ってアンディスや、アーニストについて色々調べてたんだ。アーニストのふりをして過ごしたこともあったっけ」
「……」
「信じてくれなくても、信じてくれても、どっちでもいいよ。裏切り者だと思うのなら、切ってくれてもいい」
「……信じます。というか、もしも協力できることがあるのなら、協力したいです」
「……」
無言。
ゆっくりと顔を上げると、トレイさんが何とも言えない表情で私を見ている。
「トレイさん?」
「いや……。君って本当……悪い大人に騙されないように気をつけなよ」
「……騙されませんよ」
きっと、このペースで歌っていたら、この旅が終わる頃には、私は存在しない気がするから。
そもそもとして私は、自分の命を、ルアディス・ウィションを元に戻すための代償として使うつもりでいる。
だから、この旅が終わることはつまり、私の死を表しているわけで。
悪い大人に騙されている時間なんてない。
どうしてだろう。
ヴィルさんの顔が浮かんで、胸がチクリと痛んだ。




