ひとやすみ。
高原を抜けて、小さな池のあるところに出た。
控えめに生えた木々がいい具合に影を作ってくれていて。
まだそこまで暑い季節ではないけれど、ちょっとだけ辛かったので、助かった。
ここまで長く歩き続けたことがなくて、足がかろうじてまだ痛んでないけど疲れてきて。
でも日陰になった分、苦しさとしてはだいぶマシになるかも。
そんなことを考えていたら、パンパン、と手を叩く音が前から聞こえてきた。
「ちょっと休憩しようか」
トレイさんの声に、え、と私は顔を上げる。エラとシスもだ。
逆に、騎士のみんなは思い思いの場所で休み始めている。
「わ、私まだ歩けますよ?」
「無理は駄目だよ?」
「無理なんて――」
「歩き方が、だいぶ疲れてんだよ。大人しく休んでろ」
後ろから、どこか苛立ちの混ざった声。ビクッと肩を震わせれば、その主は前にいて。
「……でも、早くしないと」
「お前、さっきはすごい勢いで言い返してきたくせに、今度はそうでもないのな」
「あれは……」
「ホロは集中してるときに邪魔されるの、嫌いだもんね?」
肩を叩かれて振り向けば、ニッコリと笑ったシス。その笑顔は、どこか悪戯っ子みたいで。
「シス、もしかしてそれ、からかってる……?」
「ふふ。どうでしょうか」
「でも、実際そうよね。初めの頃とか、何度怒られたことか……」
「……私、二人に怒ったことあった……?」
シスだけじゃなくて、エラにまで言われて私は首を傾げる。しかも苦笑付きで。……どうしよう、記憶がない。
「まあ、おとなしそうにしてるのに急にあんな勢いよく来られると、本人はそんな気はなくても、相手はそう思っちゃうのかもね?」
トレイさんまでそんなことを言い出す。唇を尖らせれば、エラが少し寂しそうに笑う。
「昔はおとなしい、なんて言葉が似合わないような子だったのにね」
その言葉に、思わず苦笑い。
「え、どういうこと?」
予想通りというか、なんというか。トレイさんが食いついてくる。
「十年くらい前まではずっと走り回ってて、とにかくじっとしてることができない子だったんですよ。……みんなに、すごく可愛がられる子だった」
ポツリ、漏れてしまったのであろう言葉に、視線を逸らす。
「成長、したんだよ」
――おいで、ホロちゃん。
懐かしい、声。
たくさんの、声。
頭を撫でられて。
ねだれば抱き上げてくれる。
まわりはずっと笑顔で。……今じゃ、考えられないような光景。
自分で思うのもおかしな話だけど。きっと、いろんな期待とか、そうじゃなくても信用とか、そういうのがあったんだと思う。それを、私は裏切ったんだ。
「……」
少しだけ目を向ければ、シスが俯いていて。キュッと、その手を握る。ビクッとシスが震える。そして紫水晶の瞳が私を見ると、慌てたように微笑んだ。
それが苦しくて。
そっと手を伸ばして、エラの手もつなぐ。エラが驚いた顔で私を見る。
「ホロ?」
「……なんか、手をつなぎたくなっちゃったから」
私が言いたい言葉も、きっと、シスが言いたい言葉も、そして今、気まずそうな顔をしているエラの言いたい言葉も。
同じだ、と思ったから。
――ごめんなさい。
その一言は、飲み込んで。
「だめかな?」
問いかければ、二人は首を横に振る。
「甘えん坊なのは、変わらないのね」
柔らかな声に、私は笑う。
「……ねえ、ヴィル。俺、はぶられてる? それとも存在忘れられてる?」
「存在がなかったことにされてるんじゃね?」
「ひどい!」
トレイさんはひとしきりふざけたあとに、真面目な表情になる。
「これからのことだけど」
みんながトレイさんを見る。
「予定通り、このままウォルテを出て、森を抜け、アルフォに行き、ファルンに行こうと思うんだけど、異論がある人はいるかな?」
ずっと住んでいたこの国を出る。
不安と寂しさとがぐちゃぐちゃに混ざり合う。
「わたくしはありませんわ。なんていったって、女神様の歌が示した道筋ですもの」
アイラさんの言葉に、みんな頷く。
旅に出る前に、なにも手掛かりがないままでは探すに探せないから、ということで、女神様が歌ったのだ。
正しく言うならば、女神様と、そのお姉様が。
力強くて繊細で、すごく太いのに柔らかな歌声に、誘われるようにして遠くから聞き覚えのある音が聞こえたのだ。
私たちでは、聞こえはしてもあまりにも遠すぎてその音との距離感を巧くつかめなかったのだけど、女神様はその音を聞いた瞬間、素早く手に持っていた地図に印を書き込んでいった。
あまりの速さに驚けば、経験の差だと笑われた。常にいろんな音に耳を傾けていれば、このくらいはできるようになる、と。後ろでお姉様が苦笑を浮かべていたから、本当かどうかはよくわからないけれど。
「異論はないみたいだね。じゃあ、そろそろ行こうか」
トレイさんの言葉に、みんな移動を始める。
数歩歩いて、ふ、と視線を感じて振り向く。後ろにはヴィルさんがいるけど、そっちからじゃない。
「……どうした?」
ヴィルさんが不思議そうな表情で問いかけてくる。
前を見てみても、みんな気付いた様子はない。……私の気のせい、なのかも。
「なんでもないです」




