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その歌姫の歌う歌は。  作者: 奔埜しおり
死を歌う歌姫。
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夜空と過去と。

グロや残酷表現ではないですが……少しだけ生々しい表現が出てきます。

 歌ったあと。

 歌が効いたみたいで、寝込んでいた人たちの熱は見る見るうちに下がっていき、今ではもう平熱になっている、とのこと。

 村中から感謝の言葉をいただいて、お礼の品を渡されかけたけれど、頑張って断った。

 結局、宿代ただで落ち着いたみたいで。

 男性陣、女性陣の合計二部屋をお借りしている。かなり広い部屋を二つ借りてしまったので、なんだか申し訳ない。


「で、明日からのことなんだけど」

 トレイさんが周りのみんなを見る。

 みんなが頷き返すと、トレイさんはもう一度、口を開く。

「改めて、朝、出発しようと思う。ここを出ればしばらくは森の中。野宿することになるから、ベッドの柔らかさをとことん堪能してください!」

 パチン、とウィンク。

 苦い笑みをみんな浮かべる。

「野宿って……。テントも寝袋もあるだろうに」

「同じようなもんじゃない?」

「全然違う。寝心地なんて、天と地の差だ」

 クレハさんの言葉に、トレイさんは小さく肩をすくめる。

「だいたい野宿と言うのはだな――」

「ああ、はいはい。わかった、わかったから。俺、結構疲れてて眠いんだよね。女性陣で俺のイケてる寝顔を見たい人以外は大人しくお部屋に戻りましょう」



 廊下の窓を開けると、少しだけひんやりとした風が頬を撫でていく。

 それが心地よくて思わず目を細める。

「おい」

 不機嫌そうな声に振り向けば、灰色の三白眼と目が合う。

「今日危ない目にあったばかりだろ。早く寝ろ」

「ヴィルさん……」

「寝れないのか?」

 少し迷ってから、頷く。するとヴィルさんは隣にやってくる。怒られるかな、なんて思っていたら、そのまま窓の外を見つめだすから、少しだけ驚く。

「怒らないんですか?」

「怒られたいのか?」

「そういうわけじゃ、ないですけど」

 視線を夜空へと移す。

 真っ黒な布に光る石を砕いてばらまいたような、そんな風に見えるのは私の今の状況がそうさせているのかもしれない。

「……歌、歌えてよかったな」

 いきなりの言葉。しかも、優しい声。

 不意打ちに、私は勢いよくヴィルさんを見る。ヴィルさんはそれに気付くと眉間にしわを寄せる。

「なんだよ」

「いえ……。歌えて、よかったです」

 正直に言えば、ヴィルさんが小さく笑う。そういえば、この人の笑ったところ、初めて見るかもしれない。

「……どうして歌を歌えなくなっていたのか、訊いてもいいか」

「……それは、守るために必要だから、ですか?」

「いや、俺の単純な疑問だ。嫌だったら答えなくていい」

 即座に返ってきた言葉に私はどうしようか、と悩む。そして、自分の心が半分以上決まっていることに気がついて、小さく笑ってしまう。

 たった一度、守ってもらった。それだけで、私はこんなにも心を許してしまうのだな、と。

 まあ、ウォルテでは有名な話だし、隠すこともないのだけど。

「……私が歌で人を殺してしまったことは、ご存知ですよね?」

「ああ」

「簡単に言ってしまえば、それが原因です。もっと言ってしまえば……殺したい、という想いは一欠片も込めていなかったのに結果として相手を殺してしまったことが原因です」

 思い出す、あの瞬間を。

 倒れた人を見て、訳がわからず茫然としてしまったことを。

「どんな想いを込めたんだ?」

「……シスを、いじめないで」

「は?」

 どうしてそこでシスの名前が出たのかわからない、という顔を向けられる。私はそれに、少し曖昧に笑う。

「シス、特徴的な外見をしているじゃないですか? すごく綺麗なのに、みんな、嫌がったんです。そして、暴力を振るう人が出てきた」

「待て。歌姫に暴力を振るうのは――」

「路地裏とか。そういう、ばれなさそうなところで、シスは殴られたり、蹴られたりしていました」

「……人間のクズだな」

「……それを見ていられなくて歌ったんです。そしたら、バタッて……」

 真っ白な手。

 虚ろな目。

 半開きの口。

 どうして、どうしてこんなことになったの? 私は、私はただ、いじめてほしくないって、それだけで。死んでほしいなんて微塵も――。

「――ぃ、おい」

 肩を掴まれて、身体が震える。

 ハッと顔を上げれば、見慣れた灰色の三白眼。ちっとも虚ろなんかじゃない、ちゃんと私を映した瞳。

 いつの間にか強張っていた身体から、力が抜ける。

「……ごめん、無神経だったか」

 その言葉に、私は首を振る。

 そして、少しだけ可笑しくて、小さく笑う。

「今更そういうこと、言いますか?」

「……顔、引きつってるぞ」

 笑ったつもりが、笑えてなかったみたいで。慌てて俯いて顔を隠す。

「俺は、どんな理由があっても、人殺しは裁かれるべきだと思っている。例え、殺す気がなかったとしても」

 静かで、低くて、なにかを押し殺したような声。

「裁かれないほうが、残酷だろ。被害者にとっても、加害者にとっても」

「……ヴィルさん?」

 もしかして。

「ヴィルさんは、大切な人を、殺されたことが……あ、ごめんなさい……」

 なんてことを言っているんだろう。

 そんなこと、あってもなくても訊いちゃいけないのに。

「ある」

「え?」

「……妹が、殺されたんだ」

「――っ」

 やっぱり、訊いちゃいけないことだった。

 どう答えていいのかわからなくて。私は俯いてしまう。

「殺した奴は、アンディスに送られた。……なあ、アンディスに送るのって、本当に裁かれていることになるのか」

「え?」

「ずっと疑問だった。もちろん、無実の奴が行くにはひどい場所だと思う。だけど、罪を犯した奴にとっては、ルアディスから追放されるだけで、誰かから責められることも、罰せられることもないわけだろ?」

「えっと……」

「ごめん、お前に振る話じゃなかったな。……そうだ。お前は、兄弟はいるのか?」

 無理やり話題を変えられる。

 でも、それにホッと安心して、私は頷く。

「エラとシスが――」

「あー、じゃなくて、血の繋がった兄弟」

 その言葉に、私は小さく苦笑する。

「……歌姫には、血の繋がった誰か、はいないんです」

 歌姫は、普通に人間のお腹から生まれる。

 だけど、それは場所を借りているような状態で。

 女神様や歌姫が口づけをした相手の身体に、私たち歌姫は宿る。

 宿主が口づけされた部位に、歌姫の証が、生まれた歌姫の身体に刻み込まれる。

 その身体から生まれる、という意味では血は繋がっているのかもしれないけれど、子供を生むために必要な機能さえもその口づけによって身体に創りだすみたいで。普通の出産だと、医者がその手助けをするけれど、歌姫を出産するときには、神官が手助けをする。その神官の中に、一度普通の出産も経験した人がいたらしく。その人曰く、全く別物、らしいと、エラが言っていた。

 例えるのなら、身体の中に別の卵を入れて、そこである程度成長させてから神官が取り出す、みたいな感じ、らしい。

 それは、ルアディスの民なら誰でも知っていることで。

「あー……なんかごめん」

「謝られるようなことじゃないです。今の女神様たちやエラやシスたちを除いて、その、一番最初に育ててくれたところ、という意味でも、兄弟はいません」

「そうなのか」

「はい」

「両親は元気か?」

「えっと……いないんです、もう」

「それは……」

「母は、私を生んですぐに、身体が弱かったので。父は、それを追うようにして流行り病で」

「……」

 ヴィルさんが、言葉を探すように目を右往左往させるので、私は首を振る。

「そんな風に気にしないでください。私にとっては、いないことが普通なんです」

 辛い、とか、悲しい、とか、寂しい、とか。

 そういう感情が生まれるほど、私の中に二人の記憶はなくて。

 きっと、それはとても幸せなことなんだと思う。

 覚えていたら、私はきっと、抱えきれなかったから。


 風が、頬を撫でて、髪の毛を弄んで去っていく。

「……そろそろ寝ろ。明日起きられないぞ」

 ヴィルさんの言葉に、月がもうだいぶ高い位置まで来ていることに気が付く。

「そうですね……」

 なんだかこのまま別々の部屋に行くのも、名残惜しい気がして。

 でも、これ以上起きていると、本当に起きられない気もして。

「おやすみなさい」

「ああ……おやすみ」

 その言葉に、少しだけ胸が鳴ったのはなんでだろう。

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