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その歌姫の歌う歌は。  作者: 奔埜しおり
死を歌う歌姫。
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私らしさって。

 外で虫や鳥が静かに鳴いている。

 暗闇の中、それを感じながら、私は木でできた壁によりかかる。

 一応の目隠し兼部屋を分ける壁の代わりとしてかかっている布の向こう側からは、寝息が聞こえる。

 私は小さくため息を吐くと、少しだけずり落ちていた薄くて触り心地の良い布を、肩まで上げる。

「……寝れないのか?」

 ハッと布のほうを見る。この声は、ヴィルさんだ。

「起こしてしまいましたか……?」

 恐る恐る声を出す。

 もしも起こしてしまったのなら申し訳ない。

 それに、まだ寝息は聞こえている。つまり、トレイさんはまだ寝ているわけだ。せっかく気持ちよさそうに寝ているのに、起こしてしまったらさらに申し訳ない。

「いや、まだ起きてた」

「そうなんですね」

 少し、安心。

「……誰かさんが起きている感じだったからな。油断して寝たところでナイフでサクッと――」

「ナイフなんて持っていないですし、そもそもとして私はヴィルさんのこと、殺そうなんて思っていないです」

「……なんで寝れないんだ?」

 私はそっと瞼を閉じる。

 浮かんでくるのは、ずっと前のように感じる、四人の騎士に初めて会った日のこと。

 そして、数日前に別れたばかりの、二人の姉妹。

「みんなが無事か、心配なんです」

 合流したとき、誰か一人でも欠けていたら。

 合流すら、できなかったら。

 想像すればするほど、怖い。


 傍にいることが当たり前だったエラとシス。

 二人や、二人を守ってくれている四人になにかあったら。

 私は……。

「初めてなんです。二人とこんなに離れて過ごすのは」

「離れているってことが、怖いのか? それとも……そのまま、離れたっきりになってしまうかもしれないことが、怖いのか?」

 怖い、なんて一言も口には出していないのに。

「怖いって、わかるんですね」

「……失う心配をするときは、誰でも恐怖を感じるものだと思うぞ」

 そうかもしれない。

 ううん、きっとそうだ。

 どんな屈強な人だったとしても、どれだけ別れになれている人だとしても、なにかを、誰かを失うかもしれないことは、恐怖以外の何物でもないと思う。

「……どっちも、同じくらい怖いです」

 正直な気持ち。

「二人の笑顔が見たい。傍にいてほしいんです」

 ポツリと口を割って出た言葉は、それだけじゃ収まらなくて。

「傷ついてほしくないんです。できることなら、毎日、あの繰り返しでよかった。毎朝歌って、三人で笑って。女神様もいて。罵られていても、歌えないままでも、あの毎日のままでよかった。どうして私、あのとき歌っちゃったんだろう」

 歌わなければ。

「私が、歌姫でさえなければ」

 私が、私なんかが。

「生まれてこなければ、ルアディス・ウィションが割れることなんてなかったのに」

 流れるような、そんな思考回路の中で、そこに辿り着いた。

 そうか、そうだ。私がこの世にいなければよかったんだ。

 そうすれば、なにもなかったんだ。

 シスのことも、私があんなことをしなくてもきっと女神様やエラがなんとかしてくれたと思う。

「馬鹿か」

 強い一言。

「……え」

「お前は、馬鹿か」

 だけど、どこか優しい。

「入るぞ」

 返事をする間もなく、布が揺れてヴィルさんが入ってくる。

「どうして――」

「誰かが馬鹿なことを言うからだ」

 その顔は、すごく苦しげで、切なげで。

 どうしてこんな顔をこの人はしているのか。

「生まれてこなければよかった? ふざけるな。お前が、お前の歌がなかったら……」

 そこまで言って、一度ヴィルさんは、あ、と口を閉じて、目を右往左往させる。

 なんだろう、と首を傾げると、ヴィルさんは一つ咳ばらいをする。

「俺がどれだけ、偽物だ、裏切り者だって言っても、頷かなかっただろう? それに、二人も頷かせなかった。無理矢理な言い方かもしれないけど。歌姫であることが、二人とのつながりなんだろ? そのつながりを否定するなよ」

「そう、ですけど」

「それに、騎士たちは、ああ見えてみんな強い。歌姫が傷つかないように、汚れることがないように……そのためなら、どんな残酷なことでもする覚悟を持っている。だから、絶対に歌姫は無事だし、自分の歌姫をこれからも守るために、安易に自分の命を危険にさらすようなこともしないだろう。つまり、騎士も無事だ」

 そこまで言って、少し考えるような間を置いたあとに、ヴィルさんが目の前にしゃがみこんで、私と視線を合わせる。

「……俺とトレイも、そのつもりだ。お前が自分に価値がない、と言うのなら、同時に俺たちは守る価値のないものを守っている馬鹿どもになる。俺は馬鹿にはなりたくないし、無価値のもののために命を落としたくない。だから、生まれてきて意味がないとか言うな」

 そして、一瞬迷うように目を伏せたあと、灰色の三白眼で私を見る。

「もしも自分に価値がない、いっそ生まれてこなければよかった、なんて思うのなら。俺は無価値のものを守りたくないから、それならいっそ、お前の身も心も今すぐにボロボロにしてやる。……本意ではないけどな」

「ボロボロ……?」

「それが嫌なら、なにか見つけろ。歌姫としての自分にしかできないことを。できれば、他の二人にはできない、お前という歌姫しかできないことを。……というか、そうしてくれるとありがたい」

 二人にはできないことで、そして、歌姫にしかできないこと……?

 エラは頭が良くて、大人からも頼りにされていて。器用で、そして強くて優しくて。でも完ぺきではなくて、たまに抜けていて。そういうところが人から嫌われないところで。

 シスは最初こそ暴力や暴言を吐かれていたけれど、強い力をちゃんと自分の意思で操ることができていて。今、女神最有力候補、とまで言われている。

 そんな二人にはなくて、私にはあるもの。

 そんなの、まったく浮かばなくて。

「……探してみます」

 だけど、確かに、見つけてみたいな、と思った。

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