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その歌姫の歌う歌は。  作者: 奔埜しおり
死を歌う歌姫。
18/61

死なないで。

ぬるめの残酷描写あり。

 鳥の声。

 なんだか温もりを感じて目を開ければそこにはどことなく不機嫌な灰色の三白眼。

 そして、その隣から覗きこむように、黒の垂れ目が楽しそうに笑っている。くすぐったいと思えば、白銀の髪が私の頬に触れていて……って、え?

「どうして二人が……あ、もしかして私、あのまま――」

「最初は肩に寄りかかってた。気づけばお前は俺の膝の上で寝てた」

 声が低い。これは間違いなく、怒ってる……。

「す、すみません! ごめんなさい! 重かったですよね! 今すぐどきますからっ!」

「……っ」

 急いで起き上がると、少しだけ足に触れてしまう。その瞬間にヴィルさんが小さくうめいたのが聞こえる。もしかして、とさあっと血の気が引く。

「わ、私のせいで足を痛めたとか――」

「痛めてない」

「うん、痛めたんじゃなくて、たぶんしびれてるところに君が触れたんだねえ」

 クスクス笑うトレイさんを、ヴィルさんが睨む。

 その行動が、トレイさんの言ったことが本当だということを表していて、私は小さく、ホッと息を吐く。

「いやあ、でもまさかお二人がそこまでの関係になってるとは……」

 トレイさんがニマニマと笑っている。

「そこまで、というのは……?」

「そんなの、あーんな関係に――」

「おいトレイ。十三歳になに教えようとしてる」

「えー? あはは」

 トレイさんが誤魔化すように笑うと、ヴィルさんが小さく息を吐く。

 よくわからなかったけれど、もう一度訊くのもなんだか悪い気がして、私は諦めた。



 朝の食事を済ませたあと。

 私たちは森の中を、次の小屋を目指して歩いていた。

 視線を感じて振り向こうとしたときだった。

「伏せろっ!」

「……っ」

 地面に思いっきり身体を叩きつけられる。走る痛みに思わず呻くけど、文句なんて言えない。だって、同時に風を切る音と、なにかが地面に刺さる音が聞こえたのだから。

「ヴィルさ――」

「トレイッ!」

「ああっ!」

 なにかが風を切る音がする。そして、地面に着地する音。

「チッ」

 グイッと服を引っ張られて立ち上がる。そのままヴィルさんの背に隠される。

 背中越しに見えたのは二人の、黒いローブを着た人。フードを深々と被っているから顔は見えないけれど、がっしりとした体格から、恐らくは男の人だと思う。

 あふれんばかりの殺気に、アーニストだと私は確信する。

「歌姫をこっちに寄越せ」

 アーニストの片割れの言葉。私の肩を掴むヴィルさんの手に力が入る。

「わざわざ守る対象を死なせるようなこと、するはずねぇだろ」

「殺しはしない。贄にするだけだ。我らがアンディスの女神様が、二つの世界の女神になるためにな」

「アンディスの女神様……?」

 そんな女神、見たこともなければ、聞いたこともない。

 二人を見ても、首を傾げている。

「なんだ、それは」

「女神様は女神様だ」

「違う。それもだが、贄のことだ」

 その言葉に、私はハッとする。

 願いを叶えるためには、歌姫の命が必要。

 そのことを迷信ではなく真実だと知っている人は限られている。私たち歌姫と騎士、そして神殿にいる女神様やお姉様、神官や女神様の騎士たち。

 なぜこの人は自信に満ちた声で言えるのだろう。

「なんだと思います?」

 ずっと黙っていた片割れが言う。その問いかけに、ヴィルさんが舌打ちをするのが聞こえる。

「お姫様をお渡し頂けませんかね? 見たところ、その方は死の歌姫かと」

「だったらなんだ」

「あなた方には少し荷が重いのでは?その方のお気持ち次第では、命を落としかねないのですから」

 穏やかな口調。なのに、鋭利な刃物のように冷たくて。

 私の心にスッと切れ目を入れる。

 そうだ、私はもしかしたらこの人たちを殺してしまうかもしれないんだ。

 私なんて。

 そんな単語が頭に浮かびそうになったときだった。

「んなこと関係ない。俺は、守るべきものを守るだけだ。お前らには絶対渡さねえ」

 すごく力強い声だった。

「しょうがないですね」

 笑い声。

 ふと、もう一人がいないことに気づく。

「あれ? ……きゃっ!」

「!」

 腕を掴まれて、逆方向に引っ張られる。

 慌てて手を伸ばすけれど、ヴィルさんのがっしりとした手に触れることはなくて。

 私へと伸びたヴィルさんの腕に、音を立てて矢が刺さる。

「ヴィルさんっ!!」

 首筋に、冷たい刃物。

「動けば、こいつの首を刺す」

 その言葉に、痛みに呻きつつもこちらに来ようとしていたヴィルさんが、動きを止める。後ろにいたトレイさんも。

 私を捕らえたアーニストは、ジリジリと後退していく。

 それなのに、ふと、ヴィルさんが私の向こう側を見て、ニヤリと笑った。

「ぐっ!」

 突然、後ろからうめき声が聞こえた。

「その汚い手を放せ」

 低くて凛とした女性の声。懐かしい声。

 私を捕らえていた力が弱まる。

 その隙にヴィルさんが素早く私の腕を掴み、アーニストから距離を取る。

 振り向くと、クレハさんとアイラさんが、アーニストを取り押さえている。視線を戻せば、あの穏やかな口調のアーニストは姿を消していた。

「お仲間には逃げられたようですけれど?」

 アイラさんの言葉に、アーニストは苛立たし気に顔を上げる。

「うる――」

「君はだいぶ口が軽くて頭が回らないようだから、捨てられてもしょうがないんじゃないかい?」

 トレイさんはアーニストの前に来ると、どこからかナイフを取り出す。

「やめ――」

 しゃがみこんだ。

 そう思ったときには、アーニストの身体が傾いて。

「トレイッ!! お前は! このまま色々と聞きだせたかもしれないのに!!」

「あー、ごめんごめん。女の子傷つけようとした男は死ねばいいと思ったら手、滑っちゃった」

「お前というやつは! 少なくとも歌姫様の前で血を見せるんじゃない!」

「あはぁ、そうだねえ」

 厳しいクレハさんの声に、立ち上がったトレイさんはいつも通りのひょうひょうとした笑みを浮かべている。その右手にあるナイフは生々しいくらい紅い色に濡れていて。

 さあっと頭からなにもかもが下がっていく気がして。だけど下がらずに残った記憶は、私にあの日のあの光景を見せて――。

「あ――」

 悲鳴を上げかけた瞬間、ギュッと抱きしめられる。

 視界を、なにかに遮られる。すぐにそれがヴィルさんの身体だと気付いて。

「無事でよかった」

 温かい言葉に、温かい腕。胸が苦しい。だけどその苦しさが瞳からこぼれるよりも先に、濃く香った血の匂いに、ハッと我に帰る。

「ヴィルさん! 手当てを――」

「唾つけときゃ治る」

 気のせいか、髪をくすぐる吐息が熱い気がする。これはけっこうまずいんじゃ。

「治らないですよ、傷見せてください!」

 胸を叩くけど、抱きしめる力が強くなるだけで、ちっとも放してくれない。と思ったら、突然ヴィルさんの身体から力が抜けて。

「わっ」

 そのまま重さに耐えられずに後ろへ倒れかけた私を、後ろで誰かが支えてくれる。

「大丈夫?」

「トレイさん……」

 後ろから伸びた手が、そっと黒髪を上げて私の胸元に頭をもたせかかっているような状態のヴィルさんの顔を見る。

 顔色は、よろしくない。

「矢に毒でも塗られていたかな」

 ポツリと呟かれた声に、意味を理解するよりも先に今度こそ本格的に頭から血の気が引く。

 毒? トレイさんは毒って言った?

 死ぬの? ヴィルさん、死んじゃうの……? まだ、私はなにも見つけてないのに? この人に、ちゃんと歌姫として認めてもらっていないのに?

「ヴィルさん……?」

 そっと、汗ばんだ頬に触れてみる。

「……」

 返ってくるのは苦し気な呼吸だけ。

 嫌だ。

 そんなの、嫌だ。

 私はまだ自分に価値なんて見いだせていないのに。まだ無価値なままなのに。

 死なないで。戻ってきて。

 すがるように私はヴィルさんにしがみつく。

「ヴィルさんっ!」

「ホロッ!」

 聞き慣れた声とともに、私はヴィルさんから無理矢理引き剥がされる。

 それでも手を伸ばす私を、今度はトレイさんが抑えるようにして抱きしめる。

「死んでほしくないんでしょ?」

 耳元で低くささやかれた言葉に、私は何度も頷く。目の前では、エラがクレハさんとアイラさんに指示を飛ばしている。

 くすりと耳元で笑われる。

「よかった」

「え」

「酷いことばっかり言うやつだから。懐いてくれて、少しほっとしたんだ」

 確かに、酷いことはたくさん言われた。

 でも、この人は。

「それだけの人じゃないですから」

 私に今まで酷いことを言う人は影でも、そうじゃなくてもいた。だけど、それだけの人じゃないから。どことなく、寄り添おうとしてくれているのがわかるから。そして、そのまま一人でも立てるようにしようとしてくれているのがわかるから。

「じゃあ、歌ってみてよ」

「歌?」

「そう、歌。俺、アーニストについて色々と調べたことがあるんだけど。あいつらの使う毒は特殊なやつで、解毒剤はまだ見つかってないんだ」

「解毒剤が、ない……ってこと、ですよね……」

 手が震える。後ろで支えてくれていてよかった。そうじゃなかったらきっと、その場に崩れ落ちていた。

「歌で、なんとかできない?」

 なんとか。

 きっと、私の力でならできる。だけどそれはちゃんと力を操れればの話で。

 加減を間違えれば、ヴィルさんを殺してしまうかもしれない。でも、このままじゃ死んじゃうかもしれない。

 どうしよう。どうすれば――。


 ふと思い出したのは、ルーサン村での出来事。

 ちゃんと、歌えた。

 ルーサン村で高熱を出していた人たちを、助けることができた。

 できるかもしれない。

 ギュッと握りこぶしを作ってから、それを崩して。

 私は右足を前に踏み出す。そのまま止まりそうな左足を前に押し出して。

 なんとかヴィルさんの隣まで来ると、しゃがみこんでその手を包み込む。

「ホロ?」

 大丈夫。できる。できて。お願いだから。

 息を吸い込む。

 話したい。傍にいてほしい。だからどうか。もう一度目を覚まして。

 苦しんでほしくない。少なくとも、私のせいで死んでほしくない。

 お願い。私の歌でどうにかできるのなら。


 ルアディス・ウィションの欠片が、旋律を奏でる。

 温かい音。まるであの声のように、あの腕の中のように。

 その旋律に、声を編み込んで音にする。繋がって歌になる。

 徐々にヴィルさんの顔色が良くなっていく。

 口を閉じたときには、穏やかな呼吸になっていて。

「ヴィルさん……」

 起きはしないけれど、でも、浮き沈みする胸元を見てホッとした。

 ポン、と肩を叩かれて振り向けば、トレイさんだった。その隣ではエラとアイラさん、クレハさんが微笑んでいる。

「ありがとう。親友を救ってくれて」

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