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その歌姫の歌う歌は。  作者: 奔埜しおり
死を歌う歌姫。
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遭遇。

すごくぬるいですが、ナイフで刺される描写あり。苦手な方はご注意ください。

 どうして私は歌姫なんだろう。

 走ってる間、ふと、そんなことを思う。

 歌で人を救ったことなんてない。あるとすれば殺したことだけ。

 どうして私が歌姫なんだろう。


 今のお前の歌は、いらない。


 私もそう思う。

 私の歌なんていらない。むしろ、私なんていらない。


 人通りの少ない道を曲がる。

 瞬間、誰かの足が前に出てきて。

「きゃっ!」

 避ける間もなく私はそれに引っかかってすっ転ぶ。

「痛い……」

「いやーごめんねえ。痛かったかあっ!」

「ぐっ」

 男性の声と同時に、腰に人一人分の重み。なにが起こったのかわからない。

「あはは、君、見慣れない顔だと思えば、やっぱり……」

 後ろに乗っている重みが覆いかぶさってくる。怖い。気持ち悪い。苦しい。

 上の重みは、転んだときについた右手の甲をねっとりと撫でてくる。正確には、歌姫の印を。触らないで。やめてほしい。触れられたところから、腐っていきそうで。

「歌姫、なんだね……」

 耳元で囁かれるその声も、私の右手の甲に触れている手と同じくらいねっとりしていて。触れているのは手なのに、囁かれたのは耳なのに、まとわりついてくるどす黒い殺意と憎悪が私の首を絞めつけている気がして。

 本能が、早く逃げろと喚いている。どうなるかわからないぞ、と。 

 だけど、徐々に何が起きているのか理解し始めた頭は、腰に乗られてしまえば動けるはずがない、とどこか諦めていて。

 今もし死んだら、エラやシスは、悲しむんだろうな、なんて、どこか他人事のように思って。

「歌姫なら……かわいそうだけど、殺さないとね?」

 アーニスト。

 昨日聞いたばかりの単語が頭をよぎる。

 覆いかぶさっていた重みが、腰の上だけになる。

 一秒もないくらいの時間。頭の中で、自分がささやいた気がした。歌わずに死ぬの? って。歌ったら他の人が死ぬんだよ。そう返すけど。

 ああ、歌いたかったな。

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああっ!!」

 痛い、なんてものじゃなかった。

 視界に写る右手の甲には、深々と刺さったナイフ。鈍色に輝くそれは、持ち手を握る毛深い手によってぐりぐりと動かされ、鈍色の輝きもあいまって笑っているようで。

 それらが一気に私を恐怖に引きずり込む。

 怖い。死にたくない。痛い。助けてほしい。

 逃げないと。だけど身体は動かない。恐怖のせいなのか、痛みのせいなのか、上の重みのせいなのか。動かない。逃げないと。

 助けて、誰か。誰か。

――あいつは君のことは確実に守るよ。

 トレイさんの言葉。

 思い出すのは、いつも鋭くて不機嫌そうな灰色の三白眼。

 助けて、なんて言っていいのだろうか。

 私は歌姫なのに、人を殺す歌しか歌えない。

 私が生きていたところでみんなの足を引っ張るだけ。私の歌は、いらない。なら、このまま殺された方がいい。

 怖いし、痛いけど……誰かを殺してしまうよりも、傷つけてしまうよりも何倍も、マシだ。

「先にその忌々しい印のある右手を、使い物にならなくしてあげよう。そしたら今度は心臓を――……っ!?」

「動くな。動けば……お前の右手を肩から切り離すぞ」

 低い声。この数日でかなり聞き慣れた、けれど今聞くことになるとは思わなかった声。

 どうして……。


 身体の上から重みが消える。

「うぐぅっ」

 うめき声。

 そして、男の人は私の隣に鈍い音を立てて投げ捨てられる。ピクリとも動かない。

「死んでる……の?」

「気絶させただけ。歌姫のためなら人を殺すことを許可されている騎士でも、極力殺すな、と言われてるからな。……右手以外は、無事か?」

「……傷がふさがり始めているので、ナイフを抜いてくださると助かります」

 静かに言えば、ヴィルさんが無言でナイフを抜いてくれる。そして、起き上がるのに手を貸してくれる。

 私の右手を見て、顔をしかめる。

「歌姫は本当に、傷の回復が早いんだな」

 さっき刺された傷は、すでにかさぶたになっている。この分なら、明日には傷痕は残ったとしても怪我自体は治るだろう。

「……歌姫は、人に似て、人ではないですから」

「それでも死なないわけではないだろ。血を流しすぎれば死ぬし、急所をやられても死ぬ。痛みだって、感じる。……遅くなって、ごめん」

 少しだけかすれた声は、今までに聞いたことがないくらい優しくて。

「……私のこと、いらない、とか、歌姫じゃない、とか、裏切り者、とか言ってましたよね……」

「それとこれとは別だ」

 即答。

 だけど、なんだか笑えて来て。

 小さく吹き出せば、視界が曇ってきて。堪えようと唇を噛んだのに、視界を曇らせたそれは私の頬を濡らしていって。

「怖かったんだな……」

 怖かった……? うん、怖かった。

 でも、なんだろう。それとは違う気がして。

 少し考えて、わかった。申し訳ないんだって。

 ヴィルさんは助けに来てくれた。だけど、私は……自分なんかって。

 守られる価値がないのはわかっていて。でも、それでも助けてくれた。

 死にたかった? 死にたく、無かった?

「……ごめんなさい」

 それしか言えなくて。

「あやまることないだろ。お前は守られるのが当然なんだから」

 違う、そうじゃない。

 だけどそれを言うのはあまりにも失礼な気がして。

 結局私は、他の面々が来るまで謝罪以外、なにも言うことができずに、ずっと泣いていた。

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